第百四十話 竜の王と色欲の英雄⑩
「……それでよぉ、ってなあ、聞いてるか?」
もはや竜王……いや、敬意を込めて、この馬鹿竜は威圧感や存在感はそのままに、友人に自分の自慢を聞かせるようにその武勇伝を語り続けていた。
もしかしたら俺は竜に懐かれやすい性質なのかもしれない。
「聞いていない。いい加減にしろ。俺はお前と話しに来たのではない。サラたちもいつまでも地面に寝かせておく訳にはいかない。こんなところとっとと出て行きたいのだが」
「そんなこと言うなよ。あ、じゃあ空間構築、教えてやるからよ! どうだ? ずっと封印されてたから暇なんだよ。我の前でも意識を保っていられる相手は珍しいんだ」
封印ではなく自ら引きこもっていた馬鹿が何を言うか、とは思わなくもなかったが、空間構築とは十分に俺の興味を惹く内容ではある。
「……先にサラたちをもっとゆっくりと休める場所に移動させてやってくれ」
「お、流石は我の首を斬るだけの男だ! よし! ――それでよぉ!」
馬鹿竜ファフニールがサラたちやサンの方へ指を振るえば、突然地面がせり上がり、ベッドのような材質へと変化する。
「それじゃあとりあえず、我の最初の女の話から――」
……これは、安請け合いをしてしまったかもしれないな。
俺はこちらの足元へファフニールが出したどこか懐かしさを感じる座布団の上に胡坐をかきながら、その話を聞き流すのだった。
◇◇◇
一方、王都にて――ルーカス。
「王城、ベリルからの返事は来たか?」
返事を急がせる手紙を出してから一日が過ぎてなお、未だに音沙汰のない状況にルーカスを腹を立たせていた。
無論、本来であれば皇家に対して腹を立てるどころか、返事を催促するなんて不敬極まりのないことなのだが、ここ数日の王都情勢を確認したルーカスは焦っており、そんなところにまで頭が回っていない様子だった。
「いえ――まだにございます」
「チッ! あの無能な第一皇子が! 仕方ない! 俺が直接……」
ルーカスが立ち上がり、王城に乗り込もうかとした時だった。
「る、ルーカス様。王城、ベリル殿下よりお手紙をお預かりして参りました!」
幸か不幸か丁度その時、マーデン家の従者が息も絶え絶えに報告してくる。
「早く寄こせ!」
ルーカスは従者を労うこともなくその手に握られた手紙を奪い取ると、勢いのままに手紙を開く。
そんなルーカスを従者たちは冷めた目で見つめていた。
「外出するぞ! すぐに準備をしろ!」
だが、既に冷静さを欠いているルーカスがそんなことに気が付くはずもなく……。
「……かしこまりました」
従者たちは表情に浮かべた諦観を隠そうともせずに部屋を出て行く。
「な、なあ、少し落ち着いた方がよくないか? 今からベリル殿下に会ったところで……」
「お前は黙れと言ったはずだ! 俺が間違えるはずがない。俺はルーカスルートの第一人者。新ルートだろうと、誰もこの俺以上に上手く立ち回れるわけがない!」
声は同じでもその質が全く違うルーカスが一人で対話をする。
「だ、だが、お前の話を聞く限り、そのるーと? とやらは僕以外の物も存在しているんだろう? ここが僕ルートだという証拠はどこにも……」
「口答えをするな! 確かにファレス・アゼクオンの台頭やグランダル家の没落は予想外だったが、俺がグランダル家と手を組むのも、マーデン領内で『傲慢』の大罪呪宝が見つかるのも、父が魔導器を見つけてくるのも全てルーカスルートの特徴だ! 原作を知らない現地人のお前が上位存在である俺に文句を言うな!」
怒り狂った様子で、一人頭を抱えながら声を荒げる様は、もし、こんな状況でなければ、心配してもらえたかもしれない。
だが、既に従者からルーカスへの信用は地に落ちてしまっている。
だから、ルーカスは止まらない、止まれない。
いや、既にこれはルーカスではないのかもしれない。
しばらくすれば、ノックもなく無造作に扉が開かれる。
「ルーカス様、馬車の準備が整いました」
「ああ。目的地は学園だ。到着後は学園の中にいる騎士共が俺たちの話し合いを万が一にも聞かないようにお前たちは周囲を警戒していろ!」
ずかずかと肩を振りながら歩くルーカスに、その内側にいるルーカスは頭を抱えた。
「(どこで間違えた? いつの間にか体の主導権すら奪われたままだ。……このままでは僕が破滅するだけではすまない。間違いなくマーデン家にも……。最初はこんな奴ではなかったのに)」
そんなことを考えながらルーカスは初めてもう一人の声を聴いた日のことを思いだしていた。
◇◇◇
あれは魔法披露宴の後だ。
僕は自分の魔法にそれなりに自信を持っていた。
もちろん、同月の出席者に侯爵家のアゼクオンとカーヴァリアがいると聞いたときは流石に嫌になったけど、立場の複雑な子爵家の生まれの僕は人の顔色を窺って、読み切って、少し自分の得になるように誘導するのが得意だった。
だから、本番でも良いように取り入って、侯爵家子息子女の友人ポジションを確保するつもりだった。
当日、僕は会場にいち早く入り、僕と同じく、いやそれ以上に侯爵家という名前に怯えていた男爵家の子息子女をまずは取りまとめた。
一人、そんなことには興味も向かないという田舎者の男爵家子女がいたけれど、経験上ああいう人種には何を言っても無駄だ。
彼女を抜いた数人で固まり、緊張をほぐさせながら、侯爵家の二人を待っていた。
先に現れたのはファレス・アゼクオンだった。
彼が少し前に皇帝からの任を受け、それを見事成功させたという話は帝国中に知れ渡っていた噂であり、僕はすぐに彼の方へ男爵家の子息子女を引き連れて挨拶に行った。
いつも通りならば、少し煽てて気分を良くさせてやれば、大貴族の連中はすぐに気をよくして僕に興味を持つ。
だが、この男はファレス・アゼクオンはそんな奴らとは違う様子だった。
どこか僕の内心を見透かしたような目でこちらを一睨みすると、恐らく彼の後すぐに入ってきていたのであろうセレスティア・カーヴァリアの方へ挨拶へ行けと僕たちをあしらった。
だがもちろん、その程度で諦めるような僕ではない。
次は実力で認めてもらうことを考えた。
魔法披露宴の本番はもちろん魔法を披露する場面だが、貴族にとって、本当に重要なのはその後の王城で行われるパーティーだ。
大貴族相手にこちらから話しかけに行くのはそこまで上策ではない。
何故なら、そう考えている者は大勢いるからだ。
だからこそ、実力を見せつけ、向こうから来てもらう必要がある。
その点、僕は自分の魔法に自信を持っていた。
入場の段階で風格の違いを見せつけていたファレス・アゼクオンだったけど、順番的には彼は最後だ。
彼の魔法で僕らが薄れてしまうことも起こりにくい。
僕は自身と慢心からそんな淡い期待を抱いて魔法を披露した。
披露自体は上手くいった。
観客の注目も悪くなかった。
ただ――一人、僕の誘いに乗って来なかった男爵家のリューナス・クラービーとやらのせいで少し、僕の魔法の派手さが失われてしまったのは予想外だった。
とは言え、家格的にも問題ないだろうと高を括っていた僕に、その理不尽すぎる現実がのしかかった。
ファレス・アゼクオンの魔法披露はその一歩目から、意味が分からなかった。
彼が歩くと、その傍には各種属性の魔法がまるで道を照らす街頭のように灯っていく。
そして会場内の中心まで悠然と歩を進めたファレス・アゼクオンはあろうことか、僕の目の前で、先ほど僕が披露したばかりの自信の土魔法を使って見せた。
その背後には直前、カーヴァリアの令嬢が見せた希少な複合属性の雷魔法まで鳴り響かせて。
そして、彼は皇帝と目線を合わせると、まるで親しい臣下である様を見せつけるように会話をして見せ、最後にはあのリューナス・クラービーの魔法で僕の魔法を粉々に粉砕した。
その時だ。
僕の脳内に、いや、体の内側から何かが湧き出るような感覚があった。
そしてその感覚は頭に響く声となって、僕に囁いた。
「悔しくはないか? 憎くはないか? あの男を、ファレス・アゼクオンを食らってやりたくはないか?」
その声は、魔法披露宴が終わってからも度々僕に話しかけて来た。
余りにも鬱陶しく、だが、邪険にするにはどうしても無視できないその声に、僕は折れて従ってみることにした。
その声はなぜか、この家に生まれ住んでいた僕以上にこの家のことを知っており、声の通りに書斎の本を動かしてみれば知らない部屋が出現したり、所用で数日家を空けた父の帰宅後の言動や持ち帰ったものの正体を言い当ててみたりと、まるで未来から、実際に見て来たとも感じるほどだった。
それから僕は、その、もう一人の自分と対話することが増えた。
「(あの頃はこの僕とも上手くやれていたんだけどな)」
楽しかったころを思い出しながら、僕は外側で苛立ちを隠さずに振る舞っているもう一人の自分を客観視する。
僕は僕だから分かる。
この後のベリル殿下との密会がおそらく最後のチャンスだ。
殿下を利用してファレス・アゼクオンと正面対決をしようが、殿下を暗殺して一時的に皇権を奪取しようとしようがどうでもいい。
まずは僕の身体の主導権を取り戻す。
こうしてファレスがファフニールのくだらない自慢話を長々と聞かされている間に、王都では複数の思惑が学園にて決されようとしているのだった。
次回もルーカス、ベリル視点で話が進みます。




