リーザの妊娠 人間とエルフ
私は慌ておののき、魚屋さんを退散した。
リーザが妊娠してる?と聞かされ慌てた。出来るだけ外見は取り乱さず、でも気持ちはここに在らず、あわてふためいていた。
魚屋の女将さんは冗談では無く、自身の経験と女の勘だと。
『女の勘』ってどうなの?浮気を感じるレーダーじゃなかったっけ?
だけど、リーザに何か『変化』があっただろうとも言われた。
確かに、少しながらも何かいつもと何か違う?とは感じていた。
取るものも取らずの状態で目に入った鰻のかば焼きを二尾、購入し(鰻の蒲焼き大好き。でもお高いから大判振る舞い。栄養価が牛肉よりも高く、妊婦にもってこいだと何かで読んだ事がある。『お祝いだ』とサービスしようとする魚屋の女将さんを振り切るのに苦労したが。)逃げ出すように、魚屋さんを飛び出した。
その足で私達は薬局に寄り、早々に帰路に着いた。
アパートに戻ると、薬局で購入した妊娠検査薬をリーザに渡した。
「リーザ、妊娠しているかも知れない。コレで一度検査して欲しい」
リーザが妊娠しているのか否かは、正直分からない。
でも、いつもパワフルで元気なリーザとはここ数日受ける印象が、そう言われると少し違う気がして来た。何かが少し違うとは感じていたが。
リーザが妊娠検査薬の結果を私に見せに来た。
スティック状の妊娠検査薬の真ん中辺りに結果の出る小窓が有り、判定部分に赤紫色もしくはピンク色っぽく見える線が入ってる。
このラインは妊娠が判定されたサインである。
「リーザ!妊娠してるよ。やったー!リーザおめでとう!ありがとう!」
歓喜だ。
「トキヒコさん、、、私、嬉しいです」
リーザのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。
私も涙が出そうだ。
でも同時に素直に喜べない自分が居る。
「リーザ、申し訳ないけど、女王様を呼んで頂けないかな?出来るだけ早く」
「はい!我が王への報告ですね!」
リーザは嬉しそうだ。
「う、うん」
私は笑顔の裏腹、モヤモヤとした気分である。
「トキヒコさん、ユーカナーサリーは直ぐにでも来て下さるとの事です」
リーザはエルフの里国の王、ユーカナーサリーと念話(テレパシーのような遠隔地にいる相手と思いと心で会話を行う。そうだ)を行ったようだ。
リーザの弾む声が部屋中に響く。なのに私は乗れていない。
「痛たーたたた」
エルフの里国の王、ユーカナーサリーがわが家へ到着した時に私が受ける反応である。いつも少し(瞬間的だが)痛い。
「トキヒコ殿、来たぞ」
エルフの里国の王、女王ユーカナーサリーはわが家の玄関口に立つ。いつもと変わらぬたたずまいである。
リーザが女王様を迎い入れた。
「ユーカナーサリー、リーザが妊娠しました。私達は子に恵まれました」
「おー、誠、正にめでたき事じゃ!」
「我が王、お言葉ありがとうございます」
畏まった場面であったので、リーザはユーカナーサリーを『王』と呼んだ。
「エルフは子が出来にくいが、リーザ、誉よのう」
エルフの里国の王、女王ユーカナーサリーも上機嫌だ。
しかし、、、
女王様をわが家の狭いリビングにお通しした。
「ユーカナーサリー、ありがとうございます」
私は女王の前で両膝でひざま付、頭を下げた。
「リーザすまない。女王様申し訳ございません」
私は一転して詫びた。謝った。
「どうしたトキヒコ殿、土下座じゃな。ハラキリでも行うのか」
ユーカナーサリーは冗談を上手く被せられたと、少し得意顔。
「はい。事と次第によっては、切腹も、、、有ります」
「トキヒコ、さん?」
「女王様、リーザも聞いて欲しい」
トキヒコはブルブルと震えだした。
「女王様、リーザ、、、怖いんです、怖くて死にそうです」
トキヒコは泣き出した。
「私は、私は人間であって、リーザはエルフだ。私達は似ている、凄く似ているけど、生命体として生物としては別の生き物だ」
「私はリーザを愛した、愛している。彼女の身も心も求め愛し、そして抱いた。いつかその延長線上に私達の間に子供が出来たのなら、子供を授かりたいと願った、望みました。でも私達はどこかが違う生命体で有る事にも気付いていたし、知っていた。なのに、、、」
「なのに私は、私は私達が違う事から目を背け、逃げていた。
私はリーザを自分の性の捌け口に使ってしまっていただけだったのでは無いでしょうか、、、」
「怖いんです。リーザのお腹に宿った子が、ちゃんと赤ちゃんに成れるのか、、、
女王様、私をエルフにして下さい!お願いします!」
トキヒコは告白した。自分の持つ恐れ、弱さをさらけ出した。
二人の間に子供が作れるのか、出来るのか。
あの日、ショッピングセンターで親子連れを見た時に沸き上がった疑問と不安。それらを押しやって過ごして来た。
そしてそれが今、現実となってトキヒコを襲った。
「トキヒコ殿」
「、、、はい」
「我の力を以ってしても、お主をエルフにする事は無理じゃ。不可能じゃ」
トキヒコは両膝を着いたまま、ガタガタと震えている。
「仮にな、トキヒコ殿がエルフと成ったとせよ。だがそれはもはやトキヒコ殿では失くなる」
私はエルフには成れ無い、、、。
「確かに人間からすると、我らエルフは異人なる存在じゃろう。しかしトキヒコ殿はその異人を受け入れた。表面的に受け入れたとすれば、それはいつの日か体が拒絶するじゃろう。そんなものじゃ」
「トキヒコ殿は常に健康体じゃな」
私の唯一の取り柄です。両親に感謝してます。
「だからの、トキヒコ殿はエルフなるリーザを受け入れておる。我はな、トキヒコ殿がリーザを受け入れた時点で貴殿の心は半分エルフであると思っちょる」
「心が、、、ですか」
「トキヒコ殿も自身が気付かぬ覚悟を以てリーザを娶った」
覚悟、私はそんな覚悟を持っていたのだろうか。
「それとなトキヒコ殿、我は此度のリーザの妊娠の朗を聞き、エルフと人間とは根本的な所で同じでは無かろうか、部分の面で差異が有るのではと思った。トキヒコ殿とは逆の考えじゃな」
私とは逆、、、私は人間とエルフは別の生き物。別の生き物同士が似ていると思っている。
「考えてもみよ、地球上で異なる遺伝情報を持つキメラと呼ばれる程の生物が誕生したとせよ、しかし生物としてそれらを構成している物は異質と言えど近しい存在達による嵌合体ぞ」
「同じ哺乳類であっても、人間が犬を孕ませられるのか、人が熊の子を宿せるのか、無いじゃろ。それは遺伝子であり染色体がそうはさせん。命の仕組みの一部じゃよ。エルフと人間の間の子、確かに奇跡やも知れん。だがの、確かにここに存在しておる」
、、、ここに、今、、、存在する。
「し、しかし女王様、リーザのお腹の中の子が人として、エルフとして正しい、、、普通の生命体の形を持って育ってくれるのかが不安で心配で怖いんです。赤ちゃんになれるのでしょうか。助けて、助けて下さい!リーザとお腹の子を助けて下さい。お願いします。どうか、何卒、お願いします、、、どうか、どうか、、、」
生きて、とにかく生きて生まれて欲しい。私達、異人の組み合わせによってもしもハンディキャップを持ってしまったら、生物としての形態を持てなかったのなら、、、それは生きて出てくれた者の思いだ。何があってもどんな形であったとしても何としても誕生して欲しい。
トキヒコは女王ユーカナーサリーの足にすがり付くように、再び泣き崩れた。
女王ユーカナーサリーは自身の足元に泣き崩れているトキヒコの背に手を当てた。
「どれ、我がリーザの中におる奇跡な存在を見ようぞ」
そう言って席を立ち、リーザに向いた。
リーザはトキヒコの告白、トキヒコの気持ちを知り、涙を流していた。
「リーザよ、ちとお腹の子を聴くぞ」
女王ユーカナーサリーはリーザを抱えるように背中に向かい両手を回すと、額をリーザの腹部に当てた。
そして目を閉じた。まるで瞑想でも行っている様に、静かに、静かに、、、。
「おう、トキヒコ殿、案ずるな」
女王ユーカナーサリーは立ち上がり振り向くと、トキヒコに笑顔を見せた。
「トキヒコ殿のハラキリは見れんがの、これはトキヒコ殿と関わってしまった我に課せられた責務じゃの」
責務とは?
「我の存在意義はの、エルフの民達を護る事じゃ。故に我はここに誕生する新たなエルフを守り育てる責務があるのじゃ」
よろしくお願いします。ありがとうございます。ありがとうございます。
でも、私達の赤ちゃん、エルフなの?




