サナの場合②
夜19時過ぎ。
薄暗いバーカウンターの端の席。
夜カフェでパフェではなく、細いグラスに入ったカシスオレンジを飲みながら、時間を潰していた。
「ごめん、ちょっと遅れた」
私の横に腰掛けた人に、ゆっくりと視線を向け「お疲れ様」と声をかける。
「うん、夏目もお疲れ様」
私のことを夏目と苗字で呼ぶ人。
綺麗なアーモンド形の瞳、日本人にしては高い鼻、ちょっと硬めの髪の毛、低くて良く響く声。
「藤堂さん」
香水だろうか。
僅かにキンモクセイの香りが首筋からして、私は軽く目を閉じた。
「眠い?」と今朝、綺麗にアイロンで巻いた毛先に長い指を絡める彼。
その仕草に心臓が反応しすぎて、息苦しい。
「お腹空いてる?」
「どうかな」
「じゃあ、早く別のところに行こう」
彼に肩を抱かれて、夜の世界に誘導される。
私に拒否権なんてない。
彼との時間は、特別で、甘くて、少し危険な匂いがした。
シティホテルの一室。
「夏目は全部、僕の言うことを聞いていたらいい」
彼の指が耳たぶをゆっくり這った後、鼓膜に優しく響いたセリフ。
私は頷くことしか出来ず、彼の胸板に額を押し付けた。
好きとは少し違う感情。
彼の支配下にいたい。
言うことを聞きたい。
私を見下ろして満足そうに微笑む彼を見たい。
弾力のある唇を受け止める。
シンとは違うキス。
比べようもないくらい、藤堂さんとシンは違う。
ホテルのダウンライトの調整って難しいよなーって、どうでもいいことを考えながら、夜20時過ぎ、空腹のまま、藤堂さんとベッドにもつれ落ちた。
私たちは、生産性のない、快楽と刺激と秘密を共有する関係。
そこに、未来も、好きも、愛してるも、ない。
だからこそ、私は藤堂さんを求めてしまうのだろう。
シンという婚約者がいるのに最低だ。
果てしなく遠くで私に似た声が聞こえた。
最低なんて百も承知。
やめれるならとっくに辞めてる。
これは、麻薬みたいなもの。
辞めたい辞めたいと願うほど深みにはまる。
底なし沼みたいな男にしがみついて、私は悲鳴に似た声をあげる。
そんな私を見下ろして、彼は満足そうに細く笑むから、堪らなくなって、身震いがした。




