GW④
いよいよ始まったとんでもイベント。
日本の旅館でここまでのサービスを行う旅館はこの極楽蝶以外に無いと思う。
というか、奈美さんだからこその発想なのだ。
普通は伝統やら常識やらで物事を考えるはずのトップならこんな発想はまず生まれてこないだろう。
とにかく、このサービス…いや、サービスというのも甚だ疑問の残るこのイベントはすごく受けがいい。
それも老若男女問わずにみなが大いに楽しんでいる。
それだけは間違いない。
奈美さん持前の話術もさることながら、ここの従業員の技能レベルが高すぎるのが主な要因であろう。
どこの旅館に、本職仲居の元ストリートダンサーギャル集団や本職バス運転手の元お笑い芸人がいるんだ。ってここにいるのだけれど、明らかに本職とのギャップが有りすぎる。
この旅館の従業員の履歴書一回見てみたいわ~。
次から次へと繰り出される従業員の隠し芸に周囲は大いに盛り上がっている。
一部、清楚な仲居さんイメージとのギャップに困惑と涙を流す男性もちらほら。
「さて、そろそろ小腹が空いてきた方もいるかもしれませんね。そんな皆様に御朗報です。なんと当館料理人が今年マグロ解体のライセンスを見事取得致しました。はい、拍手~!」
奈美さんの煽りに盛大な拍手と歓声が巻き起こる。
ノリが良すぎたお客様。
「そして何と何と、今朝本マグロ1匹を見事釣り上げたとのことです。っと、ここまで説明すればみなさん察しが付きますよね」
奈美さんが勿体ぶるように周りを眺めながらニヤニヤと笑っている。観客も大いに期待を胸にその言葉を待っているようだ。
徐に奈美さんがマイクを握り直しその場でクルリと一回転、腕を肩からまっすぐ伸ばし人差し指をピンと突き出したポーズを取りウインクしながら観客が待ち望んだ言葉を発した。
「マグロ解体ショーいってみようか!!」
その言葉に今まで以上の歓声で答える観客たち。
「それでは、本マグロとそれを見事釣り上げた当館の料理人に登場してもらいましょう!!」
またまたとんでも野郎が出てきたよ。
釣り人な料理人なら普通だろうけど、マグロ釣ってくるってどうよ?
規模がおかしくない?
というか、そんな人この旅館にいたんだ。
村越さんならマグロの一匹や二匹釣ってきそうなもんだけど、村越さんは旅館の料理長だからな。
一体どんな人なのだろうか??
そうこう考えているうちに、まずは丸々と油の乗ったマグロが大きな台とまな板の上に乗せられ運ばれてきた。
しかも、それを運んできたのは魚の被り物をした椿とカノンだ。
無駄に似合っている。
そして、ねじり鉢巻きに紺色の作務衣、白色の腰掛けを着込んだほどよく日焼けした体格のいい男性が登場………うん?何だか見たことがあるぞあのシルエット??
「ご紹介いたします。当館の若き料理人、河野 晃くんです」
そこには拍手喝采を浴びて満更でも無い表情の晃が観客達に手を振っている。
そうか。そうか。お前も奈美さんの魔の手から逃げられなかったんだな。
ここに、本職バイク屋にしてマグロの達人という異色メンバーが極楽蝶の一員に登録された。
「ご紹介いただきました、河野晃と申します。今回初めてのマグロ解体ショーとなりますので、御見苦しい所をお見せするかもしれませんが、御了承ください」
ペコリと頭を下げる晃。
その後ろから、椿とカノンが法被を羽織り、ベルを鳴らしながらナレーターを務めるようだ。
「それでは、まずこの台に乗っているマグロの説明を致しましょう」
椿の説明に対し、カノンが絶妙なタイミングでベルを鳴らし、晃は大きな包丁を研ぎながら観客達へのアピールを行っている。
「そもそもマグロって言うのはですね、スズキ目サバ科のマグロ属に分類される大型の肉食魚であって、世界中の海を泳いでいるんですよ。英語ではツナと言って、これはラテン語のツンヌスから来ているそうです」
椿のマグロうんちくに子供達が
「マグロはマグロじゃなくてサバなの?」
という素朴な疑問や
「ツナってマグロのことだったんだ!」
という事実に歓喜するなど大人たちを交えて楽しそうに語らいでる。
椿の説明の傍らでは、晃が、マグロの頭を包丁でスパッと落としている。
「マグロ属は、クロマグロ、タイセイヨウクロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、ビンナガマグロ、キハダマグロ、コシナガマグロ、タイセイヨウマグロの8種があって、その中でも本マグロと呼ばれるのは今解体しているクロマグロだけなんですよ~。みなさん知っていましたか??知っていた人手を挙げて!」
誰も手を挙げない。そりゃそうだろう。そこまでマグロを追及する人ってそうはいないと思う。
そんなことを考えているうちに晃によって、あっと言う間にマグロの1/4(しぶいち)が切り出されました。
生マグロの身はとても柔らかいので身が割れない様、俺とカノンの二人がかりで慎重に板に乗せている。
「誰もいませんね~。それじゃこの機会に覚えて帰って下さいね。これだけのみなさんが知らないってことは、きっとお友達の中で知っている人はいないはずですよ~」
椿の言葉に目を輝かせている子供たち。
ただ、思ってしまう。
絶対に盛り上がらないネタであると
“ねぇねぇ知ってる、本マグロって呼ばれてるはクロマグロだけなんだよ!(ドヤー)“
“へぇ~、そーなんだ~“
“………”
何か、いろいろとごめんなさいな知識だ。
「そういえば、マグロがなぜマグロと呼ばれているかご存知ですか?目が大きくて黒いからという説もあれば、常温にさらしておくとすぐに真っ黒になってしまうから説など、さまざまな説があるそうです。その中で、クロマグロは背中が黒々としているからクロマグロと呼ばれていて、泳ぐ最高速度も160キロと魚雷並み、しかも睡眠中も泳いでいないと死んでしまうというからびっくりですよね。私たち人間にしてみれば常に全力疾走しつつ寝ていることになります。ぶっちゃけ無理ですね~」
椿は走るポーズをとったり、額を拭う動作をしたりと、観客にボディーランゲージを交えつつ解説を行っている。
そんな中、マグロの中落ちを一気に剥がしていく晃。表情は真剣そのものだ。
「見てください!この一気剥がしなる技によりマグロ本体・中落ち共に身を汚すことなく中落ちを切り外すことができるのです。マグロ解体ショーですからおいしいお刺身は譲れませんよね。だから軟らかな身を動かすことなく胴体をふたつに切るのです。さぁ、ここまでかかった時間はだいたい10分くらいですね。それでは、これから刺身に握り、カマの塩焼きに、マグロの尾醤油焼き、赤身、中トロ、大トロに兜焼き。さぁさぁ好きな部分をお客様方にオーダーしてもらいましょうか!!」
晃の解体ショーと、椿の役立つかどうかの微妙なうんちくが終わり、いよいよマグロが観客に配られる時間がやってきた。
しかし、これだけの人数にどうやって公平に配るのだろう?
ここは日本人大好きじゃんけん大会の始まりだろうか?
「ちなみに、みなさんは、私の懇切丁寧な解説をちゃんと聞いてくれていましたか~?ちゃんと聞いてくれていましたよね」
ん?なんだろうこの前振りは??
「ここでみなさんに残念なお知らせをしないといけません。見ての通りみなさんの目の前にあるのは何処からどう見てもマグロが一匹だけ。希少な部位も限られた数量しかありません。だから残念ながら希少の部分はみなさんが全員食べてもらうことができません」
椿が残念そうに俯きながら語る。
「なので、公平を期する為に、これからクイズ大会を始めようと思いま~す。クイズの内容は至ってシンプル。ちゃんと私の解説を聞いてくれていれば、大人から子供まで誰でも正解できますよ。聞いてくれていればですけどね。さぁそれじゃぁ、分かった人から元気一杯挙手してくださいね」
椿の説明に絶望する人や歓喜する人。子供に託す人や必死に味方を見つけようとする人たち。
そうして始まった、クイズ大会は大盛況に幕を終えたのである。




