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第百三十九話 竜の王と色欲の英雄⑨

 ファフニールとの戦いは苛烈を極めた。

 完全に覚醒した『色欲』によって、既に人智の域を出ていた俺の戦闘力が信じられないほどに上昇していた。

 しかし、相変わらず『傲慢』による魔法を絡めた戦闘は空間によって封じられており、腹立たしいことに俺は防戦を強いられていた。


「チッ! 馬鹿力め」


「カカッ! アゼクオン、お前も我にここまでついてこようとは。悪くない! 悪くないぞ!」


 俺の剣をその爪と皮膚で易々と受け止め、剣を伝って骨にまで響くような攻撃をいとも簡単に繰り出してくる。

 笑みを浮かべて、楽しそうに……一体、コイツを封印したというかつての英雄とやらは何をして首を落とし封印を成し遂げたのだろうか?


 残念ながら、原作プレイヤーだったころの記憶を辿っても、そもそも登場数が限りなく少なかった竜種の弱点に覚えはない。

 さて、どうしたものか。


 俺は一度、このままでは埒が明かないと判断し、攻勢の手を緩めて距離を取る。


「む? どうした? もう終わりか?」


 拍子抜けだとでも言いたげなファフニールの声を聴きながら、状況を冷静に分析していく。

 今の俺の攻撃は覚醒した『色欲』による身体強化に頼っている。

 だが、相手が相手であるため、身体強化を全身に満遍なく行き渡らせる必要があり、もちろんそれだって以前の物を超える威力が出ているだろうが、この相手(ファフニール)にはそれでは足りない。


 どうにか、威力を補完する方法はないか?


「――っぐ」


 一撃一撃が必殺レベルの重たい攻撃を何とかいなし、逸らし、見栄を気にせる余裕もなく、無様に地を転がって躱す。


『傲慢』さえ使えれば、手数や意表を突いた攻撃で格段に戦いやすくなるはずだが……。


「おい。いい加減に攻めの姿勢を見せてみよ。先ほどまでは出来ていたぞ。それとも、もうバテたのか? お前はその程度の男なのか? そのレベルの実力で後ろの三人を守れると? 我が娘を寄こせだと? 笑わせる!」


 防御一辺倒で攻勢に出てこない俺に対し、しびれを切らしたファフニールが『傲慢(プライド)』を刺激するような煽り文句を捲し立てる。

 普段ならば鼻で笑い飛ばす程度の安い煽り文句。

 しかし、かつてない存在との対面で、張りつめていた精神にはこの程度でも劇物だった。


 俺の内側で『傲慢』の魔力が暴れ出す。

 

 だが、これが一番のヒントになった。

 

 そうだ――『色欲』、『煉獄』と名乗っては見たものの、俺の本質は『傲慢』。

 どうして『傲慢』を体外へ魔力を放出する系統の魔法だけに扱うなんて平凡な考えに憑りつかれていたのだろうか?

 思いついてしまえば、これ以上に簡単な話はない。


 何より、誰より『傲慢』に。

 その対象には自分さえも含まれる。


 体内の魔力操作ならばわざわざ意識を集中させる必要もない。

 剣技より何より、魔力操作はこの世界に来たその日から俺がずっと続けていることだ。

『傲慢』は全てを模倣し、上回る。

 それはこの身を竜王と相対せるまでに強化した『色欲』であろうと例外ではない!


 瞬間――目線の端に切れていく世界が線になる。

 色と音のない、俺だけの世界。


 俺は即座に理解を放棄した。

 ここは最高到達点をさらに上回ってしまった場所。

 本来、人の身では辿り着けないはずの圧倒的な高み。

 現象と結果のみが淡々と残される、文字通り次元を超えたような感覚だけが俺の五感にかすかに残った。


 ◇◇◇


 気が付けば、俺は構えていたはずのリジルを納刀している。

 身体に残るのは感じたことのないほどの脱力感。

 

 徐々に色の戻っていく世界で、先ほどは視線の先、正面にいたはずのファフニールの姿が見当たらない。

 見えるのは先ほどファフニールが寝かせたサンの姿のみ。


 まさか、と思って振り返れば――そこにはあれだけの存在感を放っていた竜王が呆然と立ち尽くしていた。


「フッ! カカカッ! やるでは、ないか!」


 こちらに背を向けたまま笑うファフニールだが、その声は何処か掠れている。

 そして、こちらをゆっくりと振り返った奴の首が……ズレた。

 だが、ファフニールは首なし騎士の如く、ずり落ちる首を両の手で抱える。


「我が首を斬り落としたのはお前で二人目だファレス・アゼクオン。その功績を認め、我が末の娘をお前にくれてやる」


 喉を切られていると言うのに一体どこから声を出しているのか。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「待て、なぜそんな話になっている。俺はただ、突如姿を消したサンを取り返しに来たついでに、グランダル家と竜の関わりについて何かが分かるのではないかと思っていただけだ」


 そう言えば、戦闘が始まる前から少しおかしかった。

 こいつはまるで娘を(実際に娘ではあるのだが)抱きあやすようにサンを抱えていたし、戦闘前も眠った子供を起こさないようにやさしく寝かせていた。


 俺はファフニールにサンを奪われたと思ったから戦いを挑んだわけだが……これは……。


「なんだと? 我が『色欲』の呪いを受けしお前が娘を欲しがらないだと? それに……」


 ファフニールが戦闘時以上に険しい顔でこちらをにらみながら、ずり落ちた首をまるでプラモデルのように着け直すと、パチンっと指を鳴らした。

 

 ――すると再び、周囲の景色が変わる。


 そこには力なく横たわる二匹の竜とそれを捕らえておくために幾重にも重ねられた厳重な鎖。

 そして、つい先日まで使われていたであろう夥しい数の鎖の残骸が転がっており、その奥にはさらに暗い一本道が続いていた。


「お前が欲している竜との関わりとはこいつらのことか?」


 つまらなさそうに同族への視線を向けるファフニール。

 

 もちろん竜も気になるのだが、それ以上に気になることがありすぎる。

 ……今のはなんだ? 転移の魔法?

 俺の視線の先には相変わらず倒れたままのサラたちも寝かされたサンの姿もある。

 だが、ここは先ほどの祭壇のような空間とはまるで異なり、どちらかと言えば、あの地下へと続く階段で到着するはずだった正しい場所であるような雰囲気が漂っている。


「待て、今何をした? それに、ここはどこだ?」


「何を言っている? ただの空間解除だ。それにお前たちはここを目指していたのだろう?」


 呆れた声でそう言うファフニール。

 空間解除? 何の話だ? 俺の知らない魔法技術だろうか?

 加えてここはどうやら俺の推測通り、本来俺たちが目指していた場所のようだ。

 

 ………………情報を一気に頭の中へ叩き込まれたせいで、感情が、理解が、追い付いていない。

 待て……俺は、コイツに勝ったんだよな?


 「さて、欲しかったものは見つかったか?」


 未だに状況を飲み込めていない俺を置いて、もう飽きて来たとでも言いたげなファフニールがそんなことを言ってくる。


「あ、ああ。確かに目的の物は見つけた。だが、まだ納得のいっていない問題もある」


「なんだ?」


「お前はいったいなぜ、サンを攫った?」


 状況を正確に理解するために、俺はそもそもここに来る原因となった問題からファフニールに質問した。


「攫う? 我がそんなことをするはずがなかろう。だが……その末の娘はまだ幼い。おそらく我が魔力に無意識に惹きつけられたのであろうな。そこに寝ている二匹の竜も馬鹿なことに我が魔力に釣られ、この地に迷い込み、捕らえられたのであろう」


 なるほど? つまり、こいつは本当にただこの地に封印されていただけで、サンの消失にもグランダル家のいざこざにも全く関係がないのか?


「……サンのことは理解した。だが、そこの二匹については、以前から知っていたのならば、なぜ助けなかった?」


「それこそなぜだ。我がそこのバカのために動いてやる必要があるか? 我は王だ。王は君臨する者であり、民は王に尽くすものだ。その関係が逆転することはない」


 ……流石は『傲慢』の大元、と言ったところか。

 だが、その意見は分からなくもない。無論、貴族にはノブレスオブリージュという概念が浸透している以上、実際にはそうはいかないのだが。


 なんて、もしかしたら意外と気が合うのかもしれないと思っていた俺の頭に最も重要な疑問が降りかかった。


「ファフニール。お前は封印されているんだよな? なんで、そんなに自然に動いて魔法まで使っているんだ?」


「そんなもの決まっているだろう? 我は封印されていたのではない。自主的にこの地の深くで己が空間に閉じこもっていただけだ。確かに以前、首を斬られて数十年は封印されていたがな……あの程度は我からすれば何でもない。だが……」


 普通にこちらへ歩み寄って来たファフニールが屈んで俺の身長に合わせると、その長い腕を回し、肩を組んで耳打ちしてくる。


「……雌竜をひっかけすぎてよ。下手に外を歩けなくなっちまったんだ」


 どこかフレンドリーな口調で自嘲気味に言うファフニール。

 それに対し、俺は――


「………………は?」


 最後の最後にあまりに予想外で情けない発言を聞かされ、思わず間抜けな声を上げてしまった。

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