リューカpart2 再誕―Ⅱ
R15 注意
これからリューカが師匠と呼ぶことになる人に助けられてから、彼女の生活は一変した。
師匠の名前は月詠辿。
彼はこの世界に於いては、最強の魔法使いにして至高の魔法道具職人と呼称されていた。
「まるで、死んでるみたいです…………」
あの日、あの場所で起きた事は、まだよく覚えていた。
あの男が、何か焼き爛れた肉の臭いをしながら倒れているのを見て、リューカの心の中は朗らかに晴れ渡っていた。
そして彼女は、そのことに戸惑いを覚えていた。
――私は何も考えてはいない。何も感じない筈なのに……。
ずっと、二年もの間そう自分に言い聞かせていたためか、正の感情に対しても蓋をつけるようになってしまっていたようだ。
途端、落ち込んだというよりも、表情を無に戻してしまった彼女に、辿は難しい顔をして、頭をかきむしった。
そんな様子の彼を、裸に剥かれ、犯されたままの姿でいた彼女は、無感情に見つめていた。
それはまるで、命令を乞う機械のような、そんな雰囲気を醸し出していた。
これは、同情というものだろうか。
辿は一瞬、そんな考えを浮かべたが、すぐにそれを打ち消した。
彼女が過去に何があったかはわからない。
あるいは、彼の持つギフト『見稽古の魔眼』を用いれば、わかったかもしれない。
しかし、それはしてはいけない事だ。
勝手に人の過去を覗いてもいい気はしないだろうし、何しろ自分なら嫌だ。
「呑み込む者」
辿はおもむろに空中から石版を取り出すと、何やら操作して空中に穴を開ける。
そして、その中から幾つかの布類と針を取り出すと、その針についていたスイッチを押し込んで、布に突き刺した。
「……」
布が中に浮かび、回転を始める。
針がひとりでに動き出し、その布の形を変えていった。
彼が作製した魔法道具の一つ『魔法の裁縫道具』である。
「ほれ」
辿は魔具が通常通り起動したのを見届けると、更に開いた空間の亀裂から、濡れたタオルを取り出し、リューカへと投げ渡した。
「……?」
しかし、突如投げ渡されたそのタオルの意味が、どうやらリューカにはわからなかったようで、それを手にしたまま首を傾げた。
「それで体を拭いておけ。
傷に染みるだろうが、そのまま●●に塗れたままなのは、流石に嫌だろう?」
言われて、リューカは自らの体を見下ろした。
そこには、きめ細かな柔肌――主に下腹部に付着した、イカ臭い白い粘液が、大量に飛び散っていた。
確かに、そのままでは不愉快なのは間違いなかった。
「……」
少女はコクリと頷くと、その濡れタオルで、体に付着した液体を、入念に拭い去っていった。
(これは、まるで奴隷みたいだな……)
辿は再び目を紅く光らせて、彼女の状態を診る。
心に酷い傷を負っている。
トラウマも結構あるみたいだな……。
外傷は、肩のあたりに打撲か。
あと、鼠径部の擦過傷、処女膜も破れてるようだ。
肘の辺りが脱臼しかけている。
さっきのインキュバスに、かなり乱暴にヤられたのだろう。
(……しかしこの処女膜も、最近破られたものというのでもなさそうだな)
白濁としたものが拭い去られて、一瞬だけ顕になったそれを見て、そんな感想を抱く。
(いやいやいや!
何を考えてるんだ俺は!これでは完全に視姦じゃないか!)
耳まで熱くなっていくのがわかる。
大体、ずっとそんな格好でいるのが駄目なんだ。
何でこいつは布団なり何なりで隠そうとしない!?
「……」
「……」
チラリ、と目が合う。
もしかして、見ていたのに気づかれたのだろうか?
いや、だったらなぜ隠そうともしないんだ!?
露出魔か!?痴女なのか!?
(……いや、違う。
決してそんなはずはない)
それは俺の身勝手な妄想で、彼女からすればそんなことでは無いはずだ。
今までの情報を照らし合わせるに、おそらく無理やり何も考えないようにしているのだ。
(まるで、飼いならされた奴隷だな……)
そんなことを一瞬感じてしまった自分に腹が立った。
後で自分の顔面を殴っておこう。
「と、とりあえず、見える傷だけでも治しておくか」
辿は自分の視線を誤魔化そうとしせんをあさっての方向へ向けてそう言うと、白手袋の掌を上に向けて、唱えた。
「深淵の宝瓶」
すると、その手の上に青く光る、透明な大瓶が現れた。
その様子に、わずかに驚いた様子を見せる少女。
辿はそんな彼女に優しく微笑みかけながら、それの説明をする。
「これは深淵の宝瓶と言ってな。
あらゆる外傷、欠損、状態異常を治癒する魔具なんだ」
「飲んでみな」そう言って、彼はその大瓶を彼女に手渡す。
リューカは若干戸惑ったような顔をすると、その瓶の中を覗き込んで、血の気の失せた唇を、その縁につけた。
こく、こく、こくと、喉が上下する。
すると次第に、死人のように青白かった肌は赤みを取り戻していき、唇は桜色に、ほつれた髪は細く整えられ、外傷は時間を巻き戻すようにと治癒されていく。
そんな様子を、彼の紅い瞳は確認していた。
(……流石に、これでも心の傷は治せなかったか)
おそらく、状態異常として判定されていないのだろう。
つまり、それが示すのは、彼女は今の状態を、自分として受け入れているということである。
変心してしまったが故に、それが本人としての性質と断定されている。
そうとは知らない彼女は、その中の甘い水を喉に流し込むたびに訪れる体の変化に驚いていた。
体の内側から熱が迸るようだ。
体中の痛みも、霞のように段々と曖昧になっていき、次第には消えていく。
股間の疼痛が引いていき、脚の震えが治まっていく。
もう、一人で立てそうだ。
リューカの唇からツルツルした大瓶の縁が離れると、細い銀色の橋が架かった。
何だか、頭の中がフワフワする。
祖父に無理やり飲まされて酔ったときの感覚に似ていて、少し不快な気持ちになった。
釣られるようにして、当時の記憶が蘇る。
――回想――
当時彼女は十歳だった。
誰にも相手にされないことに不満を覚えていたリューカは、少しでも振り向いてもらおうと思い、ちょっとしたイタズラを仕掛けることにした。
廊下に飾ってある、祖父の肖像画の前に、彼女は仁王立ちする。
流石に、それにラクガキすると怒られてしまいそうな気がしたので、そんな事はしない。
代わりに彼女が持っていたのは、羊皮紙と筆。
どちらも祖父の部屋から無言で拝借してきたものだった。
白い、オールバックの短髪に、同じく白いカイザルヒゲ。
筋肉質な顔に、吊り上がった目は鋭く、半月メガネは迸る知性を表していた。
リューカはそれを注意深く観察しながら、廊下に寝そべり、その絵を描いた。
暫くして、稚拙ながら祖父の似顔絵が描き上がった。
リューカはそれを上に掲げて、満足そうに口角を上げる。
すると、そんなところに偶然、件の祖父が現れたのである。
「何しておる、リューカよ」
厳しい声が降ってきたことにビクリと肩を震わせながら、リューカは後ろを振り向いた。
「……お祖父様の絵を描いていました」
「描くなら廊下ではなく、部屋で描きなさい。
全く、これだから魔法の使えないガキは……」
それから、祖父の説教を受けたリューカは、その途中でその羊皮紙と筆をどこから持ってきたのかと問い詰められ、祖父の部屋から持ってきたことを告白する。
すると祖父は、お説教をするから部屋に来い。と、無理やり彼女の手首を掴んで、部屋の中へと引きずり込んでいった。
……彼女のイタズラは、ここからだった。
「……リューカ、お前がやったのか?」
部屋に入ると、そこは床一面に紙が撒き散らかされ、新品のインク壺の中身がぶちまけられているという惨状が広がっていた。
「……」
その理由は単純である。
部屋から羊皮紙と筆を持ち出す際、先んじて部屋の中を荒らしておいたのである。
こうすることで、自分に構ってもらわないとイタズラするぞ!
という、ある意味トリック・オア・トリートな訴えを投げかけているつもりであったのだ。
「これだから魔法の使えないガキはっ!!」
「……っ!」
しかし、そんな意図など伝わるはずもなく。
リューカの顔に、祖父の張り手が閃いた。
「うっ……っぐはぁ……っ!?」
その小さな体が、勢い良く跳ね、向こうの壁に背中を打ち付けた。
強制的に排出された肺の空気が、未だに幼い彼女の喉を締め付ける。
「お前にはもう少し、教育というものが必要そうだなぁ?」
床に散らばる羊皮紙を踏む音が、彼女へと近づく。
逃走を求めるものの、震えて動かない脚がそれを却下する。
祖父は机の中から取り出した瓶のコルクを指で弾き開けると、そのふっくらとした頬を片手で掴み、強制的にその唇に瓶の口をあてがった。
途端、舌が焼けるような錯覚を覚えた。
「っ!?」
口内を蹂躙するように、まるで津波のように流れ込んでくるそれは、彼女の小さな喉にに流れていく。
「ぐぶ……っごほっ!?」
熱い液体が気管支に引っかかって咽るが、それでも祖父は強引にそれを飲ませ続けた。
「ぐぶっ、げっ、ごほっ……っ!?」
アルコールの臭いが口の中に広がり、胃に落ちていく液体が、カーッと身体を奥の方から熱くした。
「っ!?」
次第に頭がふらつき、目が熱くなっていく。
幼い子供の肝臓が悲鳴を上げているのだ。
顔が暑い。
もう、何も考えられない……。
ぼーっとする頭が、霞む視界を必死に捉えようとする。
しかし、彼女はそうすることができなかった。
やがてリューカは力を失ったように、抵抗をして暴れさせていた手足を鎮めた。
祖父はそんなリューカを確認すると、彼女の口から瓶を抜き取り、そして残りの全部を一気に煽った。
「この程度では、やはり到底酔えんが……。
リューカにはかなり効いたようだな」
しかし、だからといって急性アルコール中毒で死なれては、これからお仕置きを始めるというのに不都合だし、困る。
そう考えた祖父は、リューカの頭の上に手をかざして、呪文を唱えた。
「――風の民よ聞き給え
ふるいにかけた砂のように
零れ落つるは霧の奥
死なぬ程度に癒やし給え――」
すると、彼の掌から緑色の光が彼女の体に降り注ぎ始めた。
同時に、充血を始めていた少女の目が、元の色へと戻ってった。
「――解毒――」
省略された呪文の効果によって、彼女の酔は覚めることなく、ある程度意識を奪ったまま余計なアセトアルデヒドが削除されていった。
「では、始めようか」
祖父がそういう声が、遠く水の中を伝わるように、くぐもって聞こえた。
そして、それと同時に、しかしはっきりと聞き取れる音もあった。
カチャカチャ、と金属の当たる音。
スルスルと流れ落ちる、衣擦れの音。
まだ幼い私は、これから祖父のしようとしていることが何なのか、想像もつかなかった。
「いいかリューカ。
これはお前が魔法を使えない子供に生まれた罰だ」
祖父の大きな手が、彼女のスカートの下に潜り込み、パンツの裾に指をかけた。
その瞬間、リューカは今まで覚えたことのある種類とはまた別の恐怖を、心の中に抱いた。
「――風の精よ聞き給え。
痺れる砂を運び給え――」
瞬間、パチッという小さな破裂音が鼓膜を打った。
「――麻痺――」
瞬間、金縛りにあったように体が動かなくなる。
自由になるのは、呼吸と、目の動きだけ。
「あともう一つは、大事な書類を汚した罰だ」
彼はそう告げると、一気に私の下着をずり下ろすのだった。
――回想・終わり――
これ以上先は、どうしても思い出したくなかったリューカは、強制的に回想を打ち切る。
思い出しても碌なことはないのだ。
彼女はそれを口から離した時、一瞬だけ嫌な顔をして、大瓶を辿へと突き返した。
そしてまた、思い出したかのように表情を、感情を、思考を消す。
そんな様子のリューカを診ていた辿は、本当にこれは重症そうだなと頭を抱えた。
暫くすると、魔法の裁縫道具が動きを止めて、一着の衣類と、簡素な下着が完成する。
「ほら、とりあえずこれ着ておけ」
辿は魔具を亀裂へと放り込んで、ちょうど完成したそれを手に取り、リューカへと受け渡した。
「ありがとう……ございます」
小さな、鈴のなるようなきれいで透き通った声が、辿の鼓膜を打った。
「どういたしまして」
辿はそんな彼女に微笑むと、未だ与えた服を胸の内で抱き込んだままの少女の頭に、その手を置いた。




