佳織の場合④
夜20時。
仕事を終えて帰ってきたリョウが、物で溢れたリビングを見つめて、小さく息を吐く。
私が用意したスーパーの惣菜コロッケ、サラダ、煮え過ぎた味噌汁を眺めて更に息を吐く。
ため息を吐きたいのは、こっちだと思いながら、お茶碗に白米を盛り手渡した。
「ありがとう」
マナはまだ寝そうにない。
何度も観た幼児向け番組の録画を飽きもせずに何度も見返している。
「あーちゃん、あーちゃん」
キャラクターの名前がまだハッキリ発音出来なくて、指差しながら「あーちゃん」と繰り返す。
「そうだねー」と適当に相槌を付きながら、小高い丘みたいな洗濯物の山を一枚ずつ畳み始めた。
「あのさ、係長のとこなんだけど、三人子供がいるんだって。で、奥さん、フルタイムで働いてるらしいんだけど、すごいよなー」
「……だから、なに?」
「いや、すごいなーって話じゃん」
リョウが気まずそうに私から視線を逸らす。
すっぴんで髪も梳かしていない、みすぼらしい妻を視界に映したくなかったのだろう。
「あのさ、たまにはさ、佳織の手作りのものが食べたいんだけど」
「味噌汁、手作りだけど?」
「いや、そうじゃなくてさ。ほら、俺も給料、この春から上がったし、頑張ってるじゃん。だから、佳織もさ……」
「マナ、寝かしてくるね」
リョウの話を遮るように立ち上がった。
だから、佳織も頑張れ……と言いたかったのだろうか。
頑張ってないように見えるのかな。
慣れない育児に悪戦苦闘し続けている。
こんなにも、頑張っているのに。
マナの父親である旦那に少しも伝わっていなくて、悔しくて悲しくて泣きそうになる。
「ママ?」
黙って寝室床を見つめたまま動かない私を不思議そうに見上げるマナ。
「うん、寝よっか」
溢れそうだった涙をギリギリで押し留め、足元で座り込む我が子を抱き上げた。




