第9話:聖母の初めての里帰りと、隣国からの黒船(番外編・後日談4)
シルバ公爵領に世界一の温泉リゾートが誕生してから、数か月。
ある日、お義母様(ルクレツィア様)のもとに、彼女の実家である『王都の元・公爵家(現在は我が家のほうが格上)』から、一通の切実な手紙が届きました。
「……ルクレツィア、たまには実家に顔を出しなさい、ですって? フフ、実家の親兄弟も、今の私の圧倒的な権力と『聖母』の肩書きにすがりたくて必死なのね」
お義母様は頭の真っ赤なリボンをいつもより高貴に結び直し、背中の純白の翼を優雅に羽ばたかせました。
(ちょうどいいわ。シルフィアを王宮の行事に残して、私一人で実家へ里帰りするのよ。あの実家には、我が家をさらに陥れようと企む隣国の不遜な『超巨大商会』の代表が来ているはず。あの子さえいなければ、私は本来の冷徹な公爵夫人として、隣国の黒船ごと実家の有象無象をたっぷり脅し抜いて、久しぶりに悪女の快感を味わえるわ、フフフ……)
お義母様は今度こそ、シルフィアの勘違いに邪魔されない「完璧な悪の外交」を確信し、王都の実家へと旅立ちました。
――が、実家の豪華な応接室の扉を開けた瞬間。
「あ、お義母様! お義母様の実家のお茶菓子、すっごく美味しいです!」
そこには、なぜか隣国の超巨大商会の会長と肩を並べ、優雅に高級マカロンを口に放り込んでいる私、シルフィアの姿がありました。
「……あばばばばばばばば!?」
お義母様は実家の玄関先で、はしたなくも悲鳴を上げて頭の光輪をガタガタと震わせました。
その頭上では、お馴染みのポップなチャイムと共に『脳内カンペ』が大爆発を起こしています。
(なんであんたがここにいるのよぉぉぉ! 王宮のデトックスお茶会の主催はどうしたのよ!? なんで隣国の、あの『泣く子も黙る冷酷な守銭奴』と呼ばれている大富豪の会長と、孫娘みたいな距離感で密談してるのよぉぉぉ!?)
お義母様は実家の親族たちが後ろでガタガタと震えているのも無視して絶叫していましたが、私のポジティブ脳は、そのお義母様の驚天動地の表情を、またしても極上のハッピーイベントとして受信していました。
『おっ、お義母様の実家凱旋お祝いサプライズ大成功だね! 隣国の会長さん、実は深刻な貿易の壁に悩んで夜も眠れなかったんだ。君がこないだプレゼントした、お義母様の毒スパイス入り「黄金ジャガイモのポテトチップス」を食べた瞬間、あまりの美味さに感動して、我が公爵家と【永久無関税の独占貿易協定】を結びたいって泣いて直談判してきたんだよ!』
「なるほど! お義母様、お義母様の実家が隣国との貿易で困っていると思って、私が先に来てポテチで解決しておきました!」
「ぽ、ぽてちぃぃ!? なによそれ! っていうか、永久無関税って何よ!?」
お義母様が扇子を放り出してツッコミを入れると、隣国の冷酷なはずの会長が、涙を流しながらお義母様の前にスライディング土下座を敢行しました。
「おおお……ルクレツィア聖母様! あなたが育てられたシルフィア嬢の先見の明、そしてあの奇跡のポテトチップスに我が商会の未来を賭けることにいたしました! 我が国が誇る全流通網を、今日からシルバ公爵家のために無料で開放いたします! これぞ、国境を越えた聖母の慈愛……!」
実家の父親や兄弟たちも、お義母様に向かって拝むように手を合わせました。
「ルクレツィア、お前はなんて恐ろしい……いや、素晴らしい聖母なんだ! 実家の財政難を見抜いて、隣国の黒船を一瞬で我が家の犬にしてしまうなんて!」
そこへ、王都から私を追いかけてきた第二王子とエリザベスちゃんが、我が家の私設オオカミ騎士団と共にドタドタと乱入してきました。
「ルクレツィア殿! 隣国との独占関税協定の締結、見事である! これで我が国の経済は向こう百年間、安泰となった!」
「お義母様、これで私たちのポテチが世界を支配しますわ!」
実家の応接室が、割れんばかりの歓声と、お義母様から無自覚に溢れ出る神聖な黄金の光で満たされていきます。
お義母様は、実家を助けるどころか、自分がちょっと里帰りしただけで「隣国の経済を丸ごと一本釣りして国家の英雄」になってしまった現実の前に、静かに白目を剥きました。
(悪女の外交……? そんなの最初からなかったのよ……。私はただ、あの子のいない世界で少しだけイキりたかっただけなのに、なんで隣国まで私の信者になってるのよ、あばばばば……)
危機回避(?)に成功しました。経験値を獲得します。
スキル、世界外交王(神級)を獲得しました。
シルバ公爵家の経済圏:【一国】から【大陸全土】へレベルアップ。
お義母様の精神:完全なる無の境地へ。
「お義母様の実家、お菓子がとっても美味しいので、またみんなで遊びに来ましょうね!」
私が隣国の会長から譲り受けた最高級のダイヤの指輪をお義母様の指に勝手にはめながら笑うと、お義母様は翼を優しく広げて私を包み込み、もはや何が起きても動じない神の微笑みを浮かべるのでした。




