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第百五十八話 皇帝たる資格⑮

 これから戦う相手の後をついて歩くというのは、何とも不思議な感覚だった。

 それに、護衛どころか警戒もなく、現時点では敵だと言うのに、もはや俺に対する信頼さえ感じるほどだ。


「余の不用心が気になるか?」


 すると、そんな俺の内心を見透かした皇帝が半目で振り返り聞いてくる。

 

「……気にはならない。それが皇帝というものなのだろう」


「ハッハ! それはまた別の話のような気もするがな」


 カツン、カツンと皇帝の一歩に合わせて錫杖が床を打つ。

 こんなに近くでアレを見るのは初めてだった。


 国宝であり、皇帝の愛杖でもあるあの錫杖。

 傍目には普通の王錫にしか見えなかったが、この距離に来れば流石に分かる。

 あれはおそらく『強欲』の大罪呪宝なのだろう。


 明確に何かを感じ取れるわけではないが、同じ大罪魔法所有者として何となく惹かれるというか意識を持って行かれるような感覚があった。

 サラのブレスレットの時には感じなかった感覚……つまり、相当な力を秘めていると見ておくべきだろう。


 一階まで降りて来れば、外の戦闘音が良く聞こえた。

 剣戟戦ではないため、金属がぶつかり合うような音こそ聞こえないが、セレスティアの雷やリューナスの音魔法などは良く響く。


「ハッハッハ! 腑抜けた近衛たちには良い刺激になるだろうな」


 そんな戦闘音を愉快そうに聞き流しながらも、どんな轟音にも怯むことなく皇帝は進んで行く。

 演習場はもうすぐそこだ。


 ◇◇◇


「お姉ちゃん!」


 サンが打ち漏らした一発の魔法の弾丸がクインを強襲する。

 セレスティアもリューナスも一対一では相手を圧倒できても、訓練された精鋭である近衛が複数でかかって来れば不意打ちでもない限り、そう簡単に倒すことはできない。

 サンの声が聞こえても、咄嗟に出来たのは精々そちらへ視線を送る程度だった。


 だが、クインとて、学園で実践魔法を習っていた学徒であり、ファレスたちに比べれば突出こそしていなかったとしても、その成績は常に上位。

 近衛騎士と直接渡り合うことは叶わずとも、魔法の一発や二発程度で仲間の手を煩わせるつもりはなかった。


「大丈夫」


 クインの魔法『慈愛』は確かに攻撃に向いた魔法ではない。

 その力は精神を落ち着けたりと、安定をもたらす力だ。

 だが、その本質は……何かを守る力でもある。


 近衛騎士の放った魔法の弾丸はまさに弾丸と言えようスピードでクインへと迫る。

 だが、クインに近づいて行くにつれてその魔法の勢いは目に見えて衰えていく。

 そしていよいよクインまで三十センチ程度まで近づいたところで、その魔法はまるで風に揺られ捲れるカーテンの如くはためいて、放たれた弾丸を優しく包み込んでしまった。


「皆さん! 私のことはお気になさらないでください! 自衛はこの通り、可能です!」


 そして魔法を受け止めて見せたクインは精一杯の声を張り上げる。

 私は大丈夫だと、あなたたちにも、ファレスにも守ってもらうだけの存在ではないということを証明してみせるように。


「その調子ですわ、クインさん。私、思っていましたの。あなたはファレス様に選ばれたと言うのに少し消極的過ぎると」


 そんなクインにセレスティアは賛辞を贈る。

 既にその視線はクインを捉えていない。

 だが、セレスティアはいち早くクインを認め、背中を預ける判断をしていた。

 それは言葉以上に確かな信頼の表れだった。


「ふむ。不思議な魔法だ。戻った際には剣で斬れるか試させてくれクイン殿!」


 リューナスは既にクインが魔法で狙われたことを気にしていなかった。

 彼女の中にあるのは武人として武道を極めんとする意志が大半だ。

 問題がないと分かれば、すぐに浮かぶのは戦いについて。

 しかしこれもまた一種の信頼と言えよう。

 尤も、リューナスについては「ファレス殿が連れてきているのだから、問題はないだろう」という考えあっての信頼なのかもしれないが。


「お姉ちゃん! かっこいい!」


 サンは口ではそう言って見せながらも、戦線を少し下げ、クインの方へ近づきながら戦いを続ける。

 クインへの信頼の度合いで言えば、ここの二人より、ファレスより、クインを最も信頼しているのがサンだろう。

 だが、だからこそ彼女は下がった。

 そもそもサンの得意な大規模な水魔法は一対多には向いていても多人数での乱戦には向かない。

 特に竜としてはまだかなり幼いサンはいくら兄から譲り受けたドラゴンハートで強大な力の制御力が上がっていると言っても、敵にだけ被害を及ぼせるような大規模魔法を乱発できるほどではなかった。


 先ほどまではファレスとサラにああいった手前何となく気分が前のめりになっていたが、今の一撃を見て落ち着いたと言ったところか。

 攻撃は二人に任せ、サポートへと移る判断をしたようだった。


「良い連係です。ですが、これはどうでしょう?」


 そんな四人の動きに余裕そうな表情で賞賛を贈る元近衛騎士隊長メホロスは軽く騎士たちへ指示を出した。


 ほんの一瞬の手の動き。

 常に視野を広く保っていなければ、見逃してしまうようなその指示だったが、近衛たちはまるで機械のシステムが如く揃った動きでそれぞれ己が役割をこなす。

 何人かの騎士が四人を取り囲むように移動し、一斉に魔法を発動する。


「「「近衛騎士連携魔法壱式ケーフィヒ・デア・フラメン」」」


 すると、素早いセレスティアでも妨害が間に合わない速さで魔法が展開され、四人の周囲に炎の壁、いや、もはや炎の檻とも言えよう魔法が立ち上る。

 

 声を揃えて発動されたその魔法は連携魔法と呼ばれる同属性の使い手同士が同調し、それぞれの魔力を正確に読み取り合うことで発動される大規模魔法。

 多対一が成立してしまうこの世界でも、近衛騎士がエリートで強いとされる所以(ゆえん)はこの魔法あってこそだ。

 発動には完全に息を揃え、お互いの魔力を深く知っている必要があるが、連携魔法による魔法の威力増加量は単なる足し算ではない。

 人が増えれば増えるほどその威力は倍々になって行く。

 当然難易度も比例して上昇していくが、並程度の力しか持たない魔法の使い手でも息を合わせ束になればサンの魔法にも匹敵する大規模な魔法を扱えるようになるのだ。


 じりじりと檻は範囲を縮めていき、中に閉じ込められた四人は追い詰められていく。

 脱出を図ろうと上を見上げても、炎は天高く立ち上り、とてもではないが全員無傷での脱出は難しい状況だった。


「ダメ、私の水魔法もすぐに消されちゃう」


 すぐにサンが水魔法で対処にあたろうとするが、限られた範囲内で他の三人に影響なく行使した程度の水魔法では効果がなかった。

 この魔法が既に近衛騎士たちの手を離れ、炎として存在していたならば水魔法で消火は可能だったかもしれないが、この魔法は現在もなお近衛たちの手を離れていない。

 つまり、物質ではなく、魔法としてここに存在しているのだ。

 この魔法を止めるにはこれを上回る魔力をぶつけるしかない。


「私の魔法でも、遮ることは叶いません……」


 クインが『慈愛』の魔法を全員の周囲に展開しても、連携魔法の魔力練度の前には檻が狭まるのを少し抑えるのが精いっぱいでかき消すには至らなかった。


 じりじり、じりじりと檻が迫る。


「……一か八か、私の雷撃で魔法を使う騎士が一人でも削ることが出来れば」


「いや、視界の悪いこの状況。いくら早い雷魔法とて、狙わずにあてられるほどやわな相手ではない。ここは一つ、私に掛けてくれないだろうか?」


 セレスティアの一発逆転狙いの大博打をやんわりと諫めながら、リューナスは言った。


「何か、手がお有りでして?」


「うむ。まだ未完成の技ゆえ失敗の可能性は拭い切れぬが……」


 セレスティアの問いに控えめに答えるリューナス。

 だが、三人はその顔に(ファレス)の面影を感じていた。


 自信に満ちて、あり得ないとしか言いようのないことを次々に実現させていく彼の姿。

 思えば、彼女が急に輪の中に加わっても大して気にならなかったのはそのせいなのかもしれない。

 

 リューナスが彼に向ける感情は自分たちとはきっと違う。

 僅かにもそう言う感情がないかと聞かれれば、それを断言できるのは彼女自身のみだが優先順位は違う。

 

 セレスティアも隣に立ちたい、並び立ちたいと思うことはあった。

 今だって思わないわけではない。

 だが、それ以上にセレスティアは彼と共に居たいと願う。


 クインは端からそこにたどり着こうとは思っていない。

 ただ、彼の傍で彼の隣で自分も夢を成し遂げたいと願う。


 サンはもっと単純で好きな人と一緒に居たいと願っている。


 恋愛、親愛の差はそれぞれにあれど、三人の彼へ向ける感情は間違いなく愛情だった。


 だが、リューナスは――


「任せるわ」

「任せます」

「お願い!」


 三人の声が揃う。


「うむ! 任された!」


 そんな三人にリューナスは場違いの笑みを浮かべて見せた。


 腰を落とし、目を閉じる。

 腰に収められた刀に手を当て、刀と会話するかのように、意思を繋げるかのように深く沈み込んでいく。


 ――その先でリューナスは彼を見た。

 リューナスが追い求めるは強さの高み。

 あの日、魔法披露宴で見た彼の、ファレスの最高峰。

 この中で、いや、もしかしたら世界で唯一、リューナスだけはファレスの実力を追いかけていた。


 深く、もっと深く、彼もたどり着いたことのない剣の深みへ。


 ――音が消えた。仲間の声も魔法の迫る音も衣擦れの音すら消えていった。


 ――気配が消えた。傍に居たはずの仲間たち、迫りくる魔法炎の檻、どころか自分が立っている感覚さえ曖昧に。


 だが、そこには確かな充足感があった。

 

 そして……リューナスの世界は今、一刀の刀で満たされる。


 その煌めきは一瞬だった。

 普段から神速を操るセレスティアですら、辛うじて太刀筋の名残を確認できた程度。

 だが――その一閃でリューナスはやってのけたのだ。


 反射的に三人が上部を見上げれば、まるで砕けたガラスの如く霧散していく炎の檻。


 リューナスはその刀で魔法を斬って見せたのだった。


「「「なっ!」」」


 驚きにさすがの近衛騎士たちも声を上げずにはいられない。

 だが、その隙を見逃すほど、セレスティアは甘くなかった。


 正確に位置を捉え、握り締めた杖を振るえば、神速の魔法が放たれる。

 これだけ仲間が固まっていれば、万一にも被害が及ぶ可能性はない。

 その条件が整っていれば、例え近衛の精鋭と言えど、カーヴァリア侯爵家の令嬢、蒼雷侯姫セレスティアの相手にはならない。


 次の瞬間、近衛たちが見たのは燦々と照り付ける正午の太陽か、それとも綺麗に整えられた王城外周の地面だろうか。

 だが、どちらにせよ、その視界はすぐにブラックアウトする。


 そして騎士たちの戦闘不能を確認するよりも早くセレスティアはメホロスの方へも魔法を放つ。


「さぁ、先生? 近衛騎士様方の連携は打ち破りましてよ」


「……お見事、というほかありませんなぁ」


 辛うじて魔法を受けて見せながら、メホロスは苦笑いを浮かべる。

 


「皆さん、残りもさっさと片付けてファレス様の戴冠を共に祝いましょう」


「はいっ!」

「うん!」

「ああ!」


 一気に勢いづいていくセレスティア、クイン、サン、リューナス。

 

 それぞれが実力以上の力を発揮したこの戦い。

 そんな戦いの終わりはもうすぐそこだろう、と、劣勢を強いられるメホロスは教師としてこれ以上ないほどの達成感を感じるのだった。

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