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暗君と呼ばれた男  作者: 蜜柑次郎


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武田信玄

1559年冬

 正月の評定を終えた、放課後のような静けさの中、小姓の源五郎が、氏真の傍らで地図を覗き込んでいた。彼は筆を置き、ふとした体で指先を信濃・甲斐との国境へと滑らせた。


「殿。今川は、南の海からは富が溢れ、西の尾張・美濃は盤石に固めておられる。…誠に美しい国造りにございます。なれど、あまりに美しく、あまりに温かい。…北の山々から吹き下ろす風の冷たさを、少々お忘れではないでしょうか」


 源五郎の瞳は笑っていなかった。


「もし、飢えた獣がこの温かな光に目をつけ、理屈をかなぐり捨てて山を降りてきたとしたら…。今川の守りは、少々算盤に寄りすぎてはおりませぬか? 兵農分離の過渡期である今、北の国境に置かれた直轄軍だけでは、本気の虎を止めるには薄うございます」


 それは、間者としての顔を捨て、今川の家臣として生きることを決めた源五郎なりの、必死の警告であった。氏真は、その言葉の裏にある武田の動きを察知した。源五郎は、父・幸隆からの密信を通じ、甲斐の館が戦時モードに切り替わったことを知っていたのだ。氏真は源五郎の肩に手を置き、静かに頷いた。


「気づかせてくれて感謝する、源五郎。そなたの父上にも伝えておけ。今川は、恩を忘れるほど算盤に没頭してはおらぬとな」



 その数日後、甲斐から驚愕の報が届いた。 武田晴信が出家し、「信玄」と名乗ったのである。


 だが、それは単なる信仰心からの改名ではなかった。信玄は出家と同時に、氏真を仏敵であると公然と宣戦布告したのである。


「今川治部大輔氏真は、寺社の権威を貶め、神仏の領地を銭で汚す魔物なり! 此度の挙兵は領土欲にあらず、仏の道を正す聖戦である!」


 信玄は、氏真が進める政教分離と寺社統制を、全宗教勢力に対する宣戦布告へとすり替えた。加賀、長島、そして三河の一向宗に向け、「今川を討つことこそが極楽往生への道」とする激文を飛ばしたのである。理詰めの氏真に対し、信玄は宗教的狂信という最強の感情兵器をぶつけてきたのだ。



 信玄の暴走を止めようとした嫡男・武田義信と、その一派は無残に切り捨てられた。信玄は、義信が今川と通じて謀反を企てたと断じ、彼を東光寺に幽閉。義信を支えていた重臣たち―曽根下野守昌清、飯富源四郎虎昌、長坂源五郎昌国ら、今川との同盟を重視していた親今川派も、ことごとく捕らえられ、権力の座から追われた。


 武田家中のバランスは崩壊し、館は信玄の狂気とも取れる意志一つに染め上げられた。義元と氏真は、この報を聞き、かつてない怒りに震えた。


「同盟を破るのみならず、実の息子までにも泥を塗るか、大膳大夫…いや、信玄め!」


 義元は扇子を握りつぶし、即座に全軍に動員令をかけた。



 駿河と甲斐の国境。雪が舞い散る中、今川家から嫁いでいた嶺松院が、武田の使者に付き添われ、送り返されてきた。


 それは同盟破棄を物理的に示す、最も残酷な返答であった。氏真は自ら馬を飛ばし、国境まで迎えに行った。現れた駕籠の中から出てきた嶺松院は、頬がこけ、瞳には深い絶望の色を宿していたが、氏真の顔を見るなり、その胸に泣き崩れた。


「兄上…申し訳ございませぬ…。太郎様を、太郎様をお助けくださいませ…! あの方は、あの方はただ、今川との約束を守り、民を救おうとしただけなのです…!」


 氏真は妹の震える肩を抱き寄せ、冷たくなった彼女の手を握りしめた。


「よく生きて戻った。そなたは何も悪くない。…太郎殿のことは、私が必ず何とかする。今は、ただ休め。駿府は、そなたが発った時よりもずっと暖かく、食べ物も溢れているぞ」


 妹が生きていたことへの安堵。しかし、それ以上に、彼女の人生を政争の道具として使い捨て、義信という高潔な若者を葬ろうとする信玄への、氷のような怒りが氏真の芯を貫いた。


「もはや、算盤で弾き出す平和の段階は過ぎた。信玄という膿を出さぬ限り、この日ノ本に真の理は訪れぬ」



 信玄の合図に呼応するように、三河、長島で一向一揆勢が再び立ち上がった。「仏敵今川を討て!」という叫びが冬の空に響く。しかし、その規模は、史実に比べれば、明らかに小さなものであった。


 本来であれば三河全域を呑み込むはずの大一揆も、今川領内では数箇所に留まっている。 その理由は明白だ。


 第一に、今川の豊かさを知った民の多くが、今川を敵に回すことを死と同義だと悟っていたこと。 第二に、武田家中が信玄の強引な粛清によってまとまりきらず、足並みが乱れていたこと。そして第三に、真田弾正幸隆ら北信濃の勢力が、北の守りを固めるという口実で、駿河侵攻への参加を実質的に拒否したことだ。


 源五郎は父に「今川の理に従うことが、真田の存続に繋がる」と断言していた。真田家は、信玄に恩はあれど、沈みゆく泥舟に乗るほど愚かではなかった。



報告を聞いた氏真は、書斎で静かに考え込んだ。


「私の知る史実よりも、一揆の勢いが弱い。信玄の求心力も、かつてほどではないのかもしれないな」


 それは、氏真がこの数年で積み上げてきた石鹸や低利貸付、施薬院という名の文明が、民の魂を信仰の熱狂から生存の理へと繋ぎ止めていた結果であった。どれほど極楽往生を説かれても、目の前の腹を満たす米と、病を治す薬を与えてくれる氏真を仏敵と呼ぶことに、民の心は抵抗を感じていたのだ。


「数は少ない。だが、だからこそ、信玄は焦り、より過激な一手を打ってくるだろう」


 氏真は、算盤を力強く横に払い、一通の指令書を書いた。


「次郎三郎に伝えよ。三河の一揆は、もはや鎮圧にも及ばぬ。門徒らの心はすでに今川と共にある。丁重に扱うように」


 三国同盟は終わり、日ノ本は信玄の情熱と氏真の理が真正面から激突する、決戦の季節へと突入した。

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