さくら日記 高校2年生 夏 決勝戦
決勝戦の試合当日は梅雨も遠ざかり、夏らしく青空が広がる晴れであった。
いや、クソ暑いぐらいだ。
夏休み最初の日曜日、多くの家族、クラスメート、学校関係者がスタンドを賑わした。
トキヒコは娘のサッカーの試合は初めての観戦だった。
「リーザ、凄く人が集まってるようだけど、他の試合も観戦する人、多かったの?」
ちょっと驚いた。
「いえトキヒコさん、他の試合は河川敷のグランドですとか、他校のグランドであるとかでした。しかし流石決勝戦ですね、こんな立派な競技場で試合が出来るなんて、素敵ですね」
今日の決勝戦の舞台は市営の陸上競技場。まあ古い施設だけど、しっかり芝生のサッカーコートが1面作られている。スタンドは低く、トラック(グランド)との距離が近い。
何時も土のグランドでボールを蹴っている人が芝生でプレーをすると、凄く上手くなった様に錯覚する程、プレーの質が変わる。ドリブルをすると、ボールが足に吸い付く様な感覚(錯覚?)を持つ。
だけど芝生の上を走る感覚は又、土の地面とは変わる為、注意が必要だ。滑り易い。
それと、芝生の上でのプレーは土のグランドと比べて、陽の照り返しなのか変な暑さも感じる。
いずれにせよ芝生のグランドでのサッカー、、、羨ましい。
グランドに選手達が出て来た!
ユニホーム姿の選手。両チーム共、皆凛々しくてカッコイイ!
「さくらちゃ〜ん、勝てよー!」
「さくらちゃ〜ん、応援してるよー!」
「さくらちゃん頑張れー!」
え?さくらに対して黄色い声援が!
ああ、駅前商店街の皆さん。
「10点取ったらパン50個だよー!」
さ、さくら、何を?
「リーザ、もしかして、別の試合も駅前商店街の方達が?」
「ええ、ええ、皆さんさくらを応援して下さってます。ありがたいです」
ありがたい。ありがたいんだけど、ちょっとな。
キックオフ。
さくらは左前のフォワード、左ウィングのポジションだ。
しかしボールがなかなか回らない。相手チーム相当手練れだ。私でも分かる。
「相手の高校は昨年の優勝チームです。この地区では毎年決勝戦に進んでいて、殆ど勝っているそうですよ」
リーザが横で説明してくれたが、決勝戦の常連校、強豪校との事。さくらの通う高校の女子サッカー部は練習試合も含めて、一度も相手校に勝った事が無いそうだ。
「ああ、ナイスカット!」
女子高生のサッカーと侮っていた。
しっかりサッカーとしてのゲームが成り立ってる。すみませんでした。
球際でもたつく事はあるけれど、ボディコンタクトもあって、思いの外激しさも有る。
だが、俄然相手校が優位に試合を進めている事は否めない。殆ど我が校側のエリアで試合が進んでいる。正に一方的だな。
「おっ、取った」
我がチームの中盤の左の子、上手いな。
「さくらー!」
そのまま前を向いて大きく蹴り出した!今日初めてさくらにボールが向かった。
センターライン付近だが、デフェンダーの背後を取った位置にボールが出た!
「来た!ほいっと、あー」
あちゃー、トラップミス。まあジャンプしてたからなぁ。
さくらがトラップミスしたボールは勢いを増し、前に転がった。ボールは勢いの付いたまま、タッチラインに向かう。
追いかけるさくらは難なくボールに追い着いた。
「えっ!?」
驚いた。あれが追い着くんか!
ライン際でボールに追い着き、ボールを収めたさくらは、ゴール前を見る。
ペナルティーエリア内には敵も味方も誰も居ない。誰もさくらのスピードに追い着けて居なかった。
さくらはドリブルでゴールに向かった。
「うっひゃー、ボールが足に付く。私、いつの間にか上手くなっちゃたの!」
土のグランドと芝生のグランドでのプレーの差が出た。
キーパーと1対1の状況となったが、上手くドリブルで進めた事が嬉しくて、シュート態勢に入る!
「あ、友美に怒られる」
さくらは友美に指導を受けたシュート方法、、、ゴールと自分を1本の線で繋ぎ、ボールの真ん中を見て、体を屈めて足元で、しっかりと蹴る!
キーパーの位置は確認せずに教わった通りに蹴り込んだ!
至近距離で殺人的なシュートがゴールに突き刺さる!先制点だ!
「さくらー!」
敵も味方もやっとペナルティーエリアに入って来たのはゴールが決まった後だった。
「さくらー!」
さくらは歓喜の輪に包まれた!
「よし、好きなパン5個ゲットー!」
何だその喜び?
さくらの快進撃は続いた。
センターサークル付近でパスを受けた友美が、外に逃げる様にドリブルで進むと一人交わした。
「今のエラシコじゃねぇ?」
エラシコ(片足一本でボールを一瞬にして左右に動かすフェイント)を女子高生がやるなんて、、、それも試合中に!
友美はそのままサイドから中に向かって大きく蹴り出し、センタリングとなった。
「さくらー!行っけー!」
さくらに向かって行くセンタリング!しかし、ペナルティーエリアの外付近でボールはさくらの頭の上を追い越した。
だがさくらは、センタリングとなったボールが背中側から頭の上を追い越されたままに、前に来たボールに飛び付きジャンピングボレーでシュートした。
さくらのシュートは対角線状に飛び、ゴール左上隅にドロップが掛かりながら突き刺さった!
「さくらー!」
私は周囲を気にせずに、その場で飛び上がった。
FIFAの年間優秀ゴールでも見られ無い様な見事なシュートが決まった。
一瞬スタンドが静まり返る程のシュートである。
「さくらー!」
「さくらー!」
「さくらー!」
再びさくらは歓喜の輪に包まれた。
「さっすが、『サクラコンビ』!」
チームとしても喜びを爆発した。
「パン、10個だー!」
いやさくら、その雄叫びは何?
その後も、さくらは味方のクリアーボールを収めて、ドリブルで運ぶと、もう一点取った。
さくらがハットトリックを達成して、前半が終了した。
「リーザ、凄かった。さくらって今までの試合でも、あんなに点取ったの?」
スッゲー興奮した!
試合に勝ったと、決勝戦まで勝ち進んだとは聞いていたけど、サッカーはチーム戦だ。一人の選手の力で勝敗が決まる事なんて無い。だけど、こんなにもサッカーが出来る娘、知らなかった。
「はい、さくらは1回戦は3点。準決勝になります2回戦は5点取りました」
いくら女子の試合とは言え、1試合で5点って、、、。
リフティングとかトラップ下手なのに、あのシュート力!ボールに対しては野生の勘か?
「スルガさん」
パン屋さんのご主人だ。
「スルガさん、参ったよ。今日の試合、さくらちゃん1点につき好きなパン5個プレゼントする約束しちゃってさ」
はぁ〜、だからさくらはゴール後にパンがどうとか言ってたのか。
「あ〜ご主人、話し半分でいいですよ。あ、半額にしましょう。いや、私に半分出させて下さい。それでどうでしょう」
いつの間にか、どこでそんな約束してんだよ!
「いや、約束だからね。だからああしてゴールを取った原動力になったのさ」
ああ、パン屋さんの女将さんも。
「だからあのゴールは、私のお陰って事さ!」
「ああ、ありがとうございます」
う〜む。
「さくらちゃん、今日の試合で10点取るっていってたからね。パン50個だよ!」
さくらー、何を考えてるんだー!
「リーザさんのダンナ、さくらちゃん凄いでしょ!」
ああ、八百屋の女将さん。
「ええ、ちょっと驚きました。それと女子高生のサッカーだと侮ってました」
あ、魚屋の女将さんも、、、応援に来て下さるのは大変嬉しいのですが、皆さんお店は?
後半が始まっても、試合の形態は大きくは変わらなかった。
前半と変わらず、ボール支配率、ゲームが進むエリアも圧倒的に我が校側、押し込まれている。
そして後半開始早々に試合巧者の相手校が組織力で2点を返した。
しかしさくらは、後半でも4点取ってしまった。
相手チームはさくらに2.5人のマークを付け、二人がさくらに抜かれても、カバーを一人置く布陣を取った。
すると今度は右サイドに穴が空き、結果として右サイドから運び込まれるボールにさくらが飛び込んだ。
さくらの脚も速かった。1歩目で相手を置き去りにしてしまうので、オフサイドトラップが意味を成さなかった。ボールが出てからの1歩目も早く何度も相手を置き去りにするので、相手守備陣はラインを上げれなくなり、徐々に後ろで守る事になっていった。
そしてスタミナ。さくらは文字通り疲れ知らずで走り回った。
さくらをマンマークした二人は早々に疲れが見え、それも守備ラインを下げる要因になった。
マンマークは疲れる。それは相手の動きに合わせて動く事となるから。試合終盤のさくらはほぼフリーの状態になった。
さくらをマークした二人は気の毒なぐらいだ。さくらは試合が進んでも笑顔のまま、笑って走り回っている。
決勝進出の常連校に初めて勝った。そして初優勝となった。
さくら、我がチーム、よくぞ、よくやった!
私はこのグランドに一緒に立つ選手じゃ無いけど、爽快感と感動を味わった。
でもさくら、パン35個はちょっと待て。




