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第百三十八話 竜の王と色欲の英雄⑧

 ただひたすらに階段を降り続け、既に数十分は経過しただろうか?

 道中に何かがあるのでもなく、ただひたすらに階段と魔法が上手く扱えない息苦しい空間が続いている。ただ一つ変わっている点と言えば、下るにつれて、段々と道幅は広くなってきていることくらいだろう。


「この調子ですと、そろそろ開けた場所に出そうですね」


 手を壁に沿わせて人一倍ゆっくりと階段を降りてきているクインがそんな分析を口にした。

 クインの言う通り、進んでいくにつれて足音が良く響くようになっており、この先に開けた空間があるのは間違いなさそうだ。


「そのそろそろがいつになるかは分かりませんが……」


 だが、この発言は既に三回目である。

 一度目はループを疑ったが、道幅が徐々に広がっていることに間違いはないため、その線はないだろう。


「流石にこうも変わり場のしない景色が続くと、気が滅入りますわね」


 普段は基本的に余裕な態度を崩さないセレスティアもその額に微かに汗を浮かべていた。

 暗闇というものはそれだけで精神を浸食するものだ。

 それに加えて果ての見えない階段を降りていると来れば、その精神の消耗は計り知れない。

 セレスティアとサラに乗せられる形ではあったが、こればかりは二人も連れてきて正解だったというほかないだろう。


「ファレス様、もう一度この辺りでサンさんとの通信を試みてみるというのはいかがでしょうか?」


 そんなセレスティアの様子を窺ってか、恐らく休息の意味も込めてサラがそんな提案をして来た。


「そうだな……もう一度この辺りで試してみるとするか」


 景色は変わらずとも、少なくとも小一時間は下り続けているのだ。

 部屋からでは通らなかった魔力が、ここでなら通る可能性もある。


 サラが人数分のクッションを取り出して、階段に一時腰を掛けると俺はいつもよりも集中して魔力を練り上げていく。

 先ほど手に入れたばかりの『傲慢』の大罪呪宝の力で大幅に増幅された魔力をこれでもかと丁寧に丁寧に紡ぐ。

 そうして紡がれた魔力で行使する魔法はサンとのつながりを持っている『怠惰』の魔法。

 彼女の中に打ち込まれた俺の魔力と今練り上げたこの魔力を繋げるイメージ。


 一気に伸ばすのではない。

 ゆっくり確実に、この息苦しい空間でも霧散しないように濃くそれでいて細く長く、まるで点から蜘蛛の糸を垂らしていくような感覚で俺は魔力を伸ばしていった。


 目を閉じて集中すれば、俺を囲んで座るサラたちの声も次第に遠くなっていく。

 だが、まだ足りない。


 サンの姿をイメージする。

 鮮明に、克明に、天真爛漫かと思えば、時折あざとさを見せる。

 俺をお兄ちゃんと慕うあの小悪魔な末の妹のようなサンの姿を。

 あの日、怒りと憎しみ、そんな悪感情にまみれて暴れ回っていた彼女()の姿を。


「(サン、お前は今、どこにいる?)」


 胸中での独白か、実際に呟いたのかもはやその区別もつかないほどに集中した俺の魔力の先で――ギュっと何かに掴まれたような、そんな感覚があった。


「サンっ!」


 不安はなかった。

 彼女の存在は認識していたし、無事であろうことも分かっていた。

 しかし、想像以上にこの暗闇は俺の精神をも蝕んでいたらしい。


 俺はどこかすがるような思いを込めて彼女の名を叫んでいた。


「ほう? 我が幻術を打ち破るとは、流石は我が呪いを受け継ぎし者である」


 しかし、返って来たのは聞き覚えのない尊大な声。

 同時に眼を開けば、先ほどまでいた永遠に続くとも思われた階段ではなく、何かの祭壇のようなものがぽつりと建てられた開けた空間に俺たち四人は倒れ込んでいた。


 すぐに隣を確認するも、サラやセレスティア、クインはまるで深い眠りに落ちてしまったかのようにピクリとも動かない。


「貴様、何者だ」


 彼女たちを庇うように重い身体を引き摺りながら、立ち上がり正面を向けば、背丈は二メートル後半はあるだろうか?

 明らかに異質な存在感を放つ、それがサラたちと同じように眠るサンを横抱きにしながらこちらを見下ろしていた。

 ただ、サンの両手はサラたちとは違い、何かをギュっと掴むようにきつく握りしめられている。


「ほう? 我が前に立ち、それだけでなく口を利くか。カカッ! そうだ、そうでなくてはな! 我が『傲慢』を継ぎし者はそのくらいでなくては困る!」


『傲慢』、そう口にされて理解する。

 こいつなのか。

 どうやらここに潜ってくる前のクインの推測は正しかったらしい。

 こいつこそ、先ほどにサラが見つけて来た伝承に現れた封印の巨竜。

 人の姿をしているが、こいつが大罪魔法の大元なのだろう。


「貴様の『傲慢』を継いだつもりはない。この力は正真正銘俺の物だ。そして――貴様が抱えるそこのサンも等しく俺のものだ。返してもらおう」


 ガルドールよりも、スレイドお祖父様よりも、あの皇帝モラクよりも遥かに圧倒的な存在感を放つ目の前の存在に、だが不思議と畏れは感じない。

 俺の中に(たぎ)るのは後ろに倒れる三人を守ることと、サンを取り返すというその二つのみ。


 「カカッ! 我が呪いを受けてなおそれを御するか。それに……お前はその身の中に我が呪いを二つも宿していたとはな」


 剣に手を掛けた俺を見ても、まだ余裕を崩さない伝承の巨竜はジッとこちらを見つめた後で面白い物を見るように笑う。

 ただ、その言葉は独りよがりで、こちらのことをまるで意に介した様子はない。


「長きにわたる封印で聴覚が衰えたようだな。ならば、聞きやすくなるようにその耳を広げてくれるっ!」


 相変わらずこの場所でも魔法は扱いづらい。

 ならば頼るべくはこの腕だ。

 俺は目の前に立つその男の耳へ向かって剣を振るった。


 レドに師事して、この俺が数年の月日をかけて会得した斬撃を飛ばす技術。

 まるで魔法であるこの剣技は会得した今でも、剣技であることが信じられない。

 だが、だからこそ奴の不意を突けると踏んだのだが……。


「ほう……飛ぶ斬撃か。その呪いも相まってお前はあの男を彷彿とさせるな」


 俺の放った斬撃は奴に届きこそしたものの、その身に纏う服すら裂くことなく、そよ風が肌を撫でた程度の反応を返されてしまった。


 ……やはり、魔力を伴わない攻撃では攻撃にならないか。

 しかし、この空間では体外へ魔力を放出するのは難しい。

 ならば――と、俺はこの空間における最大の切り札を切る。

 

 名前もその実態も、何なら、どうして俺に発現したのかもわからない。

 だが、確かに俺の中に生まれたもう一つの大罪魔法。

 身体強化の無属性魔法の一段上を行く、竜の首すらも容易く切断したその力。


 意識して行使するその魔法と共に何故か脳裏を過るのは、サラやセレスティア、クイン、サンと送って来た日々。


 ――十六歳のサラの誕生日、その後のデート、サラに加えセレスティアも連れて行ったファルシアン領での夜、先日の祝勝会での馬車、祝勝会の夜にクインと語らった中庭、飛びついてくるサン……。


 そんな色鮮やかな色の記憶が俺の力に変わっていく。


「ほう……」


 そうか。

 そう言うことだったのか。

 この力が発現した日、あの夜、俺が意識を失った理由。

 

 隣にサラがいるベッドの上で、遠く離れたメーディアさんを強く意識して魔法を行使した。

 事情が何であれ、その行為はこの世界におけるハーレムエンドの条件に触れた。

 だから、俺の中に奴の言う呪いが生まれたのだ。


 つまり、あの日、俺の中に生まれたこの大罪魔法の名前は――『色欲』


 時に色を力に変え、時にその色で人をも簡単に殺す。

 それがこの力だ。


 そう強く意識した途端、竜の首を斬り落としたときなど比べ物にならないほどの力が全身を巡るのが分かる。


「カカッ! カカカッ! まさか、『傲慢』に次いで『色欲』の呪いさえも克服するとは! なるほど……良いだろう! お前をあの男以上だと認めてやろう。我が名は竜王ファフニール。さあ、お前も名を名乗れ!」


「俺はファレス・アゼクオン。いずれ頂点に立つ、人の王だ」


 もう、『傲慢』だけではない。

『色欲』をも克服した俺は……そうだな。

 改めて『煉獄』……とでも言っておこうか。

 魔法披露宴で、そんな命名をしたセレスティアには感謝しなくては。

 罪をも焼き付くし、その上に立つ者としてこれ以上なくふさわしい。


 魔剣リジルを構えて、ファフニールと対峙しながらそんなことを考える。


 そうして、ファフニールがサンを床へ寝かせるのを確認してから、俺たちの戦いの火蓋は切って落とされた。


ずっと引っ張っていたファレスのもう一つの魔法についてもようやく回収出来て、作中でも屈指の一話になった自信があります!

あるのですが……竜王さんの笑い声を「カカッ!」にしたせいで、刃の下に心な美しすぎる吸血鬼の王を連想してしまい、改めてキャラ造形の難しさを実感させられました。

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