第24話「2年後」
「ぅう…」
あれから2年が過ぎた。
そして、私は舐めていた。妊娠というものを。
「ううう…」
二日酔いがずっと続く感じ、とか、船酔いが続く感じ、などと本には書いてあったけれど、私にはどちらも経験がなかったし、先に妊娠出産を終えたアリス様(とんでもなく可愛らしい男の子である)は悪阻がないタイプだったらしく、それを見ていた私はそう、楽観視していたのだ。
知識はあったのに。人によって、また妊娠時々によって悪阻の症状は違うという知識はあったのに。
「う〜…」
言葉を発するのも辛く、王宮の中にある自室のベッドに寝たきりの生活がもう何日続いたかわからない。
その時の状態によっては水すら受けつけられず、点滴と呼ばれる針を腕に刺されて、ひたすら気持ち悪さに耐える日々。食事が取れないから貧血で、貧血からの頭痛もしている。けれど、妊婦は安易に薬を飲めない。
妊娠は病気じゃないって言葉、病気じゃないから大丈夫、ではなく、病気じゃないから手のほどこしようがない、という意味だったのね。
そんなふうに考えていると、ジェイク様がノックののちに部屋に入ってきた。
香水の香りがダメになってしまったと伝えたらすぐに湯あみして香水の香りを落としてから様子を見にきてくれるようになったジェイク様は、夫として最高だと思う。
思うのだが、正直今の私にはそんなジェイク様に返せるものがない。
寝ているだけでも気持ち悪いのだ。
「今日も辛そうだな」
「申しわけありません」
辛そうな顔を浮かべて、ジェイク様は頭を撫でてくれる。
公務もなにもできる状態ではなく、本来第2王子妃が担う仕事もジェイク様をはじめとする周りの人に負担をかけている。
「謝る必要なんてないんだぞ、リーア」
ジェイク様はいつもこうおっしゃる。
「リーアは今、俺たち夫婦にとって本当に大切なことを頑張っているのだから」
***
「あ、れ?」
朝目が覚めた私は、自分の状態に首を傾げる。
気持ち悪く、ない。
昨日まであんなに辛かったのに、今は、ほぼまったくと言っていいほど、ない。
おそるおそる体を起こす。
「うそ。え、なに」
思わずお腹をさする。
お腹の子になにかあったの?
不安になって、ちょうど私の様子を見にきたジェイク様に、助産師を呼んでもらった。ジェイク様も少し青ざめて、すぐに対応してくれた。
この国の助産師は、すこし特殊な魔法を使う。
扱うのは水か風の属性をもつ人に限るのだが、お腹に手を当てて、赤ん坊の心臓の音を聞く魔法だ。
「大丈夫、お子様方は2人とも元気に心臓を動かしていますよ」
確か今年60になるというベテランの助産師は、とても柔らかい微笑みを浮かべて、私にそう告げた。そう、お腹の子は双子なのだ。
「すみません。大したことないないのに、お手をわずらわせてしまって」
そう謝ると、助産師はちょっと真剣な表情を浮かべて、
「リーア様。まず、妊娠自体が大したことなのですよ。それに見えないのだから、不安になるのは当たり前でございます。だから、こうやって声をかけてくださるのは、とても大切なことなのですよ。どうぞ、わたくしどもを呼ぶときに、遠慮はなさらないでくださいね」
すぐとなりで、ジェイク様も頷いている。
妊娠中は情緖不安定になる、と書物で読んだ。
だから、すぐに泣いてしまうのはきっと、妊娠中のせいだ。
***
気持ち悪くなくなったあの日から、格段につわりが楽になり、ごはんも食べられるようになり、そうして、あと何週間かで予定日、という大きさまでお腹の子はすくすくと育ってくれた。
「もうできるとおもうの」
ジェイク様と庭でお茶を飲んでいる時、リンが突然現れてそう言った。
「お前はどうして、そう、神出鬼没なんだ」
「そういうものだからなの。で、第二王子妃の体調も落ち着いたみたいだし、魔力の量も十分」
「祝福のベールをはれるということね?」
「そういうことなの」
リンは私の横に座る。
「展開の仕方を教えるの」
リンの説明を要約すると、こういうことだった。
まず、手を繋ぎジェイク様の魔力を私の体からに馴染ませる。
そのあと、2人の魔力を混ぜ(これは感覚でなんとかなるらしい)、それを空に向かって打ち上げる。そして、国全体を包むイメージで広げていくらしい。
普段から魔力をよく使っているほうがリードするほうがいいのことなので、魔力を制御するのはジェイク様に任せることになりそうだ。
「国の地図が頭に入っているほうがやりやすいの」
「それなら問題ないな」
「ええ。大丈夫です」
「うん。じゃあ、今からするの」
「今から!?」
リンの言葉に目を丸くしていると、リンは、「じゃないの、生まれてしまうの」と言った。
もしかして、もうすぐ陣痛がくるということ?
いくら精霊の王といえど、そんなことわかるものだろうか?
まあ、それはそれとして。
「ジェイク様は、いけますか?」
「ああ、…大丈夫だ」
不安そうなジェイク様の頬に触れる。
「よろしくお願いします」
きゅ、と口を一文字に結んで、ジェイクは頷いた。




