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暗君と呼ばれた男  作者: 蜜柑次郎


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明暗

1558年春

 駿府は、目も眩むような桜の雲に覆われていた。だが、春風が運んできたのは花の香りだけではない。昨年末に布告した新法、特に寺社の実権を剥奪する条文が、日ノ本全土に巨大な波紋を広げ、賛否両論の嵐を巻き起こしていた。


 氏真は城内の書斎で、各地から届く書状と、光秀や隠密、そして商人情報網がもたらす生の情報を整理していた。算盤を弾く指が、いつになく忙しく動く。


 意外だったのは、領内の寺院の反応だ。比叡山や本願寺のような巨大勢力の末寺が激しく抵抗するかと思いきや、穏健な小規模寺院の多くが早々に賛成を表明したのだ。

 

 光秀の報告によれば、彼らの言い分はこうだ。


「我らのような小さな寺は、僧兵を養う力もなく、本山からの要求に応じるのさえ一苦労。今川様が面倒な実務をやると言い、さらには修行に専念せよと仰るなら、それに従うのが生き残る道」


 実に合理的である。寺を畳んで出ていくこともできず、今川の圧倒的な経済圏から弾き出されれば、明日食べる米にも困る。彼らは利権よりも生存を優先したのだ。


 氏真は即座に、賛成を表明した寺院に対し、寺社修繕金という名目の特別交付金を支給した。信仰を守るための善意だというポーズをとりつつ、実態は今川の法に従うことによる実利を周囲に見せつけるためのデモンストレーションである。協力すれば金が出る。逆らえば干される。この単純明快なルールを徹底させた。



 支持する層は、極めて強固だ。


 信長からは、「面白い。寺を祈り専用の箱に押し込めるとはな。余も美濃で徹底するぞ。治部、この法は日ノ本の骨組みを新しくする大ナタだ」


 元信からは、「今川の法こそが、民を真に安らわせる道と信じます。三河の寺社も、いずれこの理を理解しましょう」


 景虎からは、「一向宗という奴らは、常に背後を脅かす棘。貴殿が法でそれを縛るというなら、私は戦場でその棘を釘付けにしてやろう。越中方面へ圧力をかけ、奴らを動かせぬようにしてやる」


 義元からは、「五郎、お前のやり方は容赦がないが、理に叶っている。寺から世俗の権力を奪うことは、王道の第一歩だ。私はお前の盾として、反対勢力の矢面に立ってやろう」


 特に景虎の協力は大きい。彼にとって、宗教勢力の暴発は最大の懸念事項だ。氏真という法による統制者が現れたことで、彼は戦略的な共闘関係をより強く意識し始めている。



 一方で、既得権益を奪われた者たちの怒りは凄まじい。比叡山と本願寺からは弾劾状が出されたという。


「今川は仏敵なり。人の心にまで銭の物差しを当て、仏の慈悲を紙切れ一枚の法で測ろうとする暴挙、断じて許されざる。銭に目が眩んだ暗君なり。天下の僧徒よ、立ち上がれ」


 彼らにとって、寺社が自治権を失うことは、国家の中の国家としての地位を失うことと同義だ。今川の新法は、彼らの聖域という名の特権階級を、単なる宗教法人へと格下げするものだからだ。



 武田晴信は、この状況を最大限に利用しようとしている。


「今川は民の魂まで帳簿で管理し、すべてを剥ぎ取ろうとしている。戦を捨て、銭を追う暗君だ。今川領で居場所を失った僧侶たちよ、甲斐へ来い。武田は諸君の信仰と、その自由を保護しよう」


 晴信は、今川領内に向けて、今川の管理社会は恐ろしいという話を流布し始めた。情報を統制し、すべてを把握しようとする私の姿勢を独裁として煽っている。外側から宗教勢力を煽動し、今川領内で内部崩壊を起こさせようとする狙いは明白だ。



 将軍・義輝からも、厳しい文が届いた。


「治部大輔、其方は何をやっているのだ。京の再興、幕府の立て直しを後回しにして、寺と小競り合いを演じるとは。天下の主たる者が成すべきことを見間違えるな。直ちに上洛し、余を支えよ」


 義輝には、この法がもたらす国家の近代化が、京の再興に不可欠であるという視点がない。彼は依然として武士の権威という古い枠組みの中でしか物事を見ていないのだ。



 忍びの頭目や、今川の商路をゆく商人たちからもたらされる情報は、より深刻な影を映し出していた。


「…治部大輔様。本願寺、比叡山、そして武田の使者が、頻繁に行き来しております。特に、甲斐の隠密が、本願寺の末寺を通じて三河に潜り込んでいるとの報告がございます」


 光秀が差し出した地図には、三河の一向宗寺院を中心に、不自然な人の動きが記録されていた。


 三河は、かつてから一向宗の勢力が強い地である。松平の家臣たちの中にも、熱烈な門徒が多い。氏真の寺社統制は、彼らにとって主君への忠義と仏への信仰を天秤にかけさせる、最も残酷な問いとなっている。


(武田め…。武力で勝てぬと悟るや、今度は神仏を武器に、三河の足元から火をつけようというのか)


 三河の寺院が武器を蓄え、浪人たちを匿い始めている。それは、遠くない未来に三河一向一揆が再来することを予感させた。元信は今、板挟みの中で必死に家臣をなだめているが、信仰の熱狂を理屈で止めるのは難しい。



 氏真は、小田原の氏康からの返書も広げた。


「治部大輔よ、面白い実験だ。もしこれが成功すれば、北条も追随しよう。…ただし、火傷には気をつけられよ。神を殺そうとした者は、往々にして神を担ぐ民に殺されるものだ」


 氏康らしい、冷徹で現実的なアドバイスだ。彼は、氏真が神を殺すのではなく、神を制度の中に閉じ込めるという極めて高度な外科手術を行っていることを理解している。だが、麻酔が切れた後の痛み―すなわち民の反発が、どれほど凄まじいかも知っているのだ。


「十兵衛。三河へ隠密を放て。特に今川に賛成した寺が襲われぬよう、密かに護衛を配置しろ。それと、次郎三郎に伝えよ。無理に家臣の信仰を正そうとするな、と。ただ、今川の法に従うことが、家族の腹を膨らませる唯一の道だということだけを、背中で示し続けろ。と」


「ははっ」


 光秀が去った後、氏真は一人、桜が舞い散る庭を眺めた。日ノ本の重心は、今、確実に武力から法と経済へと動き始めている。だが、その過程で、古い皮を脱ぎ捨てる痛みは避けられない。


 武田、本願寺、比叡山。この聖俗合体の包囲網を、氏真はどうやって解体すべきか。


「信仰を否定はしない。だが、その信仰が今川の利益に反するなら、それはもはや宗教ではなく、単なる反乱因子だ」


 氏真は算盤をパチンと一音、強く弾いた。来たるべき三河の騒乱。それを鎮めるのは、鉄砲でも刀でもない。今川の法が生み出す、圧倒的な物量と、清潔な生活。それらがもたらす失いたくない平和という名の、目に見えない鎖である。


「さあ、武田殿。貴殿の神仏と、今川の法。どちらが民の心を繋ぎ止めるか、勝負といきましょうか」


 氏真は、次の指示書を書き始めた。それは、一向一揆を武力で鎮圧するための兵法書ではなく、三河の民により高度な衛生教育と物資供給を行うための、戦後を見据えた経営計画書であった。



早川殿:特許と勧進

 殿がお作りになられた新たな法は、様々な反応を生みました。その多くは、民から寄せられた喜びや期待の声でした。


 ですが、一部の寺からは、殿を厳しく弾劾するような声があるのも事実だと言います。民の救いの場でありながら、民を苦しめている寺もある。殿の複式簿記の教えを受けた私は、すべての寺が導き手として清浄な心を持っているわけでは無いことを知ってしまいました。


 今川家と縁の深い、今川家の菩提寺である増善寺や、太原様が眠る臨済寺などは、そのような振る舞いはせず、真に民のために修行に励まれておられます。


 領内には、石鹸の普及に伴い、殿から「特許料だ」として頂いた給金を、侍女に持たせて各地に勧進している甲斐もあるのか、民を苦しめ縛り付けるような寺はほとんどございません。


 ですがやはり一部の、それも由緒ある寺が、自分たちの邪魔をするように声をあげておられます。殿の仰る改革という名の変化の波を拒んでおられます。これが殿を、民を苦しめることが無ければ良いのですが…。私には私の出来ることをいたしましょう。


 皆に石鹸を広め、複式簿記を教え、少しでも民自らが、苦しまなくても生きられる。と、自らの足で立てるよう支えてあげなくてはなりません。

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