第8話:聖母の極秘バカンスと、世界を揺るがすお土産(番外編・後日談3)
シルフィアが次期王太子妃に内定し、公爵邸がかつてないお祝いムードに包まれるなか、お義母様(ルクレツィア様)はついに限界を迎えていました。
「……もう嫌よ。誰も私の話を聞かないし、何をやっても世界が滅びるレベルで大繁栄しちゃうじゃない。もう、静かな田舎で一人になりたいわ」
お義母様は頭の真っ赤なリボンをぎゅっと目深に結び直し、神々しい純白の翼をきつく畳んでローブで隠すと、誰にも告げずに王都の公爵邸を脱出しました。
向かった先は、かつてシルフィアを過労死させようとした、あの懐かしき原点――いまや大豊作で大金持ちとなった『シルバ公爵領』の、ひっそりとした奥地にある別荘でした。
ようやく訪れた、誰にも邪魔されない静寂。お義母様が「ああ、やっと一人のバカンスだわ……」と、庭のテラスで冷えたハーブティーを口にした、その瞬間。
「あ、お義母様! こんなところで何してるんですか?」
生い茂る黄金ジャガイモの葉をかき分けて、満面の笑みを浮かべた私、シルフィアがひょっこりと顔を出しました。
「……あばばばばばば!?」
お義母様は派手にお茶を吹きこぼし、テラスの椅子から転げ落ちました。
その頭上では、今日もポップなチャイムと共に『脳内カンペ』が激しく点滅を始めます。
(なんでここにいるのよぉぉぉ! 私は王都から極秘で、それこそ国家の隠密部隊の追跡すら巻いてここまで逃げてきたのよ!? なんでこの小娘が、当たり前みたいに畑から生えてくるのよ!?)
お義母様は腰を抜かしたままガタガタと震えていましたが、私のポジティブ脳は、そのお義母様の驚いた顔を別のハッピーなイベントとして受信していました。
『おっ、お義母様との極秘かくれんぼイベントだね! お義母様、王都の忙しい公務から君を解放するために、わざわざ一番思い出深いこの領地でサプライズ・バカンスを開いてくれたんだよ。せっかくだから、前世の高級リゾート地で流行っていた「五右衛門風呂風・泥スパ温泉」にお義母様を招待してあげよう!』
「なるほど! お義母様、私のためにここまでかくれんぼをしに来てくれたんですね! お礼に、私が掘り当てた最高の天然泥温泉へご案内します!」
「いいえ! 結構ですわ! 私を一人に……ちょっと、引っ張らないで頂戴、あばばばば!」
剛力(神級)のスキルを持つ私は、お義母様の抵抗をそよ風のように受け流し、彼女を抱きかかえて別荘の裏手にある特設の露天泥温泉へとドボドボと連れていきました。
そこは、領地の魔鉱石の成分がたっぷりと溶け出した、どろりとした漆黒の温泉でした。お義母様は「何よこれ! 服が汚れるじゃないの!」と絶叫していましたが、ひとたびその泥温泉に肩まで浸かった瞬間――。
「……あら? 身体が、信じられないくらい軽いですわ……?」
日々、聖母としてのプレッシャーとツッコミの連続でコリ固まっていたお義母様の肩や腰が、じわじわと信じられないほどのスピードでほぐれていきました。全身の細胞が活性化し、お肌の透明感が限界を突破していきます。
そこへ、王都市街で「聖母ルクレツィア様が失踪された!」と大パニックを起こしていたお父様や第二王子、そしてマブダチのエリザベスちゃんが、死の森の魔獣たちの鼻を頼りに猛スピードで別荘へと突っ込んできました。
「ルクレツィア! 無事だったかい!?」
「ルクレツィア聖母様!」
門を突き破って入ってきた彼らが目にしたのは、漆黒の泥温泉の中で、肌を真珠のように輝かせ、完全にリラックスして「ふはぁ……」と気の抜けた顔をしているお義母様の姿でした。
第二王子はその泥温泉の凄まじい魔力濃度に気づき、その場に跪きました。
「……素晴らしい。ルクレツィア殿は、王都の喧騒を離れ、この領地の地下に眠る『国家最高峰の回復聖霊泉』を自らの身体を張って見つけ出していたのか。この温泉を国民に開放すれば、我が国の平均寿命は一気に二十年延びる。まさに、どこまでも民を想う本物の聖母だ……!」
「ルクレツィア公爵夫人! 私、この温泉をベースにした『公爵家特製・泥温泉リゾート』の建設計画を今すぐ立ち上げますわ!」
お父様も涙を流して大感動しています。
「君のおかげで、我がシルバ領にまた一つ、世界中から富豪が集まる一大観光産業が生まれてしまったね! ありがとう、ルクレツィア!」
お義母様は、泥温泉から首だけを出した状態で、ハハハと乾いた笑い声を上げました。
(ただ静かに休みたかっただけなのに……。なんでちょっとお風呂に入っただけで、国家の医療制度を根底から覆すレベルの聖地を発見しちゃうのよ。もう本当に、この子と一緒にいたら世界が狭すぎるわ、あばばばば……)
危機回避(?)に成功しました。経験値を獲得します。
スキル、温泉王(神級)を獲得しました。
シルバ公爵領の経済効果:さらに倍増し、世界一の観光地へ。
お義母様の幸福度:あきらめ100%。
「お義母様、やっぱりお義母様の行くところには、いっぱいいいことが起こりますね! 一緒にお風呂に入れて楽しかったです!」
私が温泉の中でパシャパシャと湯水を跳ね上げると、お義母様は頭の光輪を泥で少し汚しながらも、今度こそ完全に降伏したように、ふにゃりと優しい笑顔を見せるのでした。




