ロウとの対決の果て
「トキヒコ、お前は自身の中に神を持つか」
トキヒコはロウを睨みつける。
「ならば、お前の持つ『神』の力でこれらを守るが良い。受け取れ」
トキヒコの前にリュックサックが差し出された。
あ〜私が背負って来た登山用ザックだ。
トキヒコのザックが宙を浮いたまま差し出される。
嫌な予感しかしない。
手を伸ばし、そのザックを持つ。
ずっしりと重かった。
トキヒコが自分の登山用ザックを掴むと同時に、トキヒコの立つ両足幅以外の足場が1メートル四方以外は無くなった。
中身を見るまでも無い。この中にリーザとさくらが入っているのが分かる。
足下には奈落と思われるような暗く黒い空間しか無い。吸い込まれそうだ。
真ん中に一層黒く見える点は『渦』か。
ガクン
右手に持ったザックの重みが増し、小さな足場から引きずり落ちる。
「うぐぐ」
咄嗟に床に両膝と左手で体を支えた状態で何とか持ち堪えたが、そもそもたかが人間が二人分の体重を片手で支えられる分けが無い。しかし、トキヒコは耐えている。
このままでは、足下の奈落へ落とされてしまう。なんとしても足元まで引き上げなければならない。
右腕に掛かる重量と足下に広がる暗黒への恐怖との闘いだ。
ガクン
再び重みは増す。
肩が痛む、腕が痛む、腕が伸びる、筋が神経が伸びる、筋肉が千切れそうだ。
いつまで、どこまで耐えられるのか、思った刹那、トキヒコの右腕は千切れ落ちて行った。
「がああああ」
激痛が全身に走る。
まだだ、まだ左腕がある。
トキヒコはもがく。
このザック。リーザとさくらを足下の奈落に『渦』に落とす訳には行かない!
トキヒコは千切れた右腕の痛みに気が狂いそうになりながらも、咄嗟に左腕を伸ばした。
そしてしっかりとザックの持ち手を掴んだ。
しかし、全身を走る激痛に加え、利き腕では無い左腕で再びこの重量を持ち続ける事がいつまで続けられる事か。
「どうにか、どうにかここまで引き上げなければ」
痛みと絶望感から涙が出た。
トキヒコを包んでいたのは悲壮感と絶望的な中での足掻きであった。
片腕で支え持つ事すらままならない重量と状態の中で、一層の力を込める。
瞬間的に驚異的な力を発揮し、足元の残された空間までザックを投げ上げるように引き上げる事が出来た。
しかし、その反動で今度は左腕までも千切れ落ちてしまった。
「ぐがああああ」
トキヒコは両膝を着き、獣にも似た叫び声を上げる。
安堵する間は無かった。
足元に乗ったはずのザックはズルズルと暗闇に落ちて行く。
まだだ!
トキヒコは膝まづく態勢でザックに噛み付いた。
まだだ!
「オレが守る者達!」
トキヒコは足掻き続ける。
登山用ザックの持ち手を咥えたが、もうそこから体を起こす事も持ち上げる事も出来ない。
トキヒコは両膝を着き頭を足元より下げた態勢でザックを咥え耐え続けた。
歯が折れた。
1本、2本、、、
ガクンとザックの重量が再び増した。
トキヒコの頭は、首から千切れ落ちてしまった。
両腕、首を失った体は力無く、ゆっくりと回転しながら失った部位を追うように暗黒の中へ落ちて行った。
ゆっくりと、ゆっくりと、どれだけの深さを落下したのだろう。
ゆっくり、ゆっくりと。
その時、部位を失った体の背中辺りが光を出した、
目では見えないほど、か弱き小さな光。
その光は糸となり伸びる。
光の糸は伸びる長さと共にその速度を増し、輝きを増し、やがて光の早さで暗黒の中を駆け巡った。
そして、トキヒコの千切れた右腕を結び、次は左腕、歯、頭、そしてトキヒコの登山用ザック。
それらを結び繋げても光の糸は止まらない。
無限の様に伸び続け、暗黒を駆け巡り、結び留めた物達を今度はぐるぐると包み出し、大きな輝く繭となった。
トキヒコは夢から覚めるように目を開いた。
どうやらあのザックの中のようだ。
目の前にはリーザとさくらが目を閉じた状態でここにいる。
リーザ、ぼくの太陽。
さくら、私の輝く星。
ああ、こんな形で最期を迎える事になってしまったが、こうして三人でいられるとは何とも幸せな事か。
不幸にして死に目に会えぬ、別れの言葉が伝えられない、、、そういった者達の方が圧倒的に多いはずだ。なのにオレはこの様な形で最期を迎える事が出来るのか。
それこそ神の慈悲なのかな?皮肉だな。
ふっと微笑むとトキヒコは消えた。




