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暗君と呼ばれた男  作者: 蜜柑次郎


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隣人

1562年冬

 新年を迎え、加賀の地には今川による新たな統治体制が敷かれた。氏真がこの難治の地の領管に任じたのは、今回の平定で最大の功労者となった氏家直元であった。


 西美濃三人衆の中でも高潔な人格を持つ直元は、熱心な一向宗信者でありながら今川の法を遵守する、まさに理想的な今川臣民の体現者であった。


 さらに、その補佐として北伊勢から石川数正を呼び寄せた。数正もまた一向宗との関わりが深く、それでいて組織管理能力に長けた切れ者である。


「常陸介、助四郎。そなたらならば、民の信仰心を否定せず、それでいて今川の法と理を正しく伝えられる。加賀を、ただの戦場から産業の地へと変えてみせよ」


 一度他領へ逃れた加賀の民に対しても、故郷に戻るも良し、新天地で心機一転、新たな志を探すも良しという、職業選択と居住の自由を認めたのである。


「戦いに明け暮れる時代は、今川がここで終わらせる。これからは剣ではなく、筆と算盤で家を立てる時代なのだと、民に肌で感じさせよ」


 氏真の狙いは的中した。本願寺の呪縛から解き放たれ、今川の豊かさを目撃した加賀の民たちは、次々と今川の法の下に帰順した。信仰だけでは腹は膨らまない。今川が提供する持続可能な幸福という現実を前に、もはや本願寺に以前のような扇動の力は残っていなかった。


 一方、氏真の関心はすでに次なる産業へと向かっていた。加賀を今川経済網に組み込むためには、日本海側の港湾整備が不可欠である。


 氏真は、駿河湾での経験を持つ港湾管理者を派遣し、飛騨から続く街道を日本海の港へと直結させる大工事を開始させた。


「日本海側にも、駿河に匹敵する海軍が必要だな…」


 氏真の脳裏には、伊勢で勢力を伸ばしつつある九鬼嘉隆の顔が浮かんでいた。


 九鬼の造船技術と、今川の火薬、そして北陸の木材。これらが合わされば、日本海をも制する巨大な流通網が完成する。


 加賀の雪解けと共に、今川の算盤は日本海を越え、さらに広大な地平を見据えていた。氏真は父・義元の西への進軍を支えるべく、北陸という巨大な富の供給源を、鉄の意志で作り上げようとしていた。



 加賀が今川の直轄領となったことで、懸案であった日本海への出口が完全に確保された。この報せに、越後の上杉輝虎からは丁寧な書状が届いた。


 将軍・義輝から「輝」の一文字を賜り、意気揚々とする輝虎は、今川が加賀の門徒を速やかに沈めたことを高く評価していた。


「加賀の騒乱は長きにわたる憂いであった。今川殿がこれを見事に鎮めたおかげで、我らも越後と関東の戦に専念できる。心より感謝いたす」


 輝虎の文面には、今川への純粋な信頼が綴られていた。氏真は、彼に対し、駿河の銘酒を山のように贈ることでその義理に応えた。関東での北条との激突は避けられぬ運命であろうが、少なくとも北信濃から北陸にかけての今川・上杉関係は、この酒と利の共有によって盤石なものとなった。


 一方、越中の神保氏や椎名氏に対しても、氏真は抜かりなく手を打った。当初の予定よりも早く加賀が手に入ったため、軍事的な通行権の交渉は必要なくなったが、氏真はあえて「せっかくの縁ゆえ、港は引き続き使わせていただく」と持ちかけた。


 今川の物産が日本海へ流れ、それによって越中の国衆たちの懐に税金が転がり込む。


「貴殿らの財も増え、我らも商いができる。これぞ互恵というもの」


 氏真は、経済の鎖を越中の深くに打ち込んだ。今はまだ越中を併呑するつもりはないが、富に依存した国衆たちは、時が来れば自ずと今川の傘下へと傾いてくるはずであった。



 越前の朝倉義景に対しては、衝突はほとんど起きなかったが、一向一揆の残党を塞ぎ止めるための国境警備への協力に感謝し、最大限の礼節をもって労いを伝えた。


「想定よりも早く片付いてしまいました。加賀の地は、今川が責任を持って、静謐なる楽土へと変えてみせましょう」


 義景は、自国の隣に今川という巨大な権力が居座ることに一抹の不安を覚えたかもしれないが、氏真はそれを文化的な交流という厚い膜で包み込んだ。贈られたのは、駿河の職人が精魂込めて選んだ最上の茶葉と、名だたる茶器である。


 風雅を愛する義景にとって、これ以上の返礼はない。氏真は朝倉家を、北陸の秩序を共に守る対等な盟友として扱うことで、不要な警戒心を解かせたのである。


 同時に、飛騨を経由した物流が越前にも流れ込むよう手配し、朝倉領内の経済活性化もさりげなく支援した。武力ではなく、茶と富と、良き隣人としての振る舞い。朝倉家を北陸の防波堤として維持しつつ、今川の影響力を浸透させるこの外交術は、まさに氏真の真骨頂であった。

加賀、飛騨、越前。この三国の連携が強まることで、北陸の地はかつてない平穏な春を迎えようとしていた。



 加賀を領したことで、今川家は能登の畠山氏と直接国境を接することとなった。能登守護の名門である畠山家に対し、氏真は、隣人に引っ越してきた挨拶として、極めて丁重な使者を送った。


「能登の静謐を守るためにも、加賀の秩序を整えることは急務でありました。これからは共に、北陸の安寧を築いてまいりましょう」という表向きの挨拶に、氏真はもう一つの言葉を添えた。


 畠山家では現在、当主と権臣たちの間で激しい主導権争いが繰り広げられている。氏真はそれを見透かした上で、「名門畠山の名を残すためであれば、当家は喜んで助太刀いたそう」と、当主側へ甘い誘いをかけたのである。


 これは純粋な親愛ではなく、能登への介入を正当化するための布石であった。氏真は側近の富士信忠に対し、畠山家の内部事情を克明に探るよう命じた。


「左京亮、家臣団の誰が銭で動き、誰が義理で動くか。その内情を徹底的に洗い出せ」


 名門としての自尊心が強い畠山家に対し、まずは救済者として近づき、内部の綻びを突く。能登の七尾城が日本海交易の要衝であることを考えれば、ここを今川の支配下に置く価値は計り知れない。


 氏真は、隣人の内紛という果実が熟すのを、静かに待ち始めたのである。



 西の要、北伊勢を任せている松平元信の働きは、氏真の期待を遥かに上回るものであった。まだ若年ながら、元信は北伊勢の複雑怪奇な国衆たちを見事にまとめ上げ、一つの強固な軍事・経済ブロックを作り上げつつあった。


 元信が特に力を注いでいたのは、伊勢桑名の刀工集団を統括することであった。千子村正に代表される実戦向きの鋭い刀作りを奨励し、今川軍の兵装をより実戦的で恐るべきものへと昇華させていた。


 さらに、元信の才は武事だけに留まらなかった。桑名の伝統的な漆器産業を振興し、さらには茶の栽培までをも開始していたのである。


「治水工事と国衆のまとめだけでも重労働だと思っていたが…産業の発展まで自主的に進めるとはな」


 氏真は駿府に届く元信からの報告書を読み、思わず唸った。元信には産業振興の具体的な指示は出していなかった。


 しかし、彼は今川の富国の思想を正確に汲み取り、自らの領地でそれを高次元に実践していたのである。その有能さは、すでに北伊勢一郡に収まる器ではないことを示していた。


「あまりに優秀すぎるというのも、報いるのが難しい悩みだな」


 氏真は、自らの片腕として成長した元信に対し、誇らしさと共に、将来的な彼の処遇をどうすべきかという贅沢な思案に耽った。隣国には北畠家という油断ならぬ勢力が控えている。


 しかし、元信という男がいる限り、北伊勢が今川の強力な盾であり、同時に巨大な富の源泉であり続けることは疑いようがなかった。冬の終わり、元信が育てた伊勢の茶の芽が吹く頃、今川の西への影響力はより揺るぎないものへと変わっていくのである。

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