35コメ
突然黒猫を襲った闇は、周りの空間を侵食するように広がった。
ある程度広がると、それはまるで生きているかのようにグニグニと激しく形を変え、徐々に収縮し一つの形に収まっていく。
現れたのは黒豹だ。
普通の黒豹より二回りはデカく、尻尾が何より長い。
「ネコさん?」
首を傾げるリアちゃんの涙を拭って答える。
「そう、ネコさんだ」
「おっきくなった!」
「そうだね」
のそのそと近付く訝しげな表情の黒豹に、リアちゃんは怖がることなく目をキラキラと輝かせる。
黒豹が口を開いた。
「……初代様か?」
分からない奴だ。
「魔法おじさんと呼べ」
「ネコさん! こえ、変!」
「そうだね」
語尾のニャは何処に置いてきた? 取ってこい。誰がイケメンボイスで喋っていいと言った? お前、マジで人化覚えんなよ。
リアちゃんが背中に乗りたそうに手を伸ばしていたので乗せてやる。そーそー、しっかり毛を掴むんだ。んー? 痛くないかってー? そんなの乗る所も紐もついてない猫さんが悪いんだよー。
さて。
「シャッキ」
「……うむ」
「この地を蝕む魑魅魍魎は全て滅せ」
「主命、承った」
語るや否や、黒豹の尻尾が霞み、それと同時にしてズドドドドという大地を激しく叩く音が続いた。
黒豹の尻尾が境内にいる餓鬼を目にも止まらぬ速さで貫いていく。
それは境内に餓鬼がいなくなると、範囲を山に広げた。
餓鬼が消えていく事に気付いたリアちゃんの顔が更に輝く。
「……ネコさん? ネコさん! あいあと!」
その原因が黒豹の行いだと気付いたリアちゃんがお礼を述べて抱きつく。
「尻尾は引っ張るなよ」
それに黒豹は困ったような顔で溜め息を吐いた。
「危ないからな」
これでこちらはいいだろう。
グッと目に力を入れる。
それに気付いた黒豹が呟く。
「千里眼……」
ああそうだ。
木々を透かして遠くへ、流れる車も、岩も、建物も、すり抜けて視界が飛ぶ。
「ああ、見つけた」
野菜の無人販売所で、恐らく野菜の補充にきた農家の人を庇っているんだろう。結界を張って頑張っている女性を発見。
親子の縁も繋がっている。彼女だろう。
何よりその立ち居振舞いや顔がよく似ている。間違いない、リアちゃんのお母さんだろう。
だってデカい。
間違いない。
「ふん!」
距離があるので力を入れて結界を展開。農家の人も一瞬だ。
同時に自分の結界を解く。
結界を展開していたら、攻撃が出来ないからな。
さあ元凶を潰しに行こう。
「シャッキ、ここは任せる。守ってやれ」
「承知。……魔法おじさんは何処へ行くのだ?」
黒豹の背中に寝そべるリアちゃんと、それに気を揉む黒豹へと顔を向けて、笑う。
愛想ではなく。
良い笑顔でもない。
ただ心のままに。
「ストレス発散」
暴れるとしよう。
踏み切って飛び上がる。とんだ厨二だ。おうさ。構わん。やってやろう。
浮かび上がった体が命じるままに加速していく。コンビニを通り過ぎ、会社も通り過ぎて本命へ向かう。この辺りは放置。シャッキの射程圏内だ。問題ない。
試しに造ってたんだろう? 不要品を山に廃棄しやがって。
この派手さだ。目的は終えたか、まだ最中だと思って間違いあるまい。
「逃がすかよ」
視野を広げる必要がある。
視界を産み出し散らばらせる。その一つ一つが透過し、暴れ隠れ逃げて殺られる目標を見つけ出す。
百眼に千里眼。
全てを見透す眼が、各地での騒ぎをこの国の霊能力者が対応しているのを見つける。しかし人手不足なのか協力者を募り、まだ足りてないようだ。お蔭で霊安局は総動員。
だから今、本部はもぬけの殻を呈している。
「…………何かと思えば、火事場泥棒かよ…………」
つまらん。
想像以上に小物だったようだ。大山鳴動して鼠が一匹。
それなら陽動の、隠したい本命の方へと舵をとるとしよう。
どれもが捨て駒だ。対応されるのも計画の内なんだろう。当然ながら、霊安局も餓鬼の数が多い所には対応する人数も多く、少ない所には少なく振り分けている。
霊安局の人員や協力者などの分布を考えての設置だろう。
しかし、それは相手も分かっている。
だから本命は……。
「ここという訳か」
フォークボールのように水平飛行の勢いのまま直下へと軌道を変更して、落ちる。
俺のアパート近くにある駅前なのは、なんの偶然なのやら。
勢い良く路面に着地。
俺の足を基点に放射状に罅の入った路面が陥没し、吹き荒れる具風が街路樹を引っ剥がし、衝撃が近くのビルの窓ガラスを粉々に割る。
隕石が落ちたような状態だ。
唖然とこちらを見る人の群れもあるが、今の衝撃で怪我人は出ていないだろう。何せ人のいない所に落ちた。
駅前はパニックだった。
火の手が上がり警官隊が出動し、避難しようとする人でごった返し車は追突を繰り返していた。
原因は俺の目の前にいる。
大人サイズの餓鬼と言えばいいのだろうか。それはもう小鬼の範疇を越えた二メートルサイズの餓鬼が、蹲ってピチャピチャと何かに食らい付いている。
「お食事中に失礼」
言葉に反応したのか、落ちてきた衝撃から分かっていただろうに、食事を続けていた餓鬼がスッと立ち上がり振り向く。
口に咥えられているのは、動物の脚だ。
猫の脚だ。
餓鬼は避けようとしたのか、車があちこちで火の手を上げている。その猫も被害にあった一匹なのだろう。
大人サイズ餓鬼は相変わらず黒目はないが、引き締まった体は細マッチョな人間のもので、はみ出していた牙も口の中に納まり、変装などしたら人混みに溶け込めそうな様相だ。
しかしそれも服を着て、その鋭い爪を切ったらという条件が付くが。
こちらの予想を裏切るように、餓鬼が口を開けて威嚇し、乱杭歯が飛び出す。
「やあ、食事中に邪魔したのだ、怒るのも無理はない。しかし君達の主人は今、手が離せそうにないのでね。どうか代わりに私のお願いを聞いてくれないか?」
その威嚇にも臆せず、スタスタと彼我の距離を縮めていく。
周りから悲鳴と怒声が上がり、事態を見守っていた他人が、動き始める。
それは人だけでなく。
「ガアアアアーアーアーアッ!」
音を置き去りにしながら飛び出した、他の大人サイズ餓鬼が横合いから俺の後頭部に飛び蹴りを見舞う。
その速度と威力は十分に悲劇を連想出来るもので、離れて様子を見ていた避難中の人は、目を離すことが出来なかった。
しかし――――
仮面の男は微動だにせず、殺しきった勢いのせいか、未だ飛び蹴りの態勢で滞空する餓鬼へとクルリと向き直り、話し続けた。
「消えてくれ」




