佳織の場合⑥
今日はカレーにしよう。
マナも食べるから、甘口一択だけど。
玉ねぎ、人参、じゃがいも。
なるべく小さく刻む。
トントン、トントン。
「いやー、いやー、あそぶ。こうえ、ん」
まだ公園で遊びたかったと泣いている。
沈みかけた夕日が、カーテンをオレンジ色に染める。
「こ、こ、こう、えん。いやー」
ヒック、ヒックとしゃくり上げる声。
グツグツと鍋で具材が煮込まれる音。
豚肉、玉ねぎ、人参、じゃがいも。
グツグツ、ヒック。
「いやー、いやー」
ああ、逃れたいと猛烈な衝動に襲われ、気づいたらお玉を床に叩きつけていた。
ガシャンと音がして、「うるさい」と怒鳴り声。
ああ、私が怒ってるんだ。
やめなきゃ、怒りに任せたらダメ。
どこか冷静な自分が、理性を失い怒りに支配された自分を引き止めようとするのに、結局は何の抑制にもならなそうで、目の前が真っ赤になる。
「イヤイヤ、うるさい。こっちが嫌だよ。もう全部嫌なの。毎日毎日、うるさい。アンタなんか……」
産まなきゃよかったという言葉だけ、なんとか飲み込んで、無言で玄関に向かい、外に出た。
財布も、スマホも持たずに、マンション近くをふらつく。
マナはあの部屋で一人。
またイヤイヤと泣いているかもしれない。
もう、知らない。
何もかも、全部、もう要らない。
「これからの主任候補だよ」
課長がくれたお守りみたいな言葉を思い出す。
誰かに褒められたい。
認められたい。
私は私のままでいいと、誰か、手を差し伸べて。
どの位、マンション周りをグルグル歩いていたのだろう。
気がついたら、辺りは薄っすら暗くなっていて、見上げた空には星が瞬いていた。
「あ……」
流れた。
久しぶりに見た流れ星は、滲んでいた。
私の望み。
今の私の一番の望みは、多分。
ふいに足が動き出す。
当てもなく彷徨っていたはずなのに、急に不安と焦りが全身を駆け巡る。




