珍客 漂う黒き者
「少し遅くなっちゃったな」
私はポケットから鍵を取り出しアパートのドアの鍵穴へ差し込んだ。
その時、地面にあった足元の影が『すー』と垂直に伸び、目の高さまでになった。
それは人のような形を作り、そしてその口許と思われる場所が開いた。
「こんばんわぁ」
立ち上がった影は、言葉を発した。
「ああ、今晩は」
私は連られて返事をした。
「へっぇ、驚かれないぃんですねぇ」
エルフを妻に持ち、ハーフエルフの娘を持つ事以上に、この現代社会において驚きはなかなかに無いから。
「私を驚かす事は、、、ちょっと難しいかもね」
この動いた影を別段気にも止めず、私はドアを開けた。
「いぃやちょっとぉ、ヒトとぉ話せたぁの初めてなぁんですぅよぉ」
はあ?
「少しぃお邪魔ぁしてもぉよろしぃいでしょうかぁ」
う~ん、早くさくらの顔が見たいし、リーザのご飯も食べたい。
この影、初対面なのに、ずうずうしいぞ。
「まあいいですけど、、、絶対に私の邪魔をしないでね」
「は、はいぃ」
「約束出来る?」
「は、はいぃ」
ドアの向こうで、リーザが出迎えてくれていた。
「ただいま、リーザ。さくらは?」
「はい、おかえりなさい。さくらは寝てますよ」
リーザは口許に指を一本当てて『シー』のポーズをした。可愛い。
「トキヒコさん、後ろの方は?」
狭い玄関の私の後方に、あの影が立っている。
「ああ、なんかお客さん。いや珍客だな」
「こんんばんわぁ、奥様ぁ」
「はい、今晩は」
リーザも驚かないので、この影がたじろいたような気がした。
「娘が寝てるから、静かにね」
「は、はいぃ。おじゃまぁしますぅ」
私は手洗い、うがいをし、いそいそとベビーベットへ向かった。
リーザと二人して並んで膝で立ち、柵を掴んでベビーベットを覗き込む。
生まれて6ケ月となる『さくら』がスヤスヤと眠っている。
あ~寝ちゃているのは少し残念だが、かわいい。
ずーと見てられる。
リーザとピッタリくっついて寝ている愛娘を見ていられる幸せ。
「トキヒコさん、お夕飯は?」
リーザが小声で言ってきた。
「うん、ご飯にしよう。リーザは?」
「はい、私は先に少し頂きました」
食卓にはすっかり主婦業が板に付いた、リーザの作った夕飯が並ぶ。
お肉の類は何時も多めにしてくれる。
今夜は、野菜も多い豚肉入りの野菜炒めがメインだ。味噌汁も有る!そして辛し明太子。
リーザ、本当に料理が上手になったなぁ〜。味付けもすっかり『リーザ味』に染められちゃったよ。
「いただきます。うんうん、美味しいよ。あ、女王様、ユーカナーサリーは?」
「はい、本日も来て頂きました」
エルフの里国の王、女王ユーカナーサリーはリーザの妊娠が判った時から、さくらが生まれる時も生まれた後も、何かと気に掛け~実際に魔力も行使しつつ~、ほぼ毎日エルフの里国より通って来て、見守って下さっている。
さくらが人間とエルフとのハーフという稀な存在の為に生物的な面から未知数な点が多く、女王自身の魔力でもって観察して頂いている。
『未知数』のもう一つに、さくらが何かの“秘めたる力”を持つ事が推測されていて、そちらの観察と調整も(魔力的な力を抑える事も)行なって頂いている。
また、エルフの持つ『術』の能力(まあ魔力)がさくらが持つ『人間の部分』の生育(肉体や脳、精神的)に悪影響を及ぼさないかの制御と調整も行って頂いている。
感謝しかない。
「女王様には足を向けて眠れないなぁ」
まあ、エルフの里国がどちらの方向に有るのか分からないのだが。
「リーザ、私の帰りを待たずに夕飯を先に食べちゃっていいよ」
リーザは私の帰宅を待ち、揃って食卓に着く事をしてくれている。
「乳幼児を育てていると、ご飯をしっかりと食べる暇が無いって聞くから」
目を離せられないし、決まった時間を長くは寝てくれないって聞く。
「大丈夫ですよ」
ウフフと、リーザが笑う。
「さくらは大変にいい子ちゃんみたいですし、ユーカナーサリーもご協力頂いてまして、乳幼児の子育てとしては私は楽をさせて頂いているのかも知れません」
「そして、毎日嬉しいです」
リーザ、いい顔をする。でも、そんなリーザの言葉に安心してしまうが、育児ノイローゼとかなんちゃらブルーとかあるので、リーザの状態は出来る限り見て、感じてあげたい。
「何だかんだ言っても、育児をリーザひとりに押し付けちゃってるから、色々と心配。調子が悪い時はためらわずに言ってね」
リーザの機嫌や体調の悪さは嘘を付けない(嘘が苦手な)エルフの特徴から容易に観察は出来る。
しかし、今のリーザの生活上の接点は女王様、ユーカナーサリーの訪問しか無いだろう。
女王様の訪問はリーザに育児から来る孤独感を柔らげて下さっているのだろう。女王様に再び感謝!
「ご心配無く。ダメな時はトキヒコさんに甘えさせてもらいます」
うわぁ〜、色々な意味合いを想像しちゃうよ。
リーザの作ってくれたご飯は美味しい。体重は確実に増加中。
さくらが育つとは別の意味で、私が育っちゃってるよ。
「さて」
あの影はおとなしく廊下に立っていた。
いくら邪魔しないでと言ったものの、来客者に対してちょっと失礼だったな。
私は影に手招きして、食卓のひと席を勧めた。
しかし、影は椅子が引けずに困っていた(風に見えた)。
私は椅子を引き、影が座れる位置にした。
リーザと揃って三人(?)座った所で、
「『漂う黒き者』ですか?」
とリーザが口を開いた。
「え?漂う黒き者?」
「はい、時々ですが、エルフの里国にも迷い込む者がいるようです」
へえ~。私は以前ネットの動画で少し騒がれていた『シャドーマン』と重ねていたが。
『シャドーマン』『シャドーピープル』とその呼び名は多種あるようだが、世界各地で目撃談に写真や映像まである(フェイクや合成で無かったらだけど)。
その形も人型であったり、上半身や下半身だけの体の一部分に見えたり、形が定かで無い塊やモヤモヤだったりする。その大きさも小人や大男等まちまちである。
わが家に訪問して来た『影』は普通の人の形をした、人間の影みたいだけど、白っぽいモノだったり、透明で空間の歪みに見えたり、陽炎の様にモヤっていたり、、、見た目の感じ、色、形、大きさと様々みたいだ。
その存在は、地球外から来た何かや、UMA(未確認生物)だとか、異次元の住人、平行世界からの来訪者、幽霊や霊魂だとか、、、憶測や推測も様々で、分かっていない。
「私は報告を受けました事があるだけで、この者がその者と同じかどうかは分かりませんが」
エルフの里国でもシャドーマン出現!
「特徴としては聞き及んでいるモノと同じきモノと思われます。ただ、その者が特定の場所に留まっていたり、声を発したり、もちろん会話をしたなどとは聞き及んでません」
聞かずにはいられまい。
「影、あなたは何者?」
『影』は一応、勧めた椅子に腰掛けているように見えるが、実際は不明。
その体に触れれるのか、触れれ無いのかも不明。真さしく『影』で、向かう側が少し透けて見える。
生物なの?違うの?不明。
「私、、、私はぁ、存在を~しているのでぇしょうかぁ?」
影の身の上話しが始まった。




