第33話 兄妹
自宅に帰ってきた。
自宅と言うよりは、実家と言った方が正しいかもしれない。何故なら、別に住居があるからだ。
とはいえ俺は冒険者になってから、ここに帰って来ることも多くなった。まさに家が2つある感覚である。
また、イルザも『遊撃騎士団』の副団長用の邸宅が用意されているようだが、こっちに帰って来る頻度が多いので、俺と同じ感覚かもしれない。
そのためか、偶然にもイルザもここに帰って来ていたのである。まあ互いに話したいことがあったわけだし、必然的だったのかもしれないが。
そんなわけで、今はイルザの部屋にいる。
「兄さんが、ハンターを追う理由は何? 」
ゆっくりと、そして落ち着いた声でイルザが言う。
「俺の……職業は知っているのか? 」
「うん。さっき兄さんの身分証を見ちゃったし、正直言ってショックだよ。別に悪い意味じゃないけどさ……」
俺としても、あえて職業は隠していた身だし気まずい。
そして国家憲兵隊は、決して評判の良い組織ではない。時々、強権的な職務執行を行うものだから、貴族も市民も、国家憲兵隊を嫌うのだ。
その国家憲兵隊の職務は、治安維持に必要な諸々の活動である。
全ての刑事事件に関しての捜査権も有しているわけだ。
さらに、レゲムーク王国は、封建制も依然として残っているものの、その各封建領主の領地に於いても、王立騎士団と同様に国家憲兵隊は活動が可能なのである。
「黙っていてごめんな。言いたくても言えなかった」
「……兄さんがハンターを追うのは、それが理由なの? 」
「いや、今はまだ俺の個人的な理由で行動している。国家憲兵隊は、まだ介入していないはずだ」
もっとも、国家憲兵隊がハンターの核心に関する情報を掴んでいる可能性は否定できない。知っていて、あえて放置していることも考えられる。
「個人的な理由というのは? 」
「ここ数年、冒険者大会で優勝した人物が失踪するという事件は知っているだろ? 」
「うん」
「ちょうど1年前、冒険者大会で優勝したオーガスト言う人物が、その大会の直後に何者かによって惨殺された。そのオーガストはな、俺の友人だったんだよ」
イルザが驚いた表情を見せる。
まさかこの俺が、昨年の冒険者大会で優勝したオーガストと友人だったとは思いもしなかっただろうな。
ところで、事件の捜査を担当したのは、オーガストの惨殺死体が発見された地域を管轄する街道保安官だった。
しかし、どういう訳か捜査を打ち切ったのだ。
そして、国家憲兵隊も捜査を行っていない。
つまり俺の知る限り、現時点でオーガスト惨殺事件について捜査を行っている公的機関は無いのだ。
「オーガスト……私も知っているよ。異例の速さでA級冒険者になった人だし、冒険者ギルド内ではかなり有名だったはず。それに、何度か一緒に依頼を受けることもあった。でも、まさか兄さんの友人だったなんて」
「意外だったか? 」
「うん。まあ、そもそも兄さんは引きこもりだったというイメージが大きすぎて、何もかもが意外に感じるかな。ところで、オーガストとはどういう経緯で親しくなったの? 」
「俺は兵隊、そしてオーガストが従軍記者だった。ちょうど俺のいた部隊を取材したときに、知り合ったわけだ」
まさに、最前線での出会いだった。
敵軍は昼夜問わず、魔法による大規模な遠隔を攻撃してくるような場所に、わざわざオーガストはやって来たのだ。
「え……それってどういうこと? 」
途端に、イルザの表情が暗くなった。
俺が何をしていたか、既にイルザは理解しているに違いない。
「国家憲兵隊に所属していると知った時点で、その可能性は考えただろ? 」
「……うん。でも……」
「初めてオーガストと会ったとき、俺は国民衛兵軍に所属していた」
国家憲兵隊と国民衛兵軍は別組織だが、少なくとも今現在は同じ指揮系統の下にある。
それに、国民衛兵軍出身者が国家憲兵隊に移ることも多いので、組織的つながりは強いわけだ。
「でも、魔族相手に無事でよかったよ。見た感じ元気そうだし」
俺が何とか生き残り続けて、今もこうしてここに居るのは確かだ。
しかし、何度も死の可能性に直面した。軍上層部の無謀な命令、特殊な作戦に従事したこと、さらにそれらの作戦に従事したがために遭難していた時期もあったのである。
「まあ、今もこうしてイルザを話せているわけだし、生き残って良かったと思えるな」
今言ったことは確かである。
だが、俺は死を望んでいた。あの戦争……その戦地で、俺は「殺してくれ」何度願ったことか。
自殺する勇気はなかった。しかし、死にたいという願望だけはあったのだ。
「……話を戻すが、オーガストとは戦地で知り合った。それから交流は続き、王都ムーク市に戻って来てからも親交はあったんだ。それである日、奴が冒険者になるって言いだしてな」
それは、今からおよそ2年前のことだった。冒険者大会が終わって、少し経っていた時期だ。
ところで冒険者大会の優勝者は、ここ数年行方不明になっているわけである。
俺がその情報を知ったのはずっと後のことだが、従軍記者経歴を持つオーガストなら、何かしらの情報を掴み、そして冒険者になったと考えれば辻褄が合うのだ。
オーガストも冒険者大会で優勝することで、何かを確かめようとしていた可能性がある。
「オーガストは、毎年失踪する冒険者大会の優勝者の情報を集めていたのかもしれない。そして自分も優勝したのは良いが、無残にも殺されてしまったということだ」
「冒険者大会の優勝者が毎年失踪しているのは、当然私も知っている。実はね、オーガストが優勝した後、しばらくは私たちが護衛していたの。そのくらいの対策は当たり前でしょ。だけど彼は突然失踪した。自分の意思なのか、それとも何者かに攫われたのかは判らないけど、でも結局は誰かに惨殺された」
そう言うイルザの声は、次第に小さくなっていった。まるで自分の責任で、オーガストが死んでしまったのだと言わんばかりにだ。
「オーガストのことだし、自分の意思で失踪した可能性も充分ある。そもそも魔族の激しい攻撃が及ぶ戦場に来るような変わり者なわけだし、色々と動きたい性分だったのは間違いない。それも、きちんと危険性を理解した上でな」
もちろん俺だって、今後どうなるか判らない。
呆気なくハンターに殺されるかもしれないわけだ。その可能性を理解した上で、俺はクビを突っ込んでいる。
むしろ、俺自身が囮になろうとしているわけだ。
「もっと私の勘が良かったら、オーガストは死なずに済んだかもしれない」
「勘が良くても、巻き込まれて対処できなければ一緒に殺されるだけだ。イルザの実力がどの程度なのかは判らないが、一般論として、背伸びしても良いことは無いだろう」
「今の兄さんには言われたくない。もしかしたら、ハンターに殺されるかもしれないって思っていることくらい、見え見えだよ」
流石に、俺が死を覚悟していることはバレていたか。
「兄さん。私、しばらく一緒に行動したい」
「どういうことだ? 」
イルザの突然の申し出に、俺は困惑した。だが、その意図は何となく分かる。恐らく俺の近くで堂々と監視したいのだろう。
「実はあの書類を渡した後、ずっと兄さんを尾行していたの」
尾行していただと?
尾行されているような気配は感じられなかった。
そうなると、俺の特殊能力に気づいているのだろうか。
曲がりなりにもS級冒険者だ。可能性はある。仮に俺の特殊能力がどういうものか判っていれば距離を取るなりして、何らかの対策はするだろう。
ところで、あの書類を、とイルザは言った。
つまり、イルザからあの行方不明者リストを渡された後……冒険者ギルドを出た後から既に尾行が始まったわけだ。
デニスとの一件も見ていたわけか。
「……本当なのか? 全く気づかなかったぞ」
「まあ、私になりに工夫したから。で、尾行した理由は色々とある。兄さんが誰に接触するのか確かめたかったからね。犯罪集団の関係者なら、絶対にあの書類をならず者たちに渡すはずだと思っていたから」
なるほど。
イルザなりにヤマを張っていたわけだな。
「で、犯罪集団ではなく国家憲兵隊の所属であることが判った今でも、俺を監視したいのか」
「もちろん! 死に急ぐ兄さんを引き止めておかないと」
そう言うイルザの表情は、俺の想像を裏切り、先ほどまでと打って変わり明るく見えた。
「いや……。いや、わかった。ならよろしく頼むよ」
俺はそれ以上口にすることは無かった。




