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天国の不動産屋~ホーム・スイート・ロンダリング  作者: 夜野ミナト
Case.2 大田区1R 鉄火場の孤独死

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第六話 よみがえる物件

 翌週の日曜日、客がいないのをいいことに、紫苑は食い入るようにして競馬中継を見ていた。

 客がいないのも困る。日曜日なんて稼ぎどきの昼過ぎなのに、外苑通りは不思議なほど静まり返っていた。

 画面には、阪神競馬場のパドックが映し出されている。栄はコーヒーを淹れながら丸まった背中を見つめた。ガリガリと豆を挽く音が事務所の中に響く。


「おい、ちょっとうるさい。聞こえねえだろ」


 紫苑は文句を言いながらテレビの音量を上げた。


「ああ、これがこの前言ってたレースか。なんだっけ、エリザベス女王杯」


 栄はマグカップを紫苑に手渡した。


「おう、俺『ツイてる』からなぁ、万馬券当てちゃうよ」

「じゃあ、当たったら焼肉奢れよ」

「いいぜ、WIN5も買ってるからよ。肉のグレードが上がっちまうなぁ。松阪牛食い放題だ」


 ファンファーレが鳴り、ゲートが開く。紫苑が予想した馬が出遅れた。


「あぁっ、マジかよ何やってんだ。いや、まだ取り返せる」


 二千二百メートルの芝コース。女王の座を巡ってサラブレッドたちが懸命に駆け上がる。白熱した実況が紫苑の握るこぶしの力を強めた。


「差せぇえ!!」


 テレビに向かって紫苑が叫ぶ。栄も勝負の行く末を固唾を飲んで見守っていた。

 結果は——見事に外れた。一着は一番人気の馬。紫苑は抑えてこそいたが、一着予想はしていなかった。WIN5どころではない。大外れだ。


「うわぁああ俺のなけなしの一万円が!」


「あっはっはっは、そんなもんだろ。『ツイて』なかったなあ、北条」

「くそが。あーあ、やっぱりこないだの舟券、先に払い戻ししとけば良かった」

「『過去はすでに捨てられて、未来は未だ到達してない。ただ今日なすべきことを熱心にやる』んだろ。ギャンブルは終わりだ、ほら業務に戻れ」


 栄はテレビの電源を切った。

 ——その時、事務所の扉が開いた。


「あのう、平和島にいい物件があるって聞いたんですけど……いいかしら」


 七十代後半だろうか。温厚そうな白髪の小柄な女性が立っていた。


「ご相談ですか。ではこちらにどうぞ」


 栄は椅子を引いて商談スペースへと女性を導いた。

 聞けばこの女性は年金で暮らす一人暮らしのようだが、現在住んでいるアパートの更新を断られてしまい、困っていたらしい。いくつか物件をインターネットで目星をつけ、問い合わせ先に書かれていた天国不動産を訪ねてきたのだ。


「なぜ平和島に?」


 例の物件の間取り図を見せながら栄が言った。


「私ここのアパートよく知ってるのよ。ちょうど真向いが娘家族が住んでいるマンションなの。『ばあば、近くに住んでくれたら嬉しいな』って孫も言っててね」


 女性はにこにこしながら言う。


「そう、ですか」

「安心して、もし私が具合を悪くしたら、すぐ娘たちに連絡が行くようになってるの。見守りサービスっていうのかしら。娘から持たされててね。だから、『部屋で一人で死んだり』なんかしないわよ」


 女性はそう言って、手首に付けたスマートウォッチを栄に見せた。

 なるほど、GPSで居場所の管理ができるうえ、手首に付けるならバイタルチェックもできる。もしここで異常が見つかれば、家族に連絡が行く仕組みになっているのだろう。

 その言葉は、前の住人への、何よりの供養のように響いた。栄はそれは心強いですね、とビジネスライクに頷き、判子を押させた。


「本当に内見しなくてよろしいんですか」

「ええ。住めるだけで御の字ですもの。助かるわ」


 紫苑は黙ってそのやり取りを聞いていた。

 契約は滞りなく終わり、栄は女性に真新しい鍵を渡した。


「ありがとうございます、天國さん。いい不動産屋さんね」

「はは、どうも。仕事ですからね」


 女性が帰った後、静かになった事務所で、紫苑がポツリと言った。


「よかったのかよ。もしまたあそこが事故物件になったら、元の木阿弥だろ」

「今は単身高齢者は入居しづらい世の中だ。ウチで実績作ったら、似たようなケースも増えるかもしれないだろ」

「へぇ。慈善事業始めたんだ?」

「そんなわけないだろ。ボランティアで飯が食えるか」


 栄は鼻で笑った。


「あのオンボロ物件、フローリング代しかかけてない。リスクを恐れて物件を遊ばせとくより、家賃収入が少しでもあった方がいいだろ。空っぽの部屋は、一円も家賃を払ってくれねえからな。それにもし万が一、また『事故』が起きても、ウチには解決策がある」

「なんだよ、解決策って」

「お前だよ。またお祓いして、掃除して、お前が一晩住んでから次の客を入れる。お前がいる限り、ウチの物件は何度でも再生できるんだよ」


 紫苑は呆気にとられ、それから深々とため息をついた。


「なんだよそれ。仕事増えてるじゃねえか」

「何言ってんだ。高い給料払ってるんだ、しっかり働けよな」


 栄は楽しそうに笑った。紫苑はブラックだよなぁと呟きながら、頭を掻いた。少しずつ、街が夕闇に溶けていく。孤独な死があった部屋には、今夜から新しい明かりが灯る。

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