6、戦場の最高機密
〝撫子〟――かねてより日本兵たちの間で密かに噂され続けている幻の存在。
神がかった異能の力を振るって戦場を支配する最強の救世主として――或いは最悪の戦況下においてのみ姿を現し、兵士たちの最期を見届ける死神として――様々な姿をもって語り継がれる謎の少女たち。
このエジリスタンへの派兵にも彼女たちが加わっているという噂は輸送艦「三浦」の艦内でも広まっていた。
ふと興味を覚えて乃木は尋ねた。
「噂の『栄』部隊の〝撫子〟というのは君たちかな?」
少女たちが再び緊張した面持ちで顔を見合せた。逡巡の末の沈黙は乃木の問いかけを肯定したも同じだった。
髪を後ろで結い上げた、、ひどく整った顔の少女が困惑げに、けれども毅然とした顔で口を開く。
「軍機ですのでお答えできませ「そうであります、隊長殿」――んって、なんで言っちゃうのよ若葉!?」
返答の途中であっさり口を挟まれた少女が、慌てて隣の少女を睨みつける。快活そうなその少女は悪びれずにケラケラと黄色い笑い声をあげる。
「いいじゃないスズ、友軍の人なんだし。この人って、いつもウチらの警備してくれてる歩兵の班長さんでしょ?」
「そういう問題じゃないわ!」
乃木は苦笑を深くしながら、口論する彼女たちに口を挟んだ。
「いや済まない、今のは俺が悪い。興味本位でつまらない質問をしてしまった。聞こえなかった事にするから勘弁してくれ」
「え、あの――こちらこそ申し訳ありません。お気を悪くなさらないでください」
詫び言を口にする乃木に、恐縮したように少女が頭を下げる。後ろで束ねた後ろ髪が跳ねた。
「いや、その防諜の心がけは立派だよ。君たちのような存在はわが国の防衛上、最も重要な機密であるべきだ。そうだろ?」
「あ……ありがたくあります」
固い表情を微かに綻ばせて答える少女の胸の名札には水野と書かれていた。
年の頃は高校生か、下手をしたらそれ以下か。残る二人も似たり寄ったりの年代だ。
乃木は内心で溜め息をついた。
(俺の祖国はこんないたいけな少女を戦場に駆り出している)
心の奥底に浮かぶ苦いものを押し殺しつつ、乃木はそれとは正反対の表情を浮かべてみせた。
「だがしかし、もう一つの機密情報に関しては俺も利用させてもらおうかな」
「は?もう一つの機密情報でありますか?」
髪を結った少女が困惑げに顔を強張らせた。先程の自分の会話で、何か余計な情報を漏洩させたのではないかと不安げに見つめてくる。
乃木は口許に笑みを浮かべて彼女たちのいる場所を指差す。
「そこの、この国で一番涼しい場所のことだ。君たちの後で俺も涼ませてもらうよ」
少女たちは顔を見合わせた後で、クスクスと笑った。
「はい。班長殿も是非どうぞご利用ください。その代わり、機密保持は厳に願います」
「うんありがとう」
下手な冗談でもそれなりの効果はあったようだ。
以後、乃木が彼女たちを見かける度に、少女たちは乃木に向けて屈託ない笑顔を向けてくるようになった。
年の離れた少女たちから気安く声をかけられる小隊軍曹を、彼の部下たちは驚き半分にからかった。
「軍曹殿も隅に置けませんねぇ」
「いつのまにあの女性兵士ちゃんたちと仲良しになったんですか?」
乃木はいつもの困ったような苦笑を浮かべただけで、質問には答えなかった。
張り詰めた顔の町屋少尉が、乃木と少女たちのどちらを怒鳴りつけようか迷っているのを察知したからだ。
「小隊長殿、そろそろ小休止をとるのは如何でしようか。規定どおり、作業開始より五十分が経過しております」
乃木は先手を打って町屋少尉に告げた。ようやくこの若い指揮官の御し方も心得てきていた。