GW⑤
様々な食器や調理器具が綺麗に整頓され、ステンレス製のシンクも鏡面のような輝きを放つ料理人たちの聖域、調理場。
今は、一定のリズムでトントンと食材を切り分ける包丁の音が響き渡り、鍋の水が沸騰する音が周囲に流れている。
そんな神聖ともいえる場所にいる俺たちバイト組4人。
「あ~~、今日も一日働いた働いた。村越さん今日の賄い何っスカ?」
俺は、調理場のテーブルに並べられた椅子に座り、村越さんと晃が作る料理をテーブルに項垂れながら待っていた。
「今日は、きつねうどんと木の葉丼だ」
晃が料理の手を止めずに、口だけでそれに答える。
「え~~、お肉はお魚はマグロは~~??」
椿もテーブルに項垂れたまま顔だけを村越さんの方に向けて抗議の言葉を浴びせる。
「バイトの分際で、客と同じもん喰えると思うなよ。喰いたかったら自分で食材取って来るんだな。そうすればいくらでも調理してやんぜ」
椿の抗議に村越さんも料理の手を止めずに口だけで答える。
「ケチケチですね。女性にはもっと広い心で接しないと婚期が更に遠退きますよ」
「人を行き遅れみたく言うんじゃねぇ!」
拗ねるカノンとツッコむ村越さん。この光景にも最近見慣れたきた。
「まぁまぁ。肉や魚が無くても村越さんと晃さんの料理は十分うまいじゃないですか。旅館の和食って、他のチェーン店じゃ比べものにならないくらい本格的ですし」
「圭吾いいこと言うじゃねーか。おっしゃ!お前には特別に刺身付けちゃる」
圭吾のフォローと村越さんのサービスも毎度のことだ。
多分圭吾もそれを狙ってタイミングよく村越さんをよいしょしているのだろう。こいつはさわやかな顔して計算高いというか腹黒いのだ。
「(椿さんカノンさんにも後で、分けてあげますね)」
「((圭吾くん、愛してる~!))」
甘やかす圭吾と、甘やかされる女性陣の光景も毎度のことである。
さて、俺たちバイト組はGW初日の大宴会後、通常の業務と毎夜繰り広げられるサプライズイベントを順調に熟し、残すところあと一日でバイト期間も終わりを迎えようとしている。
毎夜繰り広げられるサプライズイベントは、初日のような大規模なものではなく、花火大会やバルーンアート、スーパーボールすくいや綿あめ、かき氷等のプチ屋台等の至って常識的かつ平和なものだった。
話によれば、初日のものは極楽蝶名物としてGW初日のみに行う伝統行事なのだとか。
初見の人たちはびっくりするだろうが、それを目的に初日から宿泊する常連の人たちも多いようで、集客効果は毎年増加の傾向を辿っている。
余談だが、あれだけのイベントを行ってもコストは全くと言っていいほど掛かっていない。
ほとんどが旅館従業員と俺たちバイト組で司会進行から出し物全般すべての作業を行い、食材や衣装はほぼ自前のものを使用し。一番コストが掛かるマグロに関しては自前で収穫調理することによってこれでもかというくらいコストが削減されている。
これらをすべて見越した上で人事採用を行っているのだとすると、奈美さんの手腕はさすがの一言だ。
利用できるものは何でも利用し、最小の経費で最大限の利益を得る。
恐るべし極楽蝶。恐るべし奈美さん。
そうこう考えている内に村越さんと晃の調理が終わり、俺たちの前に料理が7人分並べられた。
「そら出来上がったぞお前ら。ありがたく喰いやがれ」
「あれ?村越さん1人前多いですよ?」
俺たち四人と村越さんに晃の分を入れて6人分のはずだが、テーブルの上には7人分の料理が置かれている。
不思議に思って疑問を投げかけたと同時に調理場へと入ってきたのは、女将姿の奈美さんだ。
「それは私の分よ。あ~今日も一日疲れたわー。村越君一杯もらえる?」
そう言いながら俺たちと同じテーブルに座った奈美さん。疲労が溜まっているらしく肩をトントンと叩きながら首をグルグル回している。
しばらくすると、村越さんが冷蔵庫から栓を抜いたビール1本とグラスを2本持ってきて、奈美さんと自分の前にグラスを置き、ビールをトクトクと注いだ。
「お疲れさまです奈美さん」
村越さんと奈美さんはカンとコップを鳴らし、一気に中身を飲み干した。
「(ゴクゴクゴク)くぅ~~。やっぱり仕事の後のビールは最高ね。あ~骨身に染みるわ~」
軽快に喉を鳴らしながら体全体にアルコールを一気に流し込む奈美さん。
「オヤジ臭いわよ奈美さん。もっと女将らしい淑やかな飲み方とかあるでしょう」
そんな奈美さんの姿にヤレヤレと言いたげに椿が苦言を放つ。
「いいでしょ誰も見てないんだから~。それにあなた達の前だから素の自分でいられるんじゃない」
そんな奈美さんの言葉に俺たちは嬉しく思う。なんだかんだ言っても、みんな奈美さんのことが好きなのだ。
そんな奈美さんが素を見せてくれるのだから嬉しく思わないわけがない。
「さぁ、冷めないうちに食べましょうか。みんな今日も一日ご苦労さま」
奈美さんの言葉を聞き、みんな笑顔で答える。そして、いただきますと一礼して食事に手を付けた。
夕食を終えた一同は、食後のお茶を飲みながら、まったりとしてる。
「みんな、今日まで色々大変だったけど、よく頑張ってくれたわね。おかげで今年も大 況だったわ。特に初日の大イベントはうちの名物だから失敗するわけにはいかなくてね。特に晃くんのマグロに椿ちゃんの司会のおかげで例年よりも盛り上がってお客さん達も大喜びしていたわ。京介くんとカノンちゃんの接客に対してもお客さんや従業員のみんなから高い評価をもらっているし、圭吾くんも即席だったけど、立派に熟してくれて、私は、いえこの極楽蝶は、みんなに助けてもらったわ。本当にありがとう」
深々と頭を下げる奈美さんに、俺たちは胸の中が温かくなるのを感じた。
「ということで、来年も是非――」
「「「「絶対にやりません!!!!」」」」
4人のシンクロ率が400%を超えた瞬間だ。
「うふふふ。大丈夫よ。去年、椿ちゃんも同じセリフを言っていたけど、現にここにいるわけだし、来年もみんなでうどん食べてる姿が想像つくわ。というか、これだけの成果を出して私から逃げられると思っているのかしら?」
奈美さんの笑顔が怖い。免疫の無い圭吾なんか顔が青ざめて固まっている。
あ~。もう俺たちに平穏なGWが来ることはないのだろう。未来が視える来年もここでうどんを食べている7人の姿が。
「まっ、来年のことは来年考えるとして、みんなに朗報よ。今日で臨時バイトは終了です。みんな今までよく頑張ってくれたわ。バイト料はその分上乗せしてるから楽しみにしてね」
奈美さんはそう言い終わると、かばんの中からそれぞれの名前が書かれた封筒を取り出すと、俺たちに手渡した。
「あれ?GWはあと一日残ってますよ??」
俺は、封筒を受け取りつつ、誰もが疑問に感じていた言葉を発した。
「明日は新規のお客さんもいないし、午前中で宿泊されているお客さんも帰るから、助っ人がいなくても大丈夫なの。だから、一日ぐらいみんなで遊んでらっしゃい。晃くんも、今日で上がってくれて大丈夫よ。また臨時で頼むこともあるから、よろしくね。それじゃぁ、私と村越くんは部屋でもう少し飲んでくるから、みんな今日はゆっくりしていってね」
そういいながら、一升瓶を抱きかかえた奈美さんと村越さんは厨房から姿を消した。
残った俺たちはみな期待を胸に封筒の中身を確認している。
「やべっ!思ったより遥かに多い」
「あたしもよ。去年よりも多いわ」
「私のバイトでも一か月でこんなに稼げない」
「僕、初めてこんなに諭吉さんに見つめられました」
俺たち4人はそれぞれが感嘆の意を吐露している中、晃だけが封筒を覗き込んだまま固まっている。
「おい晃どうしたんだよ。多すぎてビビっちまったのか」
俺はふざけながら晃の肩に腕を回しチラっと封筒の中身に視線を落とした。
そして俺もまたフリーズしてしまったのだ。
「お、お、お、おまえこの厚みはおかしいだろ?!」
明らかに晃の中身は俺たちの2倍以上の厚みがあったのだ。
しばらく固まっていた晃はそっと封筒を懐に入れると決意新たな目で俺を見つめている。
「京介、来年も俺絶対にマグロ釣り上げてくる!夢のマグロ漁船にレッツゴーだ!!」
まんまと奈美さんの策略に陥り来年もマグロ調達を決意する晃であった。




