百合子の場合⑧
え、何?
さっきまでの感情が一気に消え去り、ベッドを慌てて降りる。
ゆっくりとドアを開け、廊下に視線を向けると、胸を抑え、もがき苦しむ夫の姿があった。
「あなた……」
「ゆ、りこ、助けて、くれ」
彼が私に手を伸ばす。
瞬時に私は後退り「うん」とゆっくりと頷く。
「私も助けて欲しかったよ、あの時」
夫の瞳が揺れる。
額には大粒の汗がびっしり噴き出ている。
青白い顔、瞬きの仕方もおかしい。
あなたはきっと覚えていないね。
あなたにとっては、取るに足らない些細なこと。
「妊娠二ヶ月での流産なんて、元々いなかったと思えば良い。いつまでメソメソ泣いているんだ」
三ヶ月経っても悲しみから抜け出せない私に言い放ったセリフ。
泣いてばかりいた私に呆れ、冷たく突き放したあなたは、きっとあの日の私の悲しみなんて、想像すら出来ないでしょう。
「ゆり、こ、救急、車を……」
「意識あるじゃない。シャワー浴びてからでいい?いつものクリニックに予約入れておくわね」
「いや……」
階段を降り始めた私を必死に引き止めようとする夫の声。
振り向かずにゆっくり、一段ずつ降りる。
私の幸福の為に。
階段を降り、お風呂場に向かう途中。
ガタガタと上から大きなものが転がり落ちる音が聞こえた。
短く息を吐く。
ここから、どうする?
墓場まで、どれを持っていく?
まずは、シャワーを浴びてから。
大きな決意を胸に秘めながら、脱衣場の扉をゆっくりと開けた。




