第百五十六話 皇帝たる資格⑬
清々しいほどに晴れやかな朝だった。
あの夜から始まった宴は翌日になっても続き、昼頃には気が付けば今日の決戦を控えた決起会のようになっていた。
騎士たちの士気も最高潮、このままの勢いで俺を皇帝に! なんて言葉がそこかしこから聞こえてくるほどには皆、調子に乗っていた。
だが、そんな宴もたけなわな場面で母さんは予想外の一言を放った。
「明日の戦いには、現当主及びにその周囲は参戦しません」
一瞬、俺ですら目をむきかけたその言葉は、だが確かに考えてみれば当然のことだった。
この戦いは俺と皇帝の戦いだ。
俺は現状アゼクオンの次期当主という立場だが、現当主ではない。
そんな俺の戦いに各家当主クラスが参戦するとなれば、その意義は薄れるだろう。
おそらく賛同する他家からはかなりの顰蹙を買っただろうが、母さんはそう言う段取りをつけてくれたのだ。
だが、それを理解できてもこれまでの騎士たちの最高潮な雰囲気は凪と化し、昼過ぎにはそんな決起会も自然と解散していた。
しかし、そのおかげで皆、ゆっくりと休み、今日を迎えられたことだろう。
「おはようございます。ファレス様」
いつも通りのノックの後で扉が開かれ、サラが顔を見せる。
「ああ、おはよう。サラ」
呼び方についてだが、セレスティアやクインについては徐々にということで話がついたが、サラだけは頑なに様付けをしたがったので、そこについては渋々俺が折れることにした。
「……いよいよですね」
「そうだな。だが、俺は勝つ。いつも通りで、それだけだ」
「はい!」
神妙な面持ちで呟いたサラにそう言ってやれば、嬉しそうにこちらへ近づき、いつも通りに着替えを手伝ってくれる。
そう、いつも通り。
それは今日も明日も、一年後だって変わらない。
俺は『煉獄』のファレス・アゼクオン。
今後、どんな日も俺らしく、常勝覇道を行く。
それが俺の生き方だ。
◇◇◇
朝の支度が終わって、俺たちが玄関を出てみれば、そこには百名程度の騎士たちが並び立っていた。
そして俺を見かけてすぐに皆揃って敬礼をする。
「皆、今日は良く集まってくれた」
騎士たちの顔を見渡せば皆、やる気に満ち溢れ、俺の号令を今か今かと待っているように思える。
だが、俺はそんな騎士たちのやる気を削ぐような発言をしなければならない。
これは昨日、母さんの言葉を聞いて俺が考えたことだ。
誰が何と言おうと譲れない。
「しかし、今日の戦いに皆を連れて行くことはできない」
俺がそう言えば、カーヴァリアから来てくれている騎士は皆揃って「どういうことだ?」という顔をする。
しかし、アゼクオンの騎士たちは何処か納得したかのような表情だった。
「今日の戦いは俺の戦いだ。アゼクオンとしてではない、ファレスとして俺が戦わなければならない。お前たちは皆、家に仕える騎士だ。そんな皆を連れて行けば、各家の当主を連れてかずとも俺の戦いが霞んでしまうだろう」
俺はそこで言葉を区切り、もう一度騎士の面々を見渡していく。
その中では納得した者、そうでない者、様々だ。
しかし、ここははっきりさせておかなければならない。
「もう一度言う。これは俺の戦いだ。俺は俺自身の力で勝ちを掴まなければならない。だから、お前たちはいつも通り職務をこなせ。いいなっ!」
少しだけ語気を強めて俺が言えば、アゼクオンの騎士たちを中心に今度は揃わない敬礼が返って来た。
そして、全員が敬礼をし終えると、騎士たちは中央に道を開けるように移動し、その内側を向いて再度敬礼をした。
さすがはアゼクオンとカーヴァリアの騎士だ。
突然の状況でも集団行動に乱れはない。
「よし。では、行ってくる」
騎士たちによって作られた道を振り返らずに歩く。
さぁ、帝位を貰うぞ、皇帝モラク・ルー・グラーツィア!
◇◇◇
乗り込んだ馬車の中は流石にいつも通りとはいかず、どこか緊張感のある空気が流れていた。
だが、リューナスのそれは他の面々とは若干違うものだった。
「なあ、ファレス殿?」
落ち着かない様子でリューナスは俺に声を掛けてくる。
「なんだ?」
「先ほどの話なのだが……私は良いのだろうか? 私はここにいるご令嬢たちとは違って婚約者ではない。ただの騎士だ。条件で言えばあそこに並んでいた騎士と変わらないと思うのだが」
何を言ってくるかと思えば、そんなことか。
「何を言っている? お前はいつアゼクオンに仕えた? お前は俺の剣となるためにこの機にやって来たのだろう? ならば、サラやセレスティア、クイン、サンと条件は変わらないだろう?」
不思議なところに疑問を持つんだなと思う。
そもそもリューナスは騎士ではないだろうに……なんてことを思いながら俺はそう言った。
「そうか! ならば良いのだ!」
すると、どういう訳か嬉しそうになったリューナスは立てかけた刀の鞘に手を当てて集中力を高めるように目を閉じた。
何故かとなりと正面、そして斜め前からの視線が強くなったように感じたが、俺もリューナスを真似て目を閉じることでその視線に気が付かないふりをした。
◇◇◇
馬車に揺られること数十分、普段より警備が厳重となった王城の前に俺たちは降り立った。
どうやら皇帝より命令が下っているようで、警備を固める近衛騎士は俺たちには何かアクションをしてくるわけではないようだ。
「物々しい雰囲気ですわね」
「まあ、当然だろう。本来ならば国を割ってもおかしくないほどの状況だ。逆にここまで静かなことが皇帝のすさまじさを物語っていると言えるだろう」
セレスティアの呟きに反応しながら俺たちは近衛騎士に固められた王城の門をくぐる。
すると、近衛騎士たちに続いて俺たちを迎えたのは見知った顔の人物だった。
「お待ちしていましたファレスくん……いや、ここではファレス殿と言うのがふさわしいでしょうか?」
そこに現れたのは学園の長にして、俺たちの担任教師だったメホロス先生の姿だった。
「「「メホロス先生?」」」
サラにセレスティア、クインの声が重なる。
だが、三人ともすぐに彼がここにいる理由に思い当たったようだ。
「……なるほど。騎士隊長グレイグがベリルについていたのは貴様がいたからという訳か」
「ご明察の通り。……本当ならば、自分の生徒と戦うなんて避けたかったのですが、仕方がなく」
「フッ、それは悪いことをしたな。だが、謝るつもりはないぞ?」
「ええ、無論、陛下も望んでおられたようですし、私如きが口を挟むわけには参りません」
「ほう? では貴様は何故俺の前に立つ?」
「もちろん、ファレス殿、そしてサラ殿については通っていただいて構いません。ですが、他の皆様につきましてはここでお待ちいただきたく」
俺の口撃をなんてことなくいなしながら、メホロスは目的を告げて来た。
それと同時に辺りを威圧感混じりの魔力が包む。
「一体どうしてファレス様とサラさんは良くて、私たちはダメなのでしょう?」
一変した空気に警戒心を滲ませながら今度はセレスティアが質問する。
「簡単なことです。それを、陛下が望まれた」
するとメホロスは質問を受けた教師のように、明瞭に、それ以外答えはないだろうとでも言うかのようにはっきりと言い切った。
すると、周りで控えていた近衛騎士たちの雰囲気も変わる。
「……ファレス様、サラさん! 行ってください!」
すると、今度はクインがこちらに背を向け後ろの近衛騎士と向き合いながらそう叫ぶ。
「そうだよお兄ちゃん! ここは私たちに任せて!」
「ふむ……私としてもファレス殿の露払いが出来るのならばそれで良し。行ってくれファレス殿」
サンとリューナスも続ける。
「ハァ……仕方がありませんわね。行ってくださいファレス様」
そして終いにはセレスティアまでもが俺たちを先に進ませようとメホロスに対面する。
別にここで俺が空間を構築してやれば、ここにいる全員を即座に無力化して黙らせることが出来る。
そうしなくとも、俺であれば近衛たち如き相手にならない。
だが、それはこれまでの俺のやり方だ。
『傲慢』で独りよがりなファレスの美学。
もちろん、今だって嫌いではない。
しかし――
「分かった。ここは任せるぞクイン、サン、リューナス、セレスティア!」
今は任せたいと思う自分がいた。
「サラ、行くぞ」
「はい」
信じて背中を預ける感覚。
きっと原作ファレスにはなかったであろう感覚を感じながら、俺はサラと二人で皇帝の待つ玉座の間へと向かった。
見送りに来なかったスジェンナとスレイドは、本当は自分も行きたくてたまらないスジェンナをスレイドが必死に抑えていたため出て来られなかった模様。




