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暗君と呼ばれた男  作者: 蜜柑次郎


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満足

1561年冬

 氏家直元が使者として加賀へ赴き、氏真の書状を届けてからしばらくして、駿府に少しずつ返信が届き始めた。それらは、本願寺から送り込まれた強硬な上層部からではなく、加賀の地に根を張り、民と共に生きる末寺の住職や現地の国衆たちからのものであった。


 届けられた文に記されていたのは、切実なまでの怯えと、かすかな希望であった。


「本当に我らを殺さぬのか」


「信じ続けても、今川は我らを守ってくれるのか」


 長島での凄惨な結末を耳にしていた彼らにとって、他宗派を許容し、なおかつ救済を説く氏真の言葉は、にわかには信じがたい福音であった。


 彼らは一向宗としての誇りよりも、まずは目の前の冬を越え、家族を飢えさせない術を求めていたのである。


 氏真は即座にこれに応えた。膨大な量の米を支援物資として送り出すと共に、再び直元を通じて返事を認めた。


「今川は、そなたらを受け入れる準備をすでに整えている。必要なのは、そなたらの、わずかばかりの勇気だけだ。これは降伏ではない。過酷な戦と飢えからの救済である」


 氏真は、武力で屈服させるのではなく、生存の保証という理によって彼らの心を掴もうとした。加賀の民にとって、今川の傘下に入ることは、もはや宗教的な退歩ではなく、人として生きるための唯一の選択肢となりつつあった。


 雪深い加賀の地で、頑なだった門徒たちの結束は、今川の暖かな施しによって内側から静かに崩れ始めていた。



 一方、越後の上杉政虎は、将軍・義輝より「輝」の一文字を賜り、名を「上杉輝虎」と改めた。この名誉ある改名に、駿府に滞在する義輝は、自らの権威が未だに武家の憧れであることを再確認し、大層ご満悦な様子であった。


 氏真はその様子を眺めながら、義輝がこれほどまでに権威の発揮に執着するのは、彼の抱える深い寂しさゆえではないかと分析していた。


 武家の棟梁という仰々しい肩書きを持ち、皆に利用されるが、その実、自らの言葉を真に聞き入れてくれる者は誰もいなかった。力を持たぬがゆえに必要とされない悲哀。氏真はそんな義輝の自尊心を満たすべく、今川家臣の元服や諸々の祭事において、義輝に重要な役割を割り振るよう配慮した。


「面倒な実務は今川の官僚たちがすべて引き受けます。公方様は、この温暖で安全な駿府にて、武芸の指導や文化の振興という、より高潔な役割に専念していただきたい」


 氏真の狙いは、義輝を健康で文化的な暮らしの中に閉じ込め、京へ戻るという危険な野心を忘れさせることにあった。


 一度この満たされた豊かさを知れば、三好に怯える京の暮らしなど、誰が望もうか。氏真は義輝を構ってやることで、将軍という最強の看板を今川の秩序の中に完璧に組み込もうとしていた。


 義輝が自ら駿府を安住の地と定めれば、天下の平和はそこから加速的に実現へと向かう。氏真は、義輝の笑顔の裏にある孤独を、今川の富で優しく埋めていった。



 冬の京の都は、かつての面影もなく冷え込んでいたが、朝廷や公家たちの邸宅の中だけは、不思議な活気に包まれていた。


 そこには、駿河から届いた数々の名産品が溢れていたからである。


 飛騨の極上の木材と、氏真が送り込んだ腕利きの職人たちの手によって、長らく修理が滞っていた建物が次々と美しく改修されていく。食卓には、駿河湾で採れた海の幸が並び、厳冬の京にあって、駿河名産の柑橘を配合した石鹸の香りが、公家たちの肌を優しく潤していた。


「ここはどこなのか。もはや日本の中心は京ではなく、駿河にあるのではないか」


 公家たちの集まりでは、冗談混じりにそんな言葉が交わされていた。


 京で貧しさに喘ぐよりも、将軍も滞在している駿河に移り住んでしまった方が、よほど人間らしい暮らしができるのではないか。そんな内容の歌が詠まれ、半ば本気で移住を考える者すら現れ始めていた。


 銭があり、文化があり、何より平和を愛する当主がいる。かつての京都が持っていた文化の発信地としての機能は、今や完全に駿河へと移りつつあった。京の公家たちは、氏真という男の中に、荒れ果てた日ノ本を導く真の主の姿を見出し始めていたのである。


 冬の静寂の中、今川の経済と文化による柔らかな力は、武力以上に深く、貴族たちの心に浸透していた。



 十二月。加賀から美濃、飛騨の山道を越え、今川領へと流れ込む移民の列は、日に日にその数を増していた。本願寺の強硬派による監視の目を掻いくぐり、冬を越せぬと悟った民たちが、着の身着のまま富の国を目指したのである。


 氏真は直ちに全領内へ指示を飛ばし、彼らを同胞として手厚く保護することを命じた。空いた土地を与えて農耕に従事させ、技術を持つ者には街道整備や治水工事の職を与えた。


 そして年が明ける直前、氏真は動いた。駿河から精強な直轄軍を、そして信長が急速に育て上げた近代的な直轄軍、計七千を率いて加賀へと踏み込んだのである。


 かつて百姓の持ちたる国と呼ばれた加賀に、整然と隊列を組み、銀色に輝く鎧を纏った大軍勢が雪を蹴立てて進軍する。もはや加賀に残っていたのは、逃げ遅れた農民と、彼らを精神的に縛り付けていた本願寺の上層部、いわゆる教主たちだけであった。


 氏真は戦闘を最小限に抑えつつ、一揆を扇動し、民を飢えに追い込んだ教主たちを次々と捕縛した。加賀の凍てつく寒空の下、引き出された教主たちを前に、氏真は氷のような眼差しで言い放った。


「貴様らは仏の名を語り、極楽往生を説きながら、現世では民を飢えさせ、雪の中に打ち捨てた。自らは肥え太り、泥を啜る民をさらに戦へと駆り立てた罪、万死に値する」


 教主の一人が「我らは阿弥陀仏の代弁者、我らを殺せば地獄に落ちるぞ」と叫んだが、氏真は鼻で笑った。


「私は仏ではない。だが、民に米を食わせ、温かい寝床を与える術を知っている。民にとって、泥を啜らせる仏と、腹を満たす今川、どちらが真の救いか、その眼でよく見るがよい」


 氏真が手を振ると、断罪の太刀が一閃した。それは宗教的狂乱を、現実的な統治の理が切り伏せた瞬間であった。


 教主たちが処断された直後、氏真は直ちに兵たちへ炊き出しを命じた。軍勢と共に運び込まれた莫大な量の米と薪が、加賀の各所で巨大な煙を立ち上げる。温かい汁物と、握り飯。震える手でそれを受け取る加賀の民に対し、氏真は自ら湯を配り歩いた。


「苦しかったな。もう戦う必要はない。今川の下で、ただ人間らしく暮らせばよい」


 枯れ果てた北陸の地に、本物の救いがもたらされた瞬間であった。加賀と越中の一部は、今や今川の直轄領として、新たな息吹を上げ始めたのである。

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