第百五十九話 皇帝たる資格⑯
同刻――玉座の間では、
サラとエドワードによる戦闘が繰り広げられていた。
激しく魔力がぶつかり合う。
エドワードの黒炎を纏った拳がサラの『嫉妬』を打ち払っていく。
「サラよ。なぜお前は父の邪魔をする!」
次々に迫りくる巨大な蛇の群れのような魔法に対処しながらエドワードは叫んだ。
「あなたがファレス様の邪魔、だからですが?」
そんなエドワードに対して、大した感情も感じられないままに淡々と答えるサラ。
もちろん、その間も攻撃の手を緩めることはない。
「私が皇帝となれば、お前は皇女だ! そうなれば何でも好きに出来るのだぞ?」
「……あまりこのような言い方は好きではありませんが、ファレス様が皇帝になられれば私は皇帝妃です。それに、エバンスの血統が明らかになった今、あなたが皇帝にならずとも私は皇女です」
初めて見る父の感情に溢れた顔をサラは冷ややかな目で見つめる。
無感情に皇帝の影に徹して生きているだけの人間だと思っていたのに、まさか内心にこんな幼稚な人間を飼っていたのか、と。
「――っ。私が皇帝になれば、エバンスの立場に甘んじる必要もないのだぞ! ファレス・アゼクオンに命令されるのではなく命令できるようになるのだぞ!」
「いい加減その口を閉じた方がいいですよ。エバンスの立場を不服に思っているのはあなただけです。私はこの立場が好きですし、ファレス様のご命令をお受けするのが何よりの喜び。あなた如きの下らない思考で私の喜びを奪わないでください」
喚き散らし、ひたすらに魔法を迎撃するこれは一体本当に父なのだろうか?
自分の周りにいた大人の男性、クロフォード・アゼクオンやレドなどと比較しても、今日のこの人は軒並み外れた幼さをしているように見える。
皇帝の言葉を借りる訳ではないが、こうしてこの人間の内側と対面させられると、これに皇帝たる資格は確かにない。
サラは目を惹く大きな魔法の影に小さな魔法を交えて、隙を伺いながらそんなことを考えていた。
しかし、そんな余裕も長くは続かない。
「……いいだろう。そもそもお前はあの日に消してしまうつもりだったのだ」
急に立ち止まったエドワードがぽつりと呟く。
もちろんそんな明確な隙を見逃すサラではない。
一挙に『嫉妬』の魔法で拘束にかかった、のだが――瞬間、エドワードの姿が消える。
「――っ!?」
結果、確実に捉えていたはずのサラの『嫉妬』は外れ、対象を見失い霧散した。
「一体、どこ――!」
消えたエドワードの姿を探し、辺りを見回そうとしたその瞬間、自分のすぐ背後より殺気を感じる。
サラは咄嗟に背中側へ手を回し、その手の中へ愛用の双剣を出現させ防御をした。
「カハッ――」
しかし、そんな不完全な防御では攻撃は受けきれず、受けきれなかった衝撃が剣肌を伝って背中へ打ち付けられ、サラは玉座の方へ吹き飛ばされた。
「……今のを受けるのか。さすがに剣聖の指導を受けていただけはあるな」
そう呟きながら、エドワードは体勢を崩しているサラへさらに追撃をかけてくる。
痛む背中を気遣いながら、何とか迎撃しようとするサラだが、真っすぐこちらへ突っ込んできていたはずのエドワードの姿が再び消えた。
嫌な予感がして、咄嗟に後ろを向く。
だが……。
「違う、こちらだ」
後ろを向いたサラの背後、つまり、元々正面だった方から再び声が聞こえる。
声に反応して咄嗟に魔力を背後へ集中させるも、先ほどダメージを負った部分へ短いスパンでの二撃目。
魔法はほとんど打ち消せたが、拳によるダメージを軽減することは出来ず、今度こそクリーンヒットを貰ってしまう。
玉座の間の床を転がる。
自分では止まることも出来ず、玉座へと続く階段に衝突してようやく止まった。
「お前の魔法は弱くない。だが、致命的に私とは相性が悪いようだな」
未だ、床に這いつくばったままのサラに向かってエドワードは勝ちを確信したのか、ゆっくりと歩きながら近づいて行く。
「その魔法の拘束力は確かに素晴らしいものだ。それに一発一発が強力なことも間違いないな。だが、私の影魔法の前には拘束など意味を持たない!」
勝ち誇るように見せつけるように一歩一歩を踏みしめながら、エドワードは自分の力を語り聞かせた。
「……影、魔法?」
何とか、顔を上げながら、サラは呟く。
聞いたことのない魔法だった。
だが、その名前と自分が受けた二発の攻撃でその力の詳細をなんとなく掴む。
おそらくエドワードの言う影魔法は影を移動できるような魔法なのだろう。
影の位置は変わらない、だから、先ほどの背後に回られるという警戒を逆手に取られ二撃目を貰ってしまった。
影魔法の力は理解できた。
だが、理解できたからとは言え、その相性は変わらない。
サラの『嫉妬』は確かに強力な魔法だ。
一度捕えてしまえば自力での脱出はほぼ不可能。
大蛇に巻き付かれてしまうかのように捕らえ、締め付け、相手を逃がさないのが『嫉妬』の魔法だ。
しかし、影に溶け込まれてしまえば、幾ら捕らえても脱出されてしまう。
痛みでブレる思考を何とか働かせながら、解決策を思案する。
そもそも『嫉妬』の魔法は一対一の戦闘向きではない。
捕らえることが本質の魔法であり、サラにおける一対一のメインの戦闘手段はレドとファレスと共に訓練してきた双剣だ。
個人対個人の戦闘においてサラは『嫉妬』の魔法を便利な三本目の腕程度にしか考えて来なかった。
しかし、影を伝う敵を相手にするとなると、双剣では心許ない。
この相手は、相手の方向と影、すべてに注意を払って戦えるほど弱い相手ではなかった。
「さて、今度こそお前を消し、ファレスとの戦いで疲弊した皇帝を討ち、私は反逆者と戦い相打ちになった皇帝の仇を打った英雄として皇帝にならせてもらおう」
エドワードの拳に今までで最も激しく燃え盛る黒炎が纏われる。
まとまらない思考のまま、サラは何とか立ち上がるも、それも分かり切っていたとでも言うようにエドワードは影へと溶け込んだ。
サラは瞬時に辺りを見渡す。
今は正午、玉座の間には吹き抜けの天井から光が差し込んでいる。
真上から当たる影は小さく、その分、影から相手が現れてからの時間が少なく防御も反撃も間に合わない。
その時だった。
……!
窮地に追われ、普段以上に回転したサラの思考が一つの可能性をはじき出す。
これまでの二撃とも、エドワードはサラの影からしか姿を現していなかった。
影のどこからでも攻撃できるならば、もっとこちらを翻弄するような動きをすることだって出来たはずだ。
だが、それをしていないということは……。
何の確証もないただの思い付き。
圧倒的に分の悪い賭け。
しかし、それ以上はもう考えている時間はない。
サラは自身の考えに賭け、その場で大きく垂直に跳び上がった。
そして真下へ顔を向ける。
すると、サラの読み通り、真上から照り付ける太陽の影となったサラの真下へエドワードの姿が現れた。
エドワードは視線の先にサラがいないことに一瞬の戸惑いを見せ、それから気が付いたように顔を見上げた。
そして、見上げた先で彼の視界に映ったのは――双剣を振り下ろしながらこちらへ落下してくるサラの姿だった。
咄嗟に腕でガードしようにも、素手対武器ではその差は致命的だ。
エドワードの骨に鋭く鈍い痛みが走り抜け、すぐに力が入らなくなっていく。
「――っがぁぁぁ!」
何とか切断は避けたものの、鮮血が迸り、エドワードはその場へ倒れ込んだ。
「……っ、ハァハァ……」
サラは剣に着いた血を払い、双剣を納めた所で膝を付く。
「私の……勝ち、ですね。エドワード・エバンス伯爵」
「っ、ぐぅ――この私、が、娘に、敗れる……だと」
動かない手ではなく、肘を使って何とか立ち上がろうともがくエドワードの目にはまだ現実を認められないという色が灯っていた。
しかし、今の腕の状況ではこれ以上の戦闘が不可能であろうことは、きっと誰の目からも明らかだろう。
「……曲がりなりにもあなたは私の父。命までは取りません。諦めてください。この世界で皇帝にふさわしいお方はただ一人、ファレス様だけです」
背中の痛みに耐えながら立ち上がったサラが今度こそ完全な勝利宣言をする。
「認め、ない……皇帝とは、高貴なる血の皇。その血族以外が、玉座に着くなどぉ!」
だが、尚も認めようとしないエドワードにサラは仕方がないと言わんばかりに『嫉妬』の魔法を放った。
そして放たれた『嫉妬』の蛇はサラに斬られたエドワードの腕辺りに巻き付き、そして締め付ける。
「ぐっ――がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
玉座の間にエドワードの絶叫が響き渡る。
だが、それも長くは続かず、エドワードはそのまま意識を失った。
「ファレス様、やりました。すぐに、あなたの元へ……」
エドワードの戦闘不能を確認し終えたサラが演習場へ向かおうとして一歩を踏み出すと――
「あ、れ?」
――足に力が入らない。
おかしい、今の今まで立てていたのに。
私はまだ、ファレス様の戴冠をこの目に収めるという役目があるのに……!
しかし、サラの感情とは裏腹に身体は限界寸前だった。
並の魔法使いならば一撃で昏倒させられる攻撃を二度受けているサラの身体はそもそも意識を保っていることさえ奇跡的な状況なのだ。
再び、力が抜けていき、今度は両膝を床に着く。
そして支えを失った身体はあっさりと倒れてしまった。
「私……まだ……ファレスさ……冠……」
段々と薄れていく意識の中で顔を付けた地面から微かな足音が耳に伝わってくる。
……四人分、だろうか?
その足音は段々と近づき、遂に玉座の間の扉が開かれる音が響いた。
「サラ殿!」
「「サラさん!」」
「サラお姉ちゃん!」
飛び込んできたのは聞き覚えのある声の四人。
一体、こんなところへ来て何をしているのか?
魔力を読めば、ここにファレス様がいないことくらい分かるだろうに……。
「お姉ちゃん!」
「分かってる!」
サラの感情などいざ知らず、玉座の間へ飛び込んできた四人はサラの治療に当たる。
クインの『慈愛』の温かい光に包まれると、聖魔法のように傷が癒える訳ではないが、楽になる気がする。
そして、継続的な痛みから解放されたサラは目を開いた。
するとそこにいるのは、不安そうな顔でこちらを覗き込む四人の姿。
「……皆さん。助けていただいたことには感謝しますが、ここにはファレス様はいらっしゃいませんよ」
サラがそう言えば、四人はキョトンとした顔を浮かべる。
その後で一番早くサラの意図を察したセレスティアがサラに手を向けながら言った。
「そんなこと、分かり切っていますわ。ですが、あなた一人を置いてファレス様の元へ行くはずがないでしょう? 確かに私たちはファレス様を中心につながった関係ですが、だからと言って見捨てておけるほど薄情者だと思われているならば心外ですわ」
フンっ! と顔を背けながらもそんなことを言ってくれるセレスティア。
「そうですか。……ふふっ、ありがとうございます」
サラはそんなセレスティアの手を取り立ち上がった。
なんだかんだ、この関係に落ち着いているが、内心では複雑なものがないわけではない。
ファレスの傍に居られるのが一人だけならば、サラは自分が選ばれたいし、そのためならばなんだって出来るし、するだろう。
だが、どうしてか。
今はここにいる全員でファレスを支える未来も良いものだと思えるサラがいた。




