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第百六十話 皇帝たる資格⑰

 無人の演習場は何処か異様な様相を呈していた。

 学園の野外演習場とは違う、得も言われぬような圧力とでも言うのだろうか?

 独特の雰囲気が立ち込めている。


「さて、始めるとするか」


 皇帝は演習場の手前側で立ち止まると、俺に反対側で対面するように指示をしてくる。

 皇帝の指図で動くのは癪に障らないでもないが、そんな小さなことにいちいち怒りを抱くような俺ではない。

 堂々と、今から戦おうという皇帝に背中を見せながら、俺は皇帝の対面へ歩いて行く。


 背筋にはあの重くまとわりつくような視線と魔力を感じるが、もう気にならない。

 ようやくたどり着いた最強を前にしても、既に俺はその先を見据えていた。


 十分に距離を取ったところで足を止め、振り返る。

 皇帝は微動だにせず、ただ俺の方をジッと眺めていた。


「俺の準備は出来ている。いつ始めても問題ない」


「うむ。では、始めるとしようか」


 ここまで来ればお互いに語ることはない。

 

 皇帝が錫杖を構え、俺もリジルに手を掛ける。

 合図は必要なかった。

 一瞬、視線が交錯すれば俺たちはそれぞれに攻勢に出る。


 俺の初撃はレド直伝の飛ぶ斬撃。

 一方皇帝の一撃目は飛ぶ斬撃とよく似た風魔法だった。

 飛ぶ斬撃と言えば一種の曲芸のように見えてしまうが、その実は物理的に風魔法を生み出しているようなものだ。

 同質の両者は激突後程なくして、霧散する。

 俺の斬撃が魔法ではない分、霧散後に俺の肌を皇帝の魔力を含んだそよ風が撫でた。


 様子見は終わりだ。

 次の一手は俺から打って出る。

 使うのは風魔法。

 レイピアのように鋭い風の刃を多数に生み出し、縦横無尽に皇帝目掛けて放つ。


 前後左右あらゆる方向から迫りくる風の刃を見ても、皇帝には動揺は見られない。

 だが、俺はその余裕を崩すように着弾直前にもう一つ魔法を発動した。


 皇帝の足元が僅かに沈みこみ、その体勢が若干崩れる。

 俺が追加で発動したのは土魔法。

 皇帝の右足のすぐ下だけを気づかれない程度の魔力で僅かに沈下させ、隙を作ったのだ。

 そして間もなく風の刃が皇帝を目掛けて降りかかる。


 あの状態では、ダメージは避けられない。

 ……もちろん、普通の相手ならば、だが。


 皇帝は体勢を崩されながらも、余裕の表情は崩さないままに軽く錫杖を振るった。

 すると、皇帝を目掛けて降り注いでいた風の刃、そのすべてがまるで障壁に阻まれたかのように立ち消えてしまう。


「悪くない攻撃だな。だが、その程度で余を崩せるとは、思っておらぬだろう?」


「当然。その錫杖……結界か」


「ほう、今の一撃で見破るか!」


 俺がもう一度皇帝目掛けて風の刃を放ちながら、そう呟けば、皇帝は同じように軽く錫杖を一振りしてそれを防いで見せた。


 結界、それも従来の辺り一帯を覆うような結界ではない。

 あの錫杖によって展開される結界は言わばシールドだ。

 任意なのか自動なのかは分からないが、もし任意ならば皇帝の魔力感知能力はやはり侮れない。

 それに、結界の強度も俺の魔法で撃ち破れないほどとなれば、流石は大罪呪宝と言ったところだろう。


「今度はこちらから行かせてもらおう」


 尚も鉄壁の防御で俺の攻撃を防ぐ皇帝は今度は錫杖を強めに地面へと打ち付けた。

 すると、上空から顔以上に巨大な隕石のような岩の塊が俺めがけて降り注いでくる。

 

 俺が迎撃しようと同じような土魔法を降り注ぐ隕石へ向けて放つも、その土魔法は隕石とぶつかる少し前のところであの結界に阻まれてしまった。


「――! 攻撃を守るとは……なるほど、面白い!」


 自分だけでなく攻撃魔法にも結界を回すことで、途中で撃ち落とされない完全攻撃を可能にしていると。

 確かにこれは、一本取られたな。

 と、内心で感心してしまうも、これは戦いだ。

 勉強になりました、で済む話ではない。


 正直、まだ隠しておきたかったのだが、こうなっては仕方ないだろう。


 迫りくる隕石に俺の魔法でも打ち破れないほどに堅い結界。

 強力な攻撃と堅い守備というシンプルな技。

 だが、だからこそ強い。


 しかし、それは魔法が成立するからこそ成り立つものだ。


 俺の耳下で『傲慢』の大罪呪宝が大きく震える。

 そして一気に増幅された魔力を俺は際限なく解き放ち、その瞬間に凝固させる。

 演習場全体が俺の『傲慢』に覆われる。


「空間構築」


 俺が拳を握れば、それまで俺を目掛けて飛んできていた隕石たちはそのまま力なく停滞し、砕け散った。


「――ッ! ハッハッハ! なんだこれは! 魔法が使えんではないか!」


 皇帝の表情が瞬間的に驚愕に歪む。

 だが、皇帝はそんな驚愕もすぐに高笑いによってかき消して見せた。


 とは言え、表情から驚愕を取り除いて見せた所で状況が好転するでも、空間が綻ぶわけでもない。


「ここは既に俺の魔力に覆われた、俺の空間だ。この空間内では俺以外の何者も魔法を扱うことはできない」


 半ば勝利宣言のような意味を込めて、俺は皇帝に解説を聞かせる。

 だが、勝利宣言をしながらも、俺は何処かに引っかかる違和感を捨てきれなかった。


 しかし、違和感を覚えることはあっても、今は絶好のチャンス。

 これを逃す手はないと俺はリジルを両手で握り、魔法を発動する。

 使う魔法はレドの時穿剣。


 ほぼ勝ちを確信できるこの状況でも、手を抜くわけにはいかない。

 時さえも穿つこの魔法で止めを刻もうとしたその時だった。


 振り下ろされた俺の愛剣リジルを受け止めるかのような感触を覚える。

 何事かと思ってみれば、いつのまにか錫杖を逆に持ち、剣のようにした皇帝が俺の一刀を受けていた。


「――なにっ!?」


 今度は俺の方が思わず声を漏らしてしまう。

 時穿剣は名前の通り時を穿つ。

 反応すら許さない絶対の一撃であるはずだ。


 だと言うのに、俺は今、皇帝に攻撃を受け止められてしまっている。


 驚きのままに皇帝の顔を見れば、その瞳が妖しく光っていた。


「フッ! ハッハッハ! 空間構築をしてなお、詰めを甘えない、旧剣聖の絶技。見事、誠に見事である!」


 瞳に宿ったの妖しい光に呼応するように皇帝の周囲からゆらゆらと魔力が立ち昇る。

 

 ……まさかっ!


 俺はその魔力に危険を感じ取り、急いで大きく飛び下がり皇帝から距離を取った。


「だが、その技はすでにあの日に見ている。お前が見ただけで魔法をモノにするように、余にも特技があるのだ」


 皇帝はそう言いながら両手を広げる。

 そうすれば、皇帝より立ち昇っていた妖しげな魔力が一気に広がり、俺の空間と拮抗し始める。


「空間構築」


『強欲』の魔力による空間が俺の『傲慢』の空間と競り合うように出現する。


「余の魔法は余の欲した事象を叶える。ファレスよ。礼を言うぞ。まさか余の中に宿敵を求める以上の欲が残っていたとは……!」


 皇帝がそう言えば、正午過ぎだと言うのに皇帝の周りには夜が降りたかのような黒に満ちる。


「余は勝利を欲した。よってこの戦いに勝つのはこの皇帝モラク・ルー・グラーツィアよ!」


『強欲』の空間を背後に皇帝は高らかに宣言して見せる。

 空間同士の競り合いは凄まじい圧力で拮抗しており、黒とグラデーションのある黒紫がそれぞれを飲み込まんとしている。


「さぁ、ファレスよ! 第二ラウンドと行こうではないか!」


 皇帝が剣のように持った錫杖を構える。

 お互いの空間が展開されている現状、魔法による攻撃は意味をなさない。

 つまりここからは――


「良いだろう! 最強を戴くにはこのくらいの壁がなくてはな!」


 技と力の勝負。

 模倣の『傲慢』と再現の『強欲』。

 ――似て非なる俺たちの最終決戦だ。


 地面を強く蹴って肉薄する。

 皇帝の迫力は老いた姿をしていた頃のレド以上に鮮烈で強烈だった。

 

 打ち付け合う剣と錫杖は甲高い音を立てて渡り合い、技の応酬が繰り広げられる。


 ――――――。

 

 数度の剣戟を終えた所で俺はレドより習ってきた剣術を捨てることを決めた。

 皇帝の錫杖は剣のように振るわれてるがその実態は剣ではなく杖だ。

 鍔もなければ刃もない。鋭いのは先端部のみ。

 だからこそセオリー通りの剣術では、簡単に読まれてしまう。


 レドのように剣を極め、その最奥に至った人種ならばともかく、俺の剣技は良くて模倣。

 最奥の真似事は出来ても、今の剣術ではその最奥に辿り着くことはない。

 頂、最奥というものは最後には自らの力で辿り着かなければならない。


「ほう? 剣筋が変わったな」


 そんな俺の剣を受けながら皇帝は興味深げに笑う。


「いつまでも『傲慢』なままでは、勝ちきれないからな。俺は確かに『傲慢』だが、それを御せない俺ではない」


 剣術を捨てた分は『色欲』による身体強化で、身体能力を底上げしてカバーする。

『色欲』は魔法だが、体内で完結するため、空間の影響を受けないのは今の俺の大きな利点だ。


 俺が袈裟に斬り払えば、皇帝は逆袈裟に合わせ、錫杖による鋭い突きはリューナスとの戦いでやった受け止めの応用で打ち払う。

 斬り払い、斬り上げ、薙ぎ払い、突き、技と力、それから読み合いが絡み合い、戦闘の行方は混迷を極める。

 その後も互角の剣戟が続いていった。


 互いに空間を構築、展開しながらの戦闘で、傍目からは分からずとも、確かに疲労が蓄積していっている。


 そんな中で俺は、目の前の皇帝より、自らが握る魔剣リジルへと集中していた。


 俺の剣とは何だろうか?

 剣はこの世界に来てから吸魔とほぼ同時に始めた。

 魔法が絶対の世界でも、貴族社会で馬鹿にされていようとも、俺は剣を止めなかった。

 それは何故か?


 無論、レドと言うこれ以上ない師匠が居たことも大きいだろうし、身体作りの目的もあった。


 だが、それ以上に『原作、マーチス・クロニクル』のファレスルート魔法披露宴で、ファレスが見せた剣技が妙に心に残っていた。

 これが最も大きい理由だ。


 原作のファレスには剣の師はいない。

 だと言うのに彼はあのプライドを持ち合わせている中で発動しない魔法より剣技を見せることを選んだ。


 あの剣は確かに優れたものではなかった。

 しかし、原作ファレスは自分なりに、何かに辿り着いていたのではないだろうか?


 そこに思い至った途端、何故か剣が軽くなるような感覚を覚えた。

 それも軽い、重いで表せる程度ではない、重さを感じない、いや、まるで自らの身体の一部のような、そんな感覚。


 そして、俺の脳裏に一つの言葉がよぎる。


『心剣一体』


 武の道、その境地の一つであり、一種の最奥。

 剣と体の境が無くなったその境地では、僅かな感覚のズレも起こらない。

 刃の堅さは心の堅さ。刃の鋭さは集中力の鋭さ。


 どんな業物だろうがなまくらだろうが、その境地に至った武器と使い手はすべての武器をも上回る。


 改めて皇帝の方を見れば、一瞬、その姿がブレたように見える。

 だが、次の瞬間には皇帝はそのブレた姿とぴったり重なるように動き、俺へと一撃を放ってきた。

 俺はそれを最小限の力でいなし、受け流す。


 これは……これがあの時のファレスが見ていた世界なのか?


 ふと、腑に落ちる。

 確かに、これほどに剣と向き合えていたのならば、傲慢でプライドの高いファレスが魔法披露宴で披露するだけのものになりえる。


 これまで、魔法は俺の物として、常に工夫を重ね、他を圧倒する『傲慢』として扱ってきた。

 だが、剣は常に誰かの受け売り、あっても『色欲』任せに振るった力の剣だけだ。


 しかし、今辿り着いたここは『心剣一体』の境地、これは、紛うことない、俺の剣。


「む? ――っ!」


 空間を構築して見せたときぶりに皇帝の表情が歪む。

 それまでは拮抗していた俺と皇帝の剣が徐々に俺のペースへと変わっていく。


「不思議なこともあるものだ。何が変わったという訳でもないのに……一体何をした!」


 それでも皇帝は楽し気に、昂りを前面に見せつけるように笑いながら俺の剣戟を受け続ける。


 しかし――


「どうやら俺の方が上を行ったようだな! 最強を戴き、皇帝になるのは俺だ!」


 既に俺の目には間違いのない、絶対の勝利が見えていた。


「フッ! 余が『強欲』に負けはないわ!」


 ここに来て、今日の中でもとりわけ鋭い一撃が皇帝から放たれる。

 だが、それもすべて、見切っている。


 皇帝の錫杖の一部が微かに光って見える。

 俺はその一点を目掛けてリジルを振り抜いた。


 その刹那――。


 音はなく、伝わるはずの衝撃もない。

 しかし、次の瞬間にはカランと何かが転がるような音が演習場内に響き渡った。


「俺の勝ちだな皇帝。……いや、()()()()()()()()()()


 その首元へと刃を当て、完全な勝利宣言をする。

 皇帝の手に握られた錫杖はその長さが半分ほどになっており、斬り落とされた先端が地面を力なく転がっていた。

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