第23話「覚悟」
呼び出されるというのは珍しい。
ジェイク様は、私たちが到着したと同時にガイアスにお茶の用意を申しつけたので、私もエレナにガイアスを手伝うように伝えた。
通された客間に2人きりになる。
婚約してから2週間も会えなかったのは初めてで、それはつまり恋を自覚してからジェイク様に2週間も会えなかったのは初めてということ。正直、今日をとてもとても楽しみにしていた。
…のだが、対面したジェイク様の顔色の悪さに、そんな浮かれた気持ちもしゅん、と鳴りを秘そめる。
「あの、ジェイク様。どうなさったのですか…?」
「ああ。うん…」
「何か、良くないことがありましたの?」
私の問いに、ジェイク様は眉を寄せた。
私は頭をフル回転させる。
とりあえず、ここ最近の外交には大きな問題はなかったはずだ。
西の方で日照りが続いたので税の額を減らした1週間ほど前に父が言ってたけど、まさかそれではないだろう。特に何かあったという情報は掴んでいない。
私を呼び出すということは、もしかして王族関係でなにか?ギルバート様とアリスさんの結婚準備は滞りないと聞いているけれど(アリスさんから)何か問題があった?
ジェイク様を国王にという第二王子派がなにか起こしたのかしら?
そんなことをぐるぐる考えていたら、ジェイク様が意を決したように口を開いた。
「俺は、リーアの妊娠に、反対、したい」
「…え?」
何を言っているのか分からない。
え?妊娠を、反対?
言い方に引っかかる。
婚約解消、という言い方ではない。妊娠だけ?
私との子どもが欲しくないということ?後継者問題的な?
混乱して口をぱくぱくさせていると(よほど令嬢らしくない反応だ、とどこかで冷静な自分もいる)いつの間にかお茶の支度を終えていたガイアスが呆れたようにため息をついた。
「はあ、ジェイク様はどうしてそう、リーア様に対してだけ絶妙に言葉の選択が変になるんですか」
「ぐ」
綺麗な所作でお茶をテーブルに並べていく。エレナは困ったような表情を浮かべながらも、ガイアスに続いてお菓子をセッティングした。
「リーア様。ジェイク様はここ2週間ほど政務の合間を縫って、妊娠や出産についてお調べになっていたのです。その結果に打ちのめされて、今こういう発言に至ったのだと、ご理解ください。さあジェイク様、何故打ちのめされたのかという説明は、ご自身の口でお願いいたします」
ガイアスはよく出来た従者だな、とふと思った。
あ、ああ、と言いながらジェイク様は、私に向き直ってふぅ、と息を吐いた。
「ラディアスが言っていただろう、魔力差がある夫婦のもとには大抵子どもが1人しかいない、と」
「? ええ。言っていましたね」
「それになんとなく引っかかってな。そもそも妊娠や出産、というものに対しての知識も殆どなかったから調べてみたんだ。…そうしたら」
また、ふぅ、と息を吐く。
「魔力差のある夫婦の妊娠、出産は、…通常のものより、産婦の死亡率が高い可能性があると、…書いてあったんだ」
「……」
ふと、泣きたくなった。
ジェイク様が、私を大切にしてくださってることが、痛いほど伝わってきたから。
「もちろん、それは論文の一説で、確実な裏付けがあるわけではない。そして、妊娠や出産が、…そもそも命がけのものであることも、今回初めて知った。恥ずかしいことに、結婚をすれば子どもができるのは普通のことだと、思っていたんだ」
カルタール国は、近隣の国の中でも妊産婦の死亡率がトップクラスに低い。
それは国が豊かで、医療研究にお金をかけているのと、妊産婦に対して医療費を保障しているところが大きいとお兄様が言っていた。
だからこそ、ジェイク様のように結婚すれば子どもはできるもの。妊娠すれば子どもは無事に生まれるものと思いこんでいる男性は少なくない。
「だから、わたくしが死ぬかもしれない妊娠をさせたくない、という話なんですね」
「…、そう、なるな」
恋や愛というのは、やっかいだ、と思った。
ジェイク様は王族だ。もちろん第一王子であるギルバート様のご子族が王位継承権を上位になるけれど、それは私たちが子どもを産まなくていい理由にはならない。
世継ぎ、というのは王族や貴族の義務のようなものだ。
けれど、それ以上に。
「わたくしは、ジェイク様との子どもが欲しいです。そして、わたくしが出来る方法で、この国を守りたい」
これも、やっかいだ。
私のわがままだと、言ってしまえばその通り。
「……」
「ジェイク様が、わたくしの身を案じてくださっていることも、それがわたくしを愛してくださっているからだということも、…おそらく、前世の最期がトラウマになっていることも、…理解は、できるつもりですが…」
竜王もユキコさんも、死んだ。
守るべきものを、守るために。
ジェイク様が私の妊娠と、王を産んだあの瞬間を重ねてしまったのは、仕方ないことなのかもしれない。けれど。
「それでも、わたくしは、自分の命のために産まないという選択肢はしたくありません」
そ、とジェイク様の手を握る。
「この世界に絶対はありません。ですから、絶対に死なずに祝福のベールを張って生き残る、とは言えませんが」
涙が、溢れた。
伝わって欲しい。
私は、ジェイク様を愛していて、彼が愛しているこの国も愛している。
「絶対に死んでしまう、ということもないのです」
「リーア」
「ユキコさんのときと、状況は違います。ジェイク様がわたくしを信じてくださるのなら、わたくしは、死ぬかもしれないなんて思いません」
握っている手に力が篭る。
「ですから、ジェイク様。どうかわたくしを信じてくださいませ」
突然視界が暗くなる。
ジェイク様が、私を抱きしめたからだ。
「すまない、リーア。貴方の覚悟を俺は」
「いいえ、いいえ。ジェイク様」
強く抱きしめ合う。
どれくらいそうしていたのか。
テーブルの上のお茶はすっかり冷めて、私の斜め後ろでエレナが声を殺して泣いていて。
ふ、と腕の力が抜かれたので少し離れてジェイク様を見上げると、それはそれは美しい泣き顔があった。
「ジェイク様は、泣いても美しいのですね」
「…ぷっ、このタイミングで何を言い出すんだ」
思わず漏れた言葉にジェイク様が笑う。
だって、本当に綺麗だったものだから。
2人でふふっと笑いあってから、考えてみればまだ結婚すらしていないのに、とまた笑った。




