贅沢ぜざるは勇なきなり
第15話「世界第2位の女」
ヘリコプターの風で、キャンプ場のテントが揺れる。
ババババババ……
スーツ姿の女性は、ゆっくりとサングラスを外した。
「お久しぶりです、岡根さん。」
AI岡根は苦笑いする。
「三十年ぶりだな。」
スタッフがざわつく。
「知り合いどころじゃない……。」
女性は名乗った。
「私の名前は、天城マリア。」
「世界富豪ランキング第二位。」
「総資産、およそ百二十兆円。」
神崎レオンが小声でつぶやく。
「僕でも勝てない……。」
ゴロウが聞き返す。
「百二十兆円って何円じゃ?」
「百二十兆円です。」
「想像できん。」
岡根は笑った。
「相変わらず稼いでいるな。」
マリアも笑う。
「あなたほどではありませんでしたけど。」
修がスタッフに尋ねる。
「この二人、ライバル?」
スタッフは首を振る。
「もっと厄介です。」
「え?」
「学生時代の同級生です。」
「えぇっ!?」
修たちは一斉に振り向く。
「同級生!?」
岡根は照れくさそうに鼻をかく。
「大学時代、同じゼミだった。」
マリアが付け加える。
「成績は私が一位。」
「資産は岡根さんが一位。」
「勝負は五分五分でした。」
スタッフがツッコむ。
「スケールのおかしい青春ですね!」
ひまりが無邪気に尋ねた。
「お友達だったの?」
二人は顔を見合わせる。
岡根。
「ライバル。」
マリア。
「腐れ縁。」
ぴったり声が重なる。
修が笑う。
「仲いいじゃないですか。」
二人同時に。
「違う!」
「息ぴったり!」
マリアは封筒を机に置いた。
「応募書類です。」
岡根が目を通す。
応募内容。
『三か月間、一切お金を使わない。』
スタッフ全員。
「えぇぇぇ!?」
神崎レオンが思わず立ち上がる。
「世界第二位が節約!?」
マリアは首を振る。
「節約ではありません。」
「では?」
「自分では、一円も払わない。」
「どういうことです?」
マリアはニヤリと笑う。
「この三か月、私は誰かにご飯をごちそうになり、誰かの家に泊まり、誰かに助けてもらいます。」
修が目を丸くする。
「それ、ただの無一文じゃ……。」
「違います。」
マリアは胸を張る。
「人とのつながりだけで生きられるか試す。」
キャンプ場が静まり返る。
岡根は腕を組んだ。
「面白い。」
スタッフも感心する。
「確かに、お金では解決しない挑戦ですね。」
しかし、その瞬間。
ゴロウがボソッと言った。
「わし、それ五十年やっとる。」
……
マリア。
「え?」
ゴロウ。
「畑もらって、おかずもらって、将棋して、お茶飲んで。」
「……。」
「近所の人が勝手にご飯持ってくる。」
「……。」
「金なくても困らん。」
沈黙。
修が吹き出す。
「マリアさんの壮大な挑戦、ゴロウさんの日常だった!」
スタッフも大爆笑。
マリアは頭を抱えた。
「まさか……私の企画が先を越されていたなんて。」
ゴロウはのんびりお茶を飲む。
「流行っとるのか?」
「五十年早いですよ!」
その日の夜。
岡根は一人で焚き火を見つめていた。
「マリア。」
「何ですか?」
「昔、お前が言っていたな。」
「?」
「『一番の贅沢は、人から必要とされること』と。」
マリアは少し驚き、それから静かに笑った。
「覚えていたんですね。」
「忘れたくても忘れられん。」
その空気に、修たちは少しだけ見入ってしまう。
すると、ひまりが父親に小声で聞いた。
「ねえ。」
「ん?」
「この二人って……」
「うん?」
「昔、付き合ってたの?」
一瞬、焚き火の音しかしなくなった。
岡根とマリアは同時に立ち上がる。
「違う!」
またしても声がぴったり重なる。
修がニヤリと笑う。
「……怪しい。」
ゴロウもうなずく。
「怪しいのう。」
神崎はスマホを取り出す。
「アンケート取ります?」
マリアは顔を赤くしながら叫んだ。
「やめなさい!」
岡根も珍しく慌てている。
スタッフは腹を抱えて笑った。
そのとき、AI秘書が無機質な声で告げる。
「解析結果。
お二人の会話同期率、98.7%。」
全員。
「ほぼ夫婦じゃん!!」
岡根とマリアは、人生で初めて完全に同じタイミングで頭を抱えた。
第16話「恋愛疑惑と贅沢裁判」へ続く。




