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暗君と呼ばれた男  作者: 蜜柑次郎


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大きい背中

1567年冬

早川殿:雪の堺、文を認めて

 ふと暦を振り返ってみれば、私が相模の家を出て殿のもとへ嫁いでからの人生は、いつの間にか生まれ育った相模で過ごした年月よりも長くなっておりました。窓の外には、堺の町に降り積もる淡雪。寒いはずの冬ですが、館の中は殿が整えてくださった温もりと、子どもたちの賑やかな声で満ちております。


 気づけば、私の手元には三人の宝物が。長男の龍王丸は、近頃めっきりと大人びてまいりました。年下の子らとはしゃぎ回るよりも、常に殿の後ろを静かについて歩き、わからないなりに殿の仕草や言葉を真似ようとしております。殿の執務室に忍び込んでは、二人で何やら真剣なお話をしている姿を見かけると、将来どのような立派な将になられるのかと、頼もしくも微笑ましく感じます。


 次男の五郎丸は、正反対のいたずら盛り。今日も庭で雪遊びをして泥だらけになり、侍女たちを困らせておりました。そして末っ子の千代丸。ようやく歩くのが上手になり、何度も転びながら、必死に五郎丸の背中を追いかけております。


 私が嫁いだ頃、このような未来を想像すらしておりませんでした。戦に明け暮れ、いつ別れが来るかわからぬ恐怖。それが武家の女の常道だと思っておりました。しかし、殿は違いました。私を慈しみ、子らを愛し、何より民が飢えぬ世を真剣に作ろうとしておられる。私は、日ノ本一幸せな女でございます。


 上野の領管となった朝比奈様は殿の信任も厚く、弟のように可愛がっております。その奥方様も、かつて近江にいらっしゃったときは、塞ぎ込まれた時期もあったと言います。ですが、朝比奈様に嫁がれてからは、夫を支え、殿が命名された「今川奥様会」でも、明るく、はつらつとした姿を見せてくれております。


 六角家という名門ならではの教養の深さに加え、他所から来た者同士の苦労や驚くことなど、話題に事欠きません。たくさんの文を認める中でも、数少ない、心からのやり取りができる仲であると思っております。


 さて、本日はどんな文を認めましょうか。



 今川家嫡男・龍王丸にとって、父である氏真は、計り知れないほど大きな存在であった。


 普段の氏真は極めて穏やかだ。正室の早川殿を深く愛し、三人の子らを常に気にかける優しい父親である。日ノ本を動かす巨大な領国の大名であるとは、時として信じられなくなるほどに、その振る舞いは家庭的であった。


 しかし、龍王丸はある時、氏真が側近や小姓たちに指示を下す姿を陰から目撃し、動けなくなるほどの衝撃を受けた。そこにあったのは、見慣れた柔和な顔ではない。氷のように鋭く、それでいて太陽のように凛々しい主君の姿であった。氏真の一言で、何万という民が動き、数え切れぬほどの銭が流れていく。その威厳に、龍王丸は素直に「かっこいい」と憧れを抱いた。


 それ以来、龍王丸は学びの合間を縫って、氏真の執務室へ顔を出すようになった。最初は「外で遊んではどうだ」と笑っていた氏真も、毎日通い詰める息子の熱意に負けたのか、次第に自らの仕事の内容を噛み砕いて教えるようになった。幼い龍王丸には難しい言葉も多かったが、父が、自分の欲のためだけに物事を決めていないことだけは、肌で感じ取ることができた。


 ある時、大和国で私欲に走った僧兵たちが捕らえられた際、氏真は激しい怒りとともに、深い悲しみを滲ませていた。


「父上がひどいことをされたわけではないのに、なぜ悲しむのですか?」


 龍王丸の問いに、氏真は龍王丸と目を合わせるように屈み、その目を真っ直ぐに見つめて語りかけた。


「龍王丸、踏みにじられた者の気持ちを考えてごらん。その人にも私と同じように愛する妻がいて、大切な子がいて、守るべき生活があったはずだ。それを汚い欲で奪うことは、決して許されぬ。…もし私が、家族に話せないような汚いことをしていたら、悲しいだろう? 家族に胸を張って話せないことは、決してしてはいけないのだよ」


(父上の作ろうとしているのは、全ての家族が笑い、悲しまない世の中なのだ)


 龍王丸は、雪の降る窓外を眺めながら、いつか父のような大きな背中になりたいと、幼い心に固く誓うのであった。



 かつて猿楽師として各地を渡り歩いていた蔵太は、この国を狂っていると感じていた。芸人というだけで石を投げられ、蔑まれるのは日常茶飯事であったからだ。


 だが、今川の領内に入った途端、その空気は一変した。民の羽振りが良く、芸を心から楽しむ心の余裕があった。


(米がよく取れる豊かな国なのであろうな)


 やがて座の銭管理を任されるようになった蔵太は、数字という嘘をつかない指標にのめり込んでいく。そんな折、父から今川の学問所へ行くよう命じられた。そこで出会った算盤という道具が、彼の人生を根底から覆すことになる。


 珠を弾くだけで複雑な計算が瞬く間に終わる。これが当主である氏真自らの考案によるものだと聞いた時、蔵太は耳を疑った。日ノ本を代表する大名が、計算機を自ら作るなど、前代未聞であった。学問所を修了し、運良く氏真の傍に仕えることになった蔵太は、間近で見る主君を確信を持って変人だと定義した。


 氏真は武功を誇ることもなく、いかに産業を興し、いかに銭を回すかばかりを考えている。武力ではなく理によって国を縛り、停滞した世を動かしていく。


「ああ、新しい時代が来たのだ」


 氏真の傍で算盤を弾きながら、蔵太は毎日その実感を深めていた。


 主君という立場では、細かな数字の端々にまで介入することは難しい。だが、数字を突き詰めれば、さらに効率よく豊かになれる隙間が至る所にある。その隙間を、氏真の意図を汲んで埋めていくことこそが、自分たち算盤侍の職務であると蔵太は自負していた。


 武士が刀を振るうように、蔵太は今日も算盤の珠を弾く。乾いた音が、明日を生きる民の腹を満たす糧になると信じているからだ。今川の理は、この指先から始まっている。蔵太は、この稀代の主君が描く未来の景色を、誰よりも近くで、精密に計算し続けていくつもりであった。

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