剥がれ落ちた青春期 友の死
「、、、トキヒコ、、、死にそうだ、、、」
唐突に、電話口でそう言われると、電話の相手が替わった。
「、、、はい、、、はい、、、では明日、お伺いさせて下さい」
電話の相手は藤下 勝己、大学からの友人であった。
大学2年の時、勝己と出会った。
後にも先にも、あれ程人を殴り、殴られ、、、壮絶な喧嘩が私達の出会いであった。
今となっては、お互い何かが気に入らなかったんだろう。細かいケンカの原因は忘れた。
大学2年の夏季の休講前日の夜、私達は学校内の薄明かりの下で殴り合った。
私が目を覚ましたのは、病院のベットの上であった。
右手中指骨折。左手も人差し指と中指が骨折(骨にヒビ)。左顎下骨折、、、全治1ヶ月。
顔も打撲で腫れ上がり、左の奥歯も折れていた。
目を覚ました時は、腫れてる顔が痛みと熱を持っていて、息苦しかった。
体も節々が痛み、折れた両手は動かすと痛みが響いた。
コテンパンにやられた。
「オレはベットの上、、、病院送りだ、マンガみたい、、、ハハハ、、、」
相手を思った。
「あいつは、ピンピンしてるのかな、、、」
「オレは、、、負けたのか、、、」
そう思うと涙が出た。痛みでは無く、悔しくて涙が出た。
ケンカ相手と再会したのは、入院している病院だった。
私は1週間で退院し、検診の通院の1回目、そいつとは待合室で再開した。
そいつは車椅子に乗り、右手に私と同じ様にギブスが付けられ、首にもギブスをしていた。
相手と目が合う。
私は迷わず、そいつの車椅子の隣に空く長椅子に座った。
「よう」
返事が無い。
「派手にやられた、、、そっちの具合はどうだ?」
顎の痛みが残っていたので、ちゃんと発声したのかは、分からない。
相手は目を合わして来なかった。
「無視すんなよ」
相手が睨んで来た。
「お前のせいで、今シーズンは試合に出れなくなった、どうしてくれるっ!」
彼の名は藤下 勝己、ラガーマンだ。
同じ2回生で、ラグビー部に所属している。
でも、今回のケンカの怪我の治療の為、夏の強化合宿、秋から始まるレギュラーシーズンを外されたとの事。
オレだって、この夏休みにバイトして、バイクを買う予定がすっ飛んだ。お互い様だ。
「お前の右足のギブス、どうしたんだ?」
「お前が踏んだからだよ!」
彼の動きが素早かったので、狙って踏み付けた。でも彼は、足をオレに踏まれたまま殴り掛かり、結局それがKOパンチを貰う事になった。
「オレが起きたら病院のベットだった。でも、お前のこの姿を見たら、オレの勝ちか?」
「オレは倒れなかった。だから、オレの勝ちだ」
我々二人は、このケンカの勝ち負けが、もうどうでも良くなっていた。
お互いに右手にギブスをしていたので、握手が出来なかったので、拳を合わす格好を取った。
「あガー!」
「痛ってー!」
二人共、右手は骨折していた。
「お前バカだろ!」
「お前だろ、ゴリラ!」
そう言って、大声で笑い合っていたら、数人の看護婦さんに取り囲まれて、怒られた。
「リーザ、私の友人のお見舞いに行くんだけど、付き合ってもらっていい?」
私は、一人で彼の病室に向かう勇気が無かった。
「はい、問題ございません」
「さくら、さくらは留守番だ。明日は部活あるのか?」
中学2年生のさくらは、春になれば3年生となり今年は受験生だ。
「ううん、お留守番してま〜す」
「女王様が来られたら頼むな」
「はい!」
返事は、いいんだが。
勝己とは、良くつるんで遊び歩いた。
夜の繁華街を走って逃げたり、徹マン、カラオケ、ビリヤード、お互いの部屋で籠ってテレビゲームをやっていたり、、、ほぼ一晩中、何度不健全な朝を迎えただろう。
遊び疲れて迎える徹夜明けの朝日は、目を閉じていてもマブタの上からに刺さる様に痛く、オレンジ色に見えた。
「リーザ、お見舞いに花屋に寄ろう」
病人へのお見舞いだからな、花束でも、、、いや。
「すみません、コレ下さい。簡易的でいいのですが、お見舞い用に何か飾れます?」
私が選んだのは、鉢植えのチューリップである。
「トキヒコさん、ご入院されている方に対して、鉢植えの花は如何でしょうか?」
「いや、リーザ、、、コレでいい、、、コレでいいんだ、、、」
病院に着き、ナースステーションを経由して、彼の病室に連絡してもらい、彼のご両親を呼んで頂いた。
ナースステーションに来られたご両親に案内して頂き、彼の入院する病室前に着く。
入れない。
帰りたい。
私の体は、震え出した。
入れない、、、。
しかし、私に対して病室のドアを開けて頂いている。
病室に一歩入る。
そしてカーテンが動かされる。
彼は、居た。
ベットに眠る彼は痩せていた。
身長は180cm、体重は100kg越え、太い首に手足、熊だかゴリラの様な典型的なラガーマン。
そんな姿が見る影も無かった。
ベットに眠る彼は、別人であった。
私はその姿を見た途端、ボロボロと涙が溢れ出し、止まらなかった。
オレが人より多くメシを食うのも、お前のせい。
タバコを吸うようになったのも、お前のせい。
美人が苦手になったのも、お前のせい。
危険を察するようになったのも、お前のせい。
結果を恐れなくなったのも、お前のせい。
逃げ足が早くなったのも、お前のせい。
大男に物怖じしなくなったのも、お前のせい。
悪あがきをするのも、お前のせい。
お前がいなくなったら、、、お前のせいに出来なくなるだろっ!
「、、、なんだトキヒコ、、、来たのか、、、」
私は涙を拭い、彼の寝るベットの横に置かれた椅子に座った。
「何だよ、生きてるじゃんか」
「ああ、、、まだな、、、」
彼に慰みの言葉は要らない、、、いや、掛けれなかった。
私の何時の態度を彼も望んでくれている、、、だろう。
「ああ。お土産持って来た。お前に似合わない、花だ」
「トキヒコ〜、相変わらず常識無いなぁ〜。鉢植えは入院が長引くからって、見舞いにはNGだぜ」
思ったより、喋れるな。
「ああ、知ってる。お前みたいな危ないヤツは病院から出て来てもらっちゃ困るから、入院を長引かす為に決まってるだろ」
ここに長く居ろ。少しでも長く、、、。
「しかし、お前痩せたら中々の男前だな。もっと早くにダイエットすりゃあモテモテだったのに、残念だなぁ〜」
「お前、オレが男前だったって、知らなかったのか」
「知らねーよ」
「トキヒコ、、、」
痛むのか、、、
私はリーザを手招きする。
(「リーザ、彼の痛みを少しでいい。柔らげる事は出来るかな」)
リーザは黙ってうなづいた。
「勝己、オレの嫁さん、リーザだ」
痛むのか、我慢してるな。
「リーザ、オレの親友の勝己だ。彼の手を握ってあげて」
リーザはベットの横の椅子に着き、勝己の手を取る。
勝己の右腕も痩せ細り、チューブが繋がれていた。
「勝己、カワイコちゃんに手を握られると、痛みが薄れるって、講義で習ったろ。忘れたか?」
痛みが(多分)引いた勝己が、驚いているのを感じる。
「しかし、オレ達は良く走ってたなぁ~」
「ああ、、、お前がいつも無茶するからだ、、、」
「オレのせいか?」
「ああ、、、お前のせい、、、だ」
「そっか、そうだったか?」
「なあ、トキヒコ、、、」
「何だ」
「まだ、走れるよな、、、」
「ああ」
「なら、走れ、、、」
「ああ」
「なあ勝己、勝てないのか」
「ああ」
「お前は負け試合が、好きだったからな」
「ああ」
負け試合、、、彼は負けると分かった試合でも諦めずプレーをした。
「でも、まだ負けて無いんだろ」
「ああ」
「笛を吹くな。ノーサイドの笛をお前が吹くな」
「ああ」
ここに居たい。早く帰りたい。こいつが死ぬまでここに居よう。ここに居られない。
「今日は帰るけど、ひとつ約束しろ」
「何だ?」
「今日持って来た花な、後1週間もせずに咲くそうだ」
「ああ」
「何色の花が咲くか聞いて無い。だから、何色の花が咲いたのか、オレに教えろ」
彼はもう、、、
「また来るから、その時に教えろ」
「ああ」
「いいな、約束しろ」
「、、、オレとお前で約束なんてした事あったか?守られた事有ったか?、、、お前、結婚してるし」
オレ達は約束なんて必要無い、しなくてもいい関係だった。
恋人以上夫婦未満、、、それこそ、親違いの兄弟であったのだろうか。
「無い」
「だろ」
「だけどさ、死ぬ前にひとつぐらい、、、いいだろ」
「ああ」
彼の病室を後にし、病院を出た私は、その場で崩れ、声を上げて泣いた。
何事かと、病院関係者が建物から慌てて出て来る程に。
彼は死ぬ。別れの言葉は交わさなかったが、それは思いも寄らぬ程早くに。
それぐらいは感じる。彼も思ったのだろうから、私を呼んでくれたのだろう。
死は来る。私にも来る。
私にはリーザよりも先に死が来る。
残された者は悲しい。
悲しいが、次に進めねばならない。生きているのだから。
2日後、彼の母親より連絡を頂いた。
彼は私の事をあの自分の姿を一番見られたく無い相手であり、一番会いたい相手であると言ってくれたそうだ。
私は連絡を受けたが、涙は流さなかった。
だけど、わたしの身体から『青春時代』と刻まれた部分の大半が、剥がれ落ちた気がした。




