猛牛の行進
1559年冬
今川館の作戦会議室。氏真の前には、巨大な木製のジオラマ模型が置かれていた。そこには、富士山を中心に広がる駿河・甲斐の険しい地形が、寸分違わず再現されている。
「…治部大輔様、富士山本宮浅間大社より伝令。本栖湖周辺にて、武田の旗印を確認。数は約三千。将は猛牛、秋山伯耆守虎繁にございます」
報告をもたらしたのは、氏真が厚く保護してきた寺社のネットワーク、そして富士周辺の地勢に明るい富士眼の衆であった。
信玄の本隊は東の駿河口から圧力をかけつつ、その実、別働隊の虎繁に富士山西側を南下させ、薩埵峠の横腹を突く。古典的ながら、冬の山越えという強行軍を前提とした、武田ならではの剛腕な奇策であった。
「信玄殿は、私が冬の富士を越えてくる兵などいないとタカをくくっていると思っているのだろう。…だが、残念だったな。私は、その道の石ころ一つまで、銭を払って監視させているのだ」
氏真は、模型の朝霧高原から南へ下る細い道に、黒い駒を置いた。
「迎撃地点は予定通り、平地へと降り切る直前の狭隘地とする。丹後守に伝えよ。鉄の壁を築けとな」
虎繁率いる武田別働隊は、極限状態にいた。一月の富士西麓。腰まで浸かる雪を掻き分け、馬を凍死させながら、彼らは強行軍を続けていた。兵たちの顔は凍傷で黒ずみ、息は白く、鎧は凍りついて重い。
「…平地まであとわずかだ! そこまで行けば今川の背後を突ける。駿府の温かな粥と、奪い放題の財宝が待っているぞ! 進め!」
虎繁の激励に応じ、飢えた獣のような武田兵たちが朝霧高原を抜け、斜面を駆け降りる。だが、その視界が開けた瞬間、彼らが目にしたのは、絶望という名の鉄の壁であった。
「今川家直轄軍、岡部丹後守元信である。これより先は、通行料として貴殿らの命を頂戴する」
道の先を完全に塞いでいたのは、氏真が鍛え上げた直轄軍の一団であった。 彼らは雪の中でも一糸乱れぬ隊列を組み、大盾を地面に固定して城壁を作り上げている。その後方からは、今川家が誇る長槍部隊が、森のように槍の穂先を突き出していた。
「構うな! 突き崩せ! 疲弊しているとはいえ、我らは武田の騎馬武者だ!」
虎繁の号令と共に、武田軍が雪の斜面を滑り降りながら突撃する。しかし、凍えた体で繰り出される槍は今川の堅牢な盾に弾かれ、逆に盾の隙間から突き出される今川の槍に、次々と武田の精鋭が串刺しにされていった。
「…今だ。射て」
道を見下ろす両側の切り立った崖の上。そこには、密かに配置されていた今川伝統の弓兵隊がずらりと並んでいた。
今川家は元来、弓の達人が多いことで知られる。氏真はその伝統に、現代的な射撃精度と分隊管理を取り入れた。兵たちは、ただ矢を放つのではない。鎧の継ぎ目、脇の下、喉元。最も防御の薄い箇所を、狙撃手のごとき正確さで射抜いていく。
「ぎゃああっ!」
「上だ! 上から矢が降ってくるぞ!」
武田軍にとって、そこは逃げ場のない桶の中であった。上空からは正確無比な狙撃が降り注ぎ、前方にはびくともしない鉄の壁。虎繁の脳裏に、初めて撤退の二文字がよぎった。
「おのれ、漏れていたか…! 引け! 一度、割石峠まで退くのだ!」
虎繁が馬首を返し、命からがら来た道を戻ろうとしたその時。 彼らの背後―今しがた通り抜けてきたはずの割石峠の影から、地を這うような喊声が響き渡った。
「…逃がすとでも思うたか?」
雪を跳ね除け、後方から現れたのは、今川の伏兵部隊であった。彼らは最初から、武田軍が通り過ぎるのを息を潜めて待っていたのだ。
前方の元信隊。両側の崖の弓兵隊。そして、退路を断つ後方の伏兵。
武田の別働隊三千は、文字通り袋の鼠となった。今川の伏兵は、休養を十分に取った万全の状態。対する武田軍は、極寒の山越えで体力の限界を超えている。
「挟撃だ! 槍を揃えろ! 逃がすな、一人残らずこの雪に埋めてやれ!」
元信が盾を捨て、自ら大太刀を振るって突撃を開始する。阿鼻叫喚の地獄絵図が、純白の雪原を赤く染め上げていった。武田の誇る騎馬武者も、ここでは雪に足を取られたただの的でしかない。
「馬鹿な…。完璧な行軍だったはずだ。なぜ、これほど正確に待ち伏せを…。治部大輔、貴様は一体、どこまで見えているというのだ!」
虎繁は、降り注ぐ矢を太刀で払いながら、天を仰いで絶叫した。
「…なんとか本隊に伝えよ! 今川は、我々の動きをすべて読んでいたと! 走れ! 生きてこの恐怖を伝えろ!!」
数時間後。朝霧高原には、風の音以外に物音一つしなくなった。雪の上に残されたのは、三千の武田兵の骸と、捨てられた武具の山であった。




