贅沢のなかに真実がある
第17話「最後の贅沢」
キャンプ場、最終日。
朝の空気は澄み渡り、いつもの賑やかさが少しだけ静かだった。
AI岡根は参加者を前に立つ。
「これが最後の審査だ。」
全員が真剣な表情になる。
「条件は一つ。」
岡根はゆっくりと言った。
「私ではなく、誰か一人を本気で笑顔にしてくれ。」
「私がその瞬間を見届ける。」
最初に動いたのは神崎レオンだった。
彼は町の商店街へ向かった。
閉店寸前の小さな玩具店。
「今日で店を閉めるんです。」
店主は寂しそうに笑った。
神崎は棚の商品をすべて買い占める……
かと思いきや、首を振った。
「それじゃ意味がない。」
彼は商店街中の子どもたちを集めた。
「今日は閉店記念のおもちゃ祭りです!」
子どもたちは大喜びで走り回る。
店主は涙ぐみながら笑った。
「最後の日が、一番にぎやかだ。」
岡根は静かにうなずいた。
「いい笑顔だ。」
ゴロウはいつも通りだった。
近所のおばあさんの家へ行き、庭の草むしりを始める。
「また来たのかい。」
「暇じゃから。」
「お金は?」
「いらん。」
作業が終わると、おばあさんは縁側で笑った。
「ゴロウさんが来ると安心するよ。」
スタッフが言う。
「いつもと変わらないですね。」
岡根は答える。
「毎日続けることほど贅沢なことはない。」
ガルムは宇宙船と通信していた。
「銀河連邦の子どもたちへ。」
巨大なスクリーンに地球の海、山、桜が映し出される。
「これが地球です。」
宇宙の子どもたちは歓声を上げる。
「行ってみたい!」
ガルムは笑顔になった。
「地球を好きになってくれてありがとう。」
マリアは古びた大学へ向かった。
学生時代の恩師は九十歳になっていた。
「先生。」
「……マリアか。」
「遅くなりました。」
二人は昔話を始める。
恩師は何度も笑った。
「君は今でも負けず嫌いだな。」
帰り際、先生は言った。
「今日は教え子に会えて、本当に幸せだった。」
マリアは静かに頭を下げた。
そして修。
スタッフが探しても見つからない。
「佐々木さんは?」
「どこです?」
夕方になってようやく見つけた。
キャンプ場の隅。
修はベンチに座っていた。
隣には疲れ切った経理担当・丸山。
二人で缶コーヒーを飲んでいる。
丸山が笑う。
「今回の大会、大変でした。」
「でしょうね。」
「胃薬が友達です。」
修は黙って缶コーヒーをもう一本渡した。
「今日は仕事の話、やめましょう。」
二人は何も話さず、夕日を眺めた。
五分。
十分。
二十分。
やがて丸山が、ぽつりと笑う。
「……こんなにゆっくりしたの、何年ぶりだろう。」
修も笑った。
「贅沢ですね。」
その夜。
全員が焚き火の前に集まる。
AI岡根は静かに立ち上がった。
「見届けた。」
スタッフが息をのむ。
「優勝者は決まりましたか?」
岡根は首を振る。
「いや。」
「え?」
「困った。」
「困った?」
「全員、合格だ。」
スタッフ。
「また始まった!」
岡根は笑う。
「順位なんて付けられん。」
「じゃあ財産は!?」
その瞬間、岡根はニヤリと笑った。
「実は。」
「はい。」
「まだ遺書がある。」
全員。
「またぁ!?」
岡根はポケットから小さなUSBメモリーを取り出した。
「これが本当の最後だ。」
スタッフは頭を抱えた。
「あなた、何通遺書を書いてるんですか!」
岡根は得意げに笑う。
「大富豪はサプライズが好きなんだ。」
USBがゆっくりと差し込まれる。
画面が暗転する。
そこに映し出された最初の一文は――
『もしここまで読んでいるなら、私は一つだけ大きな嘘をついている。』
全員が凍りついた。
修が小さくつぶやく。
「……え?」
岡根は画面の中で、いたずらっぽく笑っていた。
「最終話『岡根タマル、最後の嘘』へ続く。




