贅沢とは人生かもしれない
最終話「岡根タマル、最後の嘘」
焚き火の火が静かに揺れている。
全員がモニターを見つめた。
岡根タマルは、生前と変わらない笑顔で話し始める。
「ここまで来た諸君、おめでとう。」
「そして……謝らなければならない。」
修がつぶやく。
「嫌な予感しかしない。」
岡根は深く頭を下げた。
「私は最初に、大きな嘘をついた。」
スタッフが固唾をのむ。
「嘘?」
「『史上最高の贅沢をした者に全財産を相続させる』と言ったな。」
「はい。」
「実は……」
岡根は少し笑った。
「最初から、一人に渡すつもりはなかった。」
全員が立ち上がる。
「えぇぇぇーーーっ!!」
経理担当・丸山は膝から崩れ落ちた。
「この三か月は何だったんですか……。」
岡根は静かに続けた。
「私が欲しかったのは、相続人ではない。」
「では?」
「答えだ。」
「答え?」
「私は九十四年生きた。」
「金も名誉も権力も手に入れた。」
「それでも最後まで分からなかった。」
「人間にとって、本当の贅沢とは何か。」
画面が切り替わる。
三か月間の映像が流れ始める。
修が静かに昼寝をしている。
ゴロウが豚汁を配っている。
神崎が子どもと遊んでいる。
マリアが恩師と笑っている。
ガルムが宇宙の子どもたちに地球を紹介している。
ひまりがお父さんと手をつないで歩いている。
そして──
財団の経理・丸山が、ようやく笑っている姿。
岡根は言う。
「君たちは誰も、最後には自分のために金を使わなかった。」
修が聞く。
「じゃあ……財産は?」
岡根はニッと笑う。
「全部使う。」
「え?」
「全部。」
「え?」
「一円残らず。」
神崎が驚く。
「百兆円以上ありますよ!?」
「知っている。」
世界中のモニターが点灯する。
岡根財団・最終計画。
その名は──
『最高の贅沢計画』
内容は驚くべきものだった。
世界中の子どもの教育支援。
難病研究への長期基金。
貧困地域への医療支援。
芸術家・研究者への生涯助成。
誰でも無料で利用できる図書館や公園の建設。
「何もしないための場所」として、大きな昼寝公園を世界中につくる。
修が思わず笑う。
「最後だけ僕の案が採用されてる。」
岡根も笑う。
「昼寝も立派な文化だ。」
マリアが尋ねる。
「では、私たちは?」
「君たちには財産は渡さない。」
「……。」
「代わりに。」
画面に名前が並ぶ。
佐々木修
田村ゴロウ
神崎レオン
天城マリア
ガルム
星野ひまり親子
そして財団スタッフ全員。
肩書きは一つ。
『岡根財団 理事』
「君たちに、お金ではなく役目を託す。」
修は苦笑する。
「仕事じゃないですか。」
岡根は笑った。
「安心しろ。」
「はい?」
「有給はちゃんと取れ。」
全員が吹き出した。
画面が少し暗くなる。
岡根は穏やかな表情になった。
「私は人生で、何兆円も稼いだ。」
「だが。」
「この三か月ほど笑った時間は、一度もなかった。」
「ありがとう。」
「君たちのおかげで、私は人生で一番贅沢な三か月を過ごせた。」
キャンプ場は静まり返る。
ひまりが涙をぬぐう。
ゴロウは帽子を脱ぐ。
神崎は空を見上げる。
マリアは目を閉じる。
修だけは、少し笑って言った。
「岡根さん。」
「何だ?」
「最後に一つだけ。」
「うん。」
「お疲れさまでした。」
岡根は、心から満足そうに笑った。
「ありがとう。」
「それが、一番うれしい。」
モニターの光が、ゆっくり消えていく。
AI岡根のデータは、自ら終了を選択した。
画面には最後の一文だけが残る。
「贅沢とは、お金を持つことではない。
誰かと笑い合える時間を持つことである。」
焚き火は静かに燃え続ける。
修が立ち上がる。
「さて。」
神崎が聞く。
「どこへ?」
修は大きく伸びをした。
「昼寝。」
ゴロウも立ち上がる。
「付き合う。」
ガルムも手を挙げる。
「私も学びます。」
ひまりが笑う。
「私も!」
マリアは呆れながら笑った。
「結局、最後までこの調子ね。」
その笑い声は、山にこだました。
こうして「史上最高の贅沢選手権」は幕を閉じた。
そして岡根タマルが最後に遺した"最高の贅沢"は、財産ではなく、人々が互いに笑い合う未来そのものだった。




