GW③
「ようこそ当旅館極楽蝶へ。いらっしゃいませ」
「「「「いらっしゃいませ」」」」
奈美さんの一礼に続き従業員の仲居さんと俺たちバイト組のメンバーが恭しく斜め45度に腰を折り、頭を下げる。
淡い赤紫色の作務衣と淡い緑色の着物を着用した俺たち4人は、期間限定の即席バイト員という雰囲気を全く感じさせない熟練度を身に着けており、他の従業員・仲居さんと並んでも一般のお客様にはその見分けがつかないだろう。
なにせ、奈美さんと去年経験済みの椿にGW前徹底的に仕込まれたのだからな。
俺なんかはまだ自衛隊の時に姿勢だの礼儀だのと素養を叩き込まれているので、ある程度は対処できたので、そこまで苦戦はしいられなかったし、現役ウェイトレスのカノンもある程度馴染みがあるので、俺ほどじゃないが何とかなった。
しかし、特に何も経験していない真っ白なキャンバス状態の圭吾は、奈美さん直々に三角メガネに指揮棒を装備した所謂“本気仕様”での特別レッスンをワンツーマンで、厳しくサディスティックに晒され、俺たち以上に極楽蝶従業員として完成された存在となってしまっていた。
奈美さん曰く、
「わたし色に染め上げてやったわ。これで就職先はうちに決定ね」
だそうだ。圭吾南無~。
余談だが、もちろん助けを求めてくる圭吾の視線は数知れずだったが、俺たち2人は、とばっちりを受けたくなかったためスルースキルをマックスにし、見事に回避したのであった。
圭吾という生贄があってこその俺たちの平穏だったのである。
誰かの犠牲の上に成り立つ平和という世界の真理を身に染みて感じた瞬間であった。
さてと、回想はこれぐらいにして、初日から満室状態ということもあり、朝から引っ切り無しの御挨拶と御部屋案内に翻弄される俺たち。
客層は若い大学生のグループや社員旅行の団体に子供連れの家族などさまざまであり、幅広い年代に極楽蝶の知名度は高いようだ。
「本日は当旅館を御利用頂き誠にありがとうございます。お食事は後程、19時にお持ちいたします。温泉は24時間いつでも御利用できますので、存分にご満悦下さい。それでは何か御不憫がございましたら、室内のインターホンか1階の受付におります、当館の従業員にお申し付け下さい。それでは御ゆるりと」
俺は、今日何度も繰り替えしたマニュアル接待を行い、部屋を退室した。
今日一日の俺たちの仕事は、朝の朝礼から始まり今日の宿泊客の確認、館内と玄関周りの清掃、部屋の案内と利用者からの質疑応答、各部屋への食事の配膳と大広場の宴会場の準備、荷物や備品の運搬等の雑務などなど多忙を極めていた。
バイトの俺たちにここまで求める奈美さんは鬼だ。
みんなが逃げ出した理由がよく分かる。
椿とカノンは、女子ということで、力仕事はほぼないが、終始笑顔を絶やさずに働いている。
たまに、利用者の男子が二人をナンパしていたが、それにも嫌な顔せずうまくあしらい、愛想良くしている姿は、どこからどう見ても別人だ。
ここまで外面を変えられると軽い女性不信になりそうである。
そんなことを思い抱きつつ、忙しさに翻弄されながら初日の作業を問題無く熟していった俺たちは、今、大宴会場の舞台の上に勢ぞろいしている。
今日のバイトはこの場面を乗り切れば終了だ。
ピンポンパンポーン
「当旅館に御宿泊の皆様に御知らせ致します。今より一時間後、当館大宴会場にて従業員一同によるゲリライベントを開催させて頂きます。御手数ではございますが、よろしければ是非2階大宴会場までお越し下さい。お子様連れのお客様でも十分に楽しいんで頂けるイベントになっております。繰り返し御知らせ致します―」
館内アナウンスを発して1時間後、大宴会場には、宿泊している人たちの大半が集まっており、今か今かと始まりの合図を待ち侘びている。
そんな雰囲気の中、奈美さんは周囲を確認し一瞥してマイクをそっと口元に当てた。
「お集りのみなさま、本日は当旅館極楽蝶への御宿泊誠にありがとうございます。御家族でお越しの方々には良き思い出を、企業としてお越しの方々には最良のお寛ぎを、そしてレジャーや観光にお越し下さりましたお客様方には最上のお時間を御過ししていただけますよう、ささやかでは御座いますが、当館従業員一同がこれより皆様方より御時間を頂戴させて頂き、当館オリジナルの特別イベントを行わさせていただきます。」
奈美さんの挨拶に周囲からパチパチパチと拍手が起こる。
「GW常連のお客様や口コミ等にて御来館された方々は御存知かと思われますが当旅館は、GW中のみこのような宴会場にてお客様一同に対してイベントを行っております。広く宣伝や売れ込みはさせてもらっておりませんので、初見のお客様にはサプライズのような形になってしまい、お詫び申し上げます。それでは、これより当旅館従業員によるライブイベントを開催させて頂きます。っと、その前、誠に御無礼では御座いますが、これより先はエンターテイナーとしてお客様に接しさせて頂くことになります。口調や態度が過度にフランクになってしまいますこと、御了承下さい」
奈美さんの一礼に俺たちも一礼にてお詫びの意思を伝える。
そして、壇上に奈美さん一人を残し俺たちは準備の為、舞台より退場する。
「それではお集りのみなさん、当旅館最大のイベントGW祭の幕開けといきましょう。これより先は無礼講、失礼千万どうぞ寛大なお心でお許しください。それじゃあ、野郎ども、おっぱじめようぜぇ!」
温和な女将の印象がぶち壊されると同時に、今日一番の大宴会の幕が開けた。
これこそが、椿やメンバーの人たちがこのバイトを回避しようとした本当の原因なのである。




