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第百五十七話 皇帝たる資格⑭

 玉座の間へ向けて歩く、その一歩ごとに全身が感じる圧力は強くなっていく。

 ファフニールのそれとはまた別の、ドロドロとして、重くまとわりつくような覇気と魔力の入り交じった雰囲気。


「こうしていると、なんだか四年前を思い出しますね」


 そんな状況だと言うのにサラは言った。

 面持ちは真剣に、だがどこか喜びの感情を滲ませながら。


「そうだな。(しか)しそう言われると随分と前のように思えるが、四年か……」


 俺も敢えて皇帝の力というものを全身に感じながら、サラの言葉にかつてこの王城を訪れた日のことを思いだす。

 

 エバンス家出身であることがバレたことで、実の父であるエドワードに消されそうになっていたサラを助けたあの日。

 思えば、あの時から皇帝とはいつかこうなる運命だったのかもしれない。


「私はあの日のことを一秒たりとも忘れたことはありません。あの日から、私はファレス様のものになりました。今でも、思い出すだけで喜びに身が震えます」


「サラは俺に必要だったからな。あの時も、そして、これからも」


「――っ! はいっ!」


 正午だと言うのに、王城の中はまるで俺たち以外には誰もいないのではないかと思ってしまうほどに静かだ。

 だが、足が玉座の間へと近づくほどに、その圧力、覇気は勢いを増し、俺たちへと向かってくる。


 そして見えてくる玉座の間の扉。

 俺が原作プレイヤーだったならば、そこはさながら魔王の部屋を控える勇者の気持ちになったかもしれない。

 しかし、今の俺はプレイヤーでもなければ、『傲慢』のファレスでもない。


 サラと並んで扉の前に立つ。

 いつもならば、ここに二人近衛騎士が立っており、中に入れば近衛騎士隊長が見えるはず。

 さて、今日はどうだろうか?


「……行くぞ」


「はい」


 サラと顔を見合わせて、俺が扉を開く。


「待っていたぞ。お前こそ余の待ちわびた宿敵よ!」


 扉を開いてすぐ、こちらの姿を確認したかしないかほどのタイミングで皇帝モラク・ルー・グラーツィアは俺の方へと錫杖を向けて言った。


「俺は今日、貴様を超え、頂点に立つ!」


 俺はそんな皇帝の熱烈な歓迎に応えるように玉座の間に響き渡るほどの声量でそう宣言した。

 だが……


「無礼者め! 貴様ごとき、私だけで十分だ!」


 そんな俺と皇帝のやり取りに水を差すように凄まじいスピードで玉座の影から誰かが飛び出してくる。


「サラ!」

「はい!」


 しかし、ここに呼ばれたのが俺とサラの二人である以上、その可能性は最初から考えていた。

 俺は迷うことなくサラへ合図を出し、サラも準備は出来ていたと言わんばかりの完璧なタイミングでその人影を『嫉妬』の魔法にて捕らえる。


 そうして嫉妬の蛇に雁字搦めにされたその人影の素性が明かりに照らされ明らかになる。

 無論、その人物とは――


「……エドワード。余とファレスの戦いに水を差すつもりか?」


 サラの父であり、エバンス家現当主、エドワード・エバンス伯爵だった。


「陛下! これは戦いではありません! 反逆です!」


 エドワードはまるで影に溶けるようにしてサラの『嫉妬』から抜け出しながら皇帝へ抗議する。

 その表情はまさに必死、何を押してでもこの戦いを止めたいという感情が伝わってくる。

 だが……


「それは余が決めることだ。余はファレスを余へと向かう者として認めている。そしてそれは国の民もまた同じだろう? 今更になってバタつくとは、帝国貴族として恥を知れ」


 皇帝は冷めた表情でエドワードの抗議を諫める。


「ですが陛下! 皇帝とは本来その血を引いていなければなれないものです! こんな部外者がそれを目論むというだけでもそれは許してはなりません!」


「ほう? だが、それならば問題ないではないか」


 尚も抗議を続けるエドワードに皇帝はヤレヤレとした視線を向けていたが、その一言を聞いた途端に目の色を変えた。

 そして、俺たちの方を見て告げる。


「ファレスよ。お前が今日余を超え、皇帝となった時、横のエバンスの娘は嫁に取るつもりか?」


 茶化すようでも、試すようでもない、確認の意しか感じられない質問。

 だから俺も明瞭に答える。


「無論だ。サラは俺の嫁にする」


「ふむ。聞いたなエドワード。これで何の問題もないだろう? ファレスが余の血を引かずとも、その娘は間違いなく余の血を引いている」


「「――!?」」

「――っ」


 皇帝の言葉に俺とサラは衝撃を隠しきれず、エドワードはどうしてか悔しそうに唇を噛み締めた。


「ハッハッハ! そうか! その様子、ファレスよ。お前もそれについては知らなかったようだな」


 するとそんな俺たちの様子を見て皇帝は楽しそうに笑う。


「……どういうことだ?」


 衝撃から僅かに立ち直った部分だけで、何とか質問を返す。


「なに、簡単な話だ。エバンス家とは余の血を引いた家族というだけ。つまり、ここにいるエドワードも余の息子だと言うだけだ」


 またも「ハッハッハ!」と笑いながら告げる皇帝モラク。

 

 ……どうしてそこに思い至らなかったのだろう。

 言われてみれば確かに、エバンス家について疑問に思うことはたくさんあったはずだ。

 領地を持たない伯爵家。皇帝の影となるだけの貴族。エドワードとサラ以外、正体も不明。

 こんな疑わしいばかりの家がただの伯爵家であるはずがないのに。


「ああ、そうか!」


 そしてモラクはわざとらしくそう言うと、今度はエドワードの方を向く。


「皇族として表に出ているベリルが失脚した今、余が死ねば様々な事実が明らかになり、次の皇帝に近いのはお前だったなエドワードよ」


 そして憎たらしい笑みを浮かべながらエドワードを抉るようにねっとりとそう言った。


「なっ! ち、違います! 私はそのような!」


 エドワードの額を一筋、二筋と汗が伝う。

 

 なるほど……これで合点がいった。

 あの日サラを消そうとしたのも、皇帝直属のはずのエバンス家がここまで表に出てこなかったのも、すべてはエドワードの策謀。

 中々、面白いことをしていたではないか。


 未だ唖然とするサラの隣で俺は少しだけ感心してしまった。

 忠実で愚直なだけだと思っていたエドワードにまさかそんな一面があったとは。

 

「エドワードよ。はっきりと言っておく。皇帝とはそのような暗躍だけで成り代われるような存在ではない。実力、実績、人気、器量、野望、そのすべてを備えてこそ皇帝たる資格があるというものなのだ。その点、ファレスは誰よりも優れていると言って良いだろう。余の与えた名代に負けることなく己が実績を積み上げて、見事ここまで上って来て見せた。あとは余に対し、直々に実力を見せつけるところまで上り詰めたのだ」


 皇帝が満足げにこちらへ視線を送ってくる。


「だが、お前はどうだ? エバンスの当主として、確かにまじめに仕事には取り組んだだろう? だが、お前は潜みすぎた。確かに影とは目立たぬ方が良い。だが、目立たぬのにそれに見合わない野望を抱いてどうする? その点は娘の方が優れていたな。そこの娘、いや、余の孫サラ。サラは初めからファレスを皇帝にすること以外を見ておらぬ」


 そして、これでもかとエドワードを正論の暴力で殴り終わった皇帝は遂にその玉座から腰を上げた。


「さて、せっかくの雰囲気に水が差されてしまったが、まあ、良いだろう。ファレスよ移動しようではないか。ここでも良いが、せっかくだ演習場を使うとしよう」


「構わない」


 そう言って歩き出した皇帝の後について行こうとすれば当然サラも同行しようとする。

 だが、それを皇帝は止めた。


「おっと、サラよ。それからエドワードも止まれ。お前たちはここで二人で戦い、勝利した者だけが余とファレスの元へ来ることを許そう。さぁ、エドワードもしお前にまだ野望が残っているというのなら、娘を倒し、その上で余とファレスを超えて見せよ。もしできるのならば、お前を認めてやろう」


 皇帝の言葉に唇を噛んだまま下を向いていたエドワードの目の色が変わる。

 俺は咄嗟にサラの方へ目を向けたが、するとサラは「大丈夫です」という力強いアイコンタクトでこちらを見つめて来た。

 ならば、俺の言うべくはただ一つ。


「サラ、急がねば、俺の戴冠の瞬間を見逃すぞ?」


「――! 即座に片付けて、すぐに参ります!」


「ああ、待っている」


「ハッハッハ! 余の孫だと言うのに、そこまで他を優先できるとは……いや、それでこそ余の孫ということなのかもしれんな!」


 俺とサラのやり取りを聞いて皇帝は高らかに笑う。

 ひとしきり笑えば、再び歩み出した。

 俺も後を続く。


 そして、俺と皇帝が完全に玉座の間を出て、その扉が完全にしまった時、中から激しい魔力のぶつかり合いの余波が伝わってくるのだった。

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