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20th lap ラグジュアリーな時間

「王子、リザーブしてるの一部屋って言ったじゃん……」


 クルス達が通されたのは、ホテル最上フロア全てをすべてひっくるめて『一部屋』とした、それはそれは豪華な個室だった。リュートシティの高級ホテルには、竜も一緒に泊まれるような大きな部屋がいくつもあるようだが、この部屋はそれのさらに上を行く。


 ホテル側からは優秀なコンシェルジュが交代でつけられる。

 この部屋をリザーブしていたのはカナード王子であり、そのカナード王子の紹介できたのだから、当然クルス達は王子と同待遇で迎えられるわけだ。竜の世話係もつけられるところだったが、これは断った。どうせ室内ではアルマは人間の姿になるだろうし。


「く、くくくく、クルスさん! なんですかこの部屋!」


 案の定、人間の姿をしたアルマがばたばたと走ってくる。コンシェルジュに用意してもらったドレスで身体の前面部を隠しながらだが、まだ袖を通していない。気持ちはわかると、クルスは思った。だってそれ、俺がアルマに買ってあげたやつより数段高そうなのだしね……。


「すごいよね」

「なんでこんな部屋に泊まるんですか!? 贅沢はもうしないんじゃ!?」

「だって王子が泊まって良いよって言うから」

「そんなフランクな理由で!?」


 もちろんそれだけじゃないが。


 このレベルの高級ホテルとなれば、セキュリティの面では森の中の小屋と比べものにならない。安全は確保されている。

 とはいえ、あの尾行している連中の心当たりについては、そろそろアルマに直接尋ねる必要が出てきた、といったところか。


 さて、どうやって切り出したものか。


 クルスが考えあぐねていると、何やらもじもじしているアルマが、ためらいがちにこう言ってきた。


「あ、あのうクルスさん。質問があるんですけど……」

「んっ?」


 まさかアルマの方から何か聞かれると思っていなかった。我に返るクルス。


「なんだ、どうした?」

「もしかしてとは思いますけど、クルスさんって、竜にしか欲情できない特殊性癖の持ち主ではないですよね……?」

「なんでそうなる!?」


 クルスはノーマルだ。あまりにも竜種との絆をはぐくみすぎて、竜騎士時代にも仲間に疑われたことはあるが。そこは断じて譲らない。

 アルマはもじもじしながら続けた。


「だだ、だって、わたし、結構ハダカですけど、クルスさんそういう感じ全然見せないじゃないですか!? いや、見せて欲しいわけじゃないんですよ。でも、もしかしたら人間の女の子には興奮できないタチなのかな、と。それで差別するわけとかじゃないんですけど、だとしたら、クルスさんを背中に乗せるときも、なんていうか、気持ち的な部分で改めないといけないぞ、と」

「いけないぞ、と、じゃないよ! ないよ、そういうことはない! いや、だってアルマ見た目14歳くらいじゃん。そんな子供に興奮なんてしたら、それはそれで変態というか……」

「嘘ですよ! 500年前は14歳でお嫁さんに行くとか普通だったみたいじゃないですか! クルスさん的にはわたしの見た目は十分適齢期のはずですよ!」

「よく調べてきてんねぇ!」


 この時代の14歳は子ども扱いという付け焼刃的な知識は全然役に立たなかった。


 まぁ、最初はけっこう、倒錯的な状況だとも思ったりしたが、そのうち慣れてしまったというのが実際のところ……なのだろうか。今はあんまり気にならない。裸のアルマが走っているのを見たところで、『おお、今日も裸のアルマが走っているなぁ』としか思わないし。なぜだろう。竜だとわかっているからかな。


「じゃ、じゃあ、そういう性癖じゃないんですね……?」

「違うよ。ぜんぜん違う」

「そして、わたしにアレな気持ちになったりするわけでもない……?」

「ないよ。強いて言うなら……ないよ」


 強いて言うなら、人間態のアルマが卵生と胎生どちらに近い肉体構造をしているのか気になったが、これをこの場で口にするとこじれるので黙っておいた。


「わかりました。変なことを聞いてしまってすみません……」


 落ち着いた様子で、アルマはドレスに袖を通している。


「いやまぁ……、うん。俺もなんていうか配慮が足りなかったね。俺、ほら、人の鼻毛が出ていても指摘しないタイプだから、アルマが裸で走っていてもあんまり服着ろとか言ったりしなくてさ」

「そこ同列に扱っちゃうんですか?」


 アルマはジト目になってこちらを睨んできた。


「じゃあ、もういっこの質問なんですけど」

「まだあるの?」

「今のは軽いジャブです」

「そのジャブで俺けっこう足に来てんだけど」


 今度はどんな質問が飛び出してくるのか。クルスは恐れおののきながらも、椅子に腰を下ろす。うわなんだこの椅子、めっちゃふわっふわで身体が沈む。

 ドレスを着終わったアルマは、クルスと向き合うように椅子に座り、それからこちらをじっと見てきた。


 金色の瞳には、わずかに怯えと困惑の表情が浮かんでいる。


「このホテルに泊まった本当の理由を教えてください」

「ん……」

「今日のクルスさんは、わたしを街に連れ出したり、急にホテルに泊まったり、わたしをすごい喜ばせようとしてくれてます。その、なにか、あるんですか……?」


 アルマのその言葉を聞いて、クルスは目を細めた。


 そうか、この子は、何か嬉しいことがあると、そこには理由があるはずだと考えるような育ち方をしてきたのか。

 クルスは彼女の言葉になんと答えたものか、しばらく考え込み、それからゆっくりと話し出した。


「まず覚えておいてほしいのは」

「は、はい」

「おまえは幸せになるために生まれてきているということだ。おまえに限った話じゃないし、もちろんその過程には努力と苦労がつきものだが。だがおまえは勝利を掴みとった。勝った奴は無条件にチヤホヤされて良いんだよ。おまえを街に連れ出したのは、それを知ってほしかったからだ」


 クルスは、アルマの瞳をじっと見返す。


 人と話すときも、竜と話すときも、必ず相手の目を見る。クルスは自分の話術に自信を持っているわけではないが、竜の心を掌握する術には、そこそこ長けている自覚があった。戦友の言葉を借りれば、『竜たらし』ということになるか。


「おまえを喜ばせるのに理由なんかないよ。レジエッタに遠慮しているのか? 俺とおまえの関係は、レジエッタとの再会が叶うまでだと思っているのか? アルマが俺を嫌いならそれでもいいが、そうじゃないだろう」

「で、でも、それなら……」

「自信を持て、おまえは良い竜だ。俺はおまえのパートナーとして喜ばせてやりたかった。だから街に連れ出した。それは信じろ」

「……はい」


 こくりと頷くアルマ。さて、ここまでは良い。

 問題はここからだ。アルマの方からその話を切り出してきた以上、やはり黙り続けるわけにもいかない。


 アルマも、この話に続きがあることを、察している目をしていた。


「このホテルに泊まった理由は違う」

「……はい」

「今日、街に出てきてから、俺たちをずっと監視してるやつらがいた」


 ここで言葉を区切り、間を置く。アルマの反応を伺う。

 アルマは、クルスの持つ言葉の意味を少しずつ飲み込み、それによって顔色が変わっていった。


「それって……」

「たぶん、『あの人たち』だ」


 アルマが、息を呑むのがわかった。

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