サナの場合⑧
両親は至って普通。
兄弟はいなくて、一人っ子だけど、愛情いっぱいで育った。
特別裕福でも、貧乏でもない。
幼少期に取り立てて、衝撃的なエピソードもない。
トラウマもフラッシュバックもない。
申し訳ないくらい、普通の人生。
だから、今の自分の行いに言い訳も出来ない。
せめて、イジメ体験くらいあれば、承認欲求を満たしたくて……みたいな理由で、この一夜も許されるのかな。
いや、誰に許されたいんだろう。
藤堂さんは違うし、じゃあ、シン?
それも違う。
ユキヤの甘いキスを受け止めながら、何時に帰ろうかな、まだ木曜だし、早めがいいなと考えてる自分は、きっと誰にも本気になれなくて、本当は少しも満たされてなどいない、空っぽなのかなと思った。
金曜、朝の空は天気予報が外れてどんよりしていた。
いつ雨が降ってもおかしくない色をしていて、今夜は月も星も見えないなーと思った。
ユキヤとの夜の翌日でも、淡々と仕事をこなし、ハキハキとした口調で電話対応をして、昼休みには同僚と今期のドラマについて長々と語り合った。
何も変わらない今日。
昨日と同じ。
誰が気付くだろうか、私が罪悪感の薄い裏切り者だと。
「お疲れ様です」
昨日は私の帰宅が遅かったし、今日はシンが早出で出勤時間も早朝だった。
顔を合わせるタイミングもなかったから、今日は早く帰って、シンの為に久々に八宝菜でも作ろうと、テキパキと仕事を終えた。
自宅近くのスーパーで白菜、キクラゲ、ウズラの煮卵を買う。
きっと、シンは美味しいとばっかり言って、ビックリするくらい食べるだろう。
ポツポツと雨が当たり出したから、早足でマンションに急ぐ。
傘を刺すほどではないけど。
明日、晴れるかな。晴れたら藤堂さんにメールしてみようかなーなんて、呑気に考えていた。
「ただいま」
ドアを開ける。
ガチャンという音がやけに室内に響く。
玄関にシンの革靴は、ある。
なのに、「おかえり」が聞こえてこない。
あれ?おかしくない?
じんわりと嫌な予感がする。
19時前なのに、室内の電気はついてなくて、薄暗い。
「ただいま?」
恐る恐るリビングに足を踏み入れ、シンがいつも座っているソファ定位置に視線を向ける。
「シン?」
居た。
いつも通り、定位置に居る。
居るは居るけど、脱殻みたいな雰囲気で、こっちに視線を向けようともしない。




