サナの場合⑨
「シン」
もう一度、呼ぶ。
たっぷりと15秒の沈黙の後。
「昨日、どこに居たの?」と泣きそうに潤んだ瞳と視線がぶつかった。
ああ、やっぱり。
どこかで感じていた結末が現実にやってきて、そりゃ、そうだよなと納得している自分がいる。
ユキヤと二人で居るのを見られたんだろうな。
どこまで見られたのかな。
ラブホに入るとこかな。
だったら、終わりだな。
今から別れ話かな、面倒だな、まで考えて、小さくため息を吐き出した後、とりあえず「ごめんなさい」と呟いた。
「サナが男と歩いてて、頬にキスされて、その後、手繋いでるところ見た」
「……」
あー、そこね。
項垂れながら、やけにクリアな思考が状況を把握していく。
なるほど、ホテルに入るところを見られた訳じゃないんだ。
「その後は、見失った」
「……」
「あの男は誰?」
潤んだ二つの黒目が不安げに揺れている。
真実を知りたい?知りたくない?
表情からは読み取れない。
だから、勝手にこっちが想像するしかない。
シンの目を真っ直ぐ見つめながら、ゆっくりと決意する。
全ては私が墓場まで。
「昨日、会社の帰り、カフェに寄ったらたまたま大学の時、ちょっと付き合ってた人に会って。一緒に飲むことになって、それで……。でもね、シンが目撃した以上のことはない、それは本当だよ、信じて」
彼の視線が小刻みに揺れる。
私の言葉を信じていいのか、思案しているのだろう。
「不安だったの。口約束の婚約だし、来年30だし、本当にシンと結婚するのかな、出来るのかなって、不安で。だから、わたし……」
ふいに抱きしめられて、全身に緊張が走る。
「うん、ごめん。俺のせいだ」
「ううん、悪いのは私だから。本当にごめんなさい。もう絶対にシンを裏切らない。だから、結婚しよ」
「それさ、俺のセリフ」とシンが泣きながら笑うから、私も目尻の涙を拭いながら笑った。
茶番だろうか。
もしかしたら、シンは全て知っているのかもしれない。
いや、知らないか。
こんな綺麗な涙を流すんだから。
真っ直ぐで純粋な人を傷つけるなんて、最低だ、私は。
だから、これからは……。
足元に置いたバッグの隙間からスマホが確認出来た。
表示画面にフリーメール一件の文字。
だから、これからは、もっと気をつけて行動しなきゃね。
来週辺り、私はきっといつものバーにいる。
藤堂さんと二人で。
全ては墓場まで、持っていくから、もう少し。
もう少しだけ、今を楽しませて。
だから、どうか見逃してね、神様。




