GW②
「さてっと、みんな満足したかしら?」
ちょうど、デザートを食べ終えたタイミングを見計らったように奈美さんがにこやかに口を開いた。
「すっげーうまかったです奈美さん。こんなうまいもんマジ今まで喰ったことなかったッス」
「俺もすごく美味しかったです。まさに大人の味って感じでしたね」
「いい経験をさせてもらった。これで食材のネタも追加されて私のスペックはより強大になった」
「………」
3人ともそれぞれに感無量といった感じに言葉を紡いでいたが、椿だけは一人沈黙している。
すべて完食しているから嫌いなものがあって楽しめなかったわけではないようだが。
「奈美さん。御馳走様でした。こんなうまいもん奢ってもらったら、何かお返ししないと申訳ないですね。俺で力になれることあれば何でも言ってくださいよ」
俺は奈美さんにお礼を告げると、奈美さんと村越さんは二人ともニヤーっと微笑み、椿はこちらを向いて合掌している。
何だかすごく嫌な感じがする。
「満足してくれたなら連れてきた甲斐があったわ。でもおかしいわね~。私一言も‘‘奢ってあげる“なんて言ってなかったと思うけど、村越君もしかして私の勘違いかしら?」
奈美さんが人差し指を唇の横にピンと立て小首を傾げて如何にもなポーズを取りつつ村越さんの方に顔を向けた。
「う~ん。確かに俺もそんな言葉聞いた記憶が無いですね。いや待てよ、もしかしたら、聞き逃したかもしれないか~。なぁ、椿はどーよ?」
村越さんは腕を胸の前で組みながら、わざとらしく考えるポーズを取りつつ、椿に話を振った。
「(ズズズズ)っあ~。確かに、これっぽっちも全く言ってなかったですね」
食後のお茶を啜りながら、村越さんの疑問に椿は答え、湯飲みをそっとテーブルに置くと、俺たちの方に顔を向けて微笑んだ。
「諦めなさい。もうあんた達は、まな板の上の鯉、クモの巣に掛かった獲物、蛇に睨まれたカエル状態なのよ」
椿のとんでも発言に俺たち3人は呆気に取られてしまった。
「え~と、つまりはどういうことなのでしょうか?」
3人の中でいち早く立ち直った圭吾は奈美さんに至極全うな質問を投げかけた。
「つまり、端的に言うと自分の分は自分で払いましょうってことよ。あっ、ちなみにさっき食べた料理はこの店で一番高い特注御膳だから多分みんなが考えてる金額より桁が一つ多いわよ」
だ、だまされたのか俺たち。
いやいや、奈美さんが俺たちを騙すメリットが分からない。むしろ圭吾とカノンがいる時点でデメリットのほうが遥かに多いはず。
考えられるのは、奈美さんたちに何かしらの目的があって俺たちの逃げ道を断ったということだろうか。
そして椿はその理由を知っていて、多分チームのメンバーも知っている。
知っていてみんな逃げ出そうとするってことと、完全に退路を断たれたこの状況から推測するに、つまりはそういうこと何だろう。
「…俺たちは何をすればいいんですか?」
あとは、どんな無茶難題が飛んでくるかだ。
俺一人なら何を言われるか想像することもできなかったが、圭吾たちが一緒な時点でそんなに無茶なことは言わないはずだ。
「さすがは京介くんね。賢い子は好きよ」
奈美さんが胸の前でパチパチと拍手を行い、俺に賛辞を送ってくるが、今までの付き合いと奈美さんたちの性格からしてこの答えは正解してあたり前だろう。
というかむしろ、流されてこの状況に陥るまで気付かなかった俺って、結構なバカじゃねぇ?
「気付くの遅すぎよ。バ~カ」
うるせぇよ椿!
自覚した瞬間にピンポイントでツッコミ入れてくるんじゃねぇちくしょー!!
「それじゃぁ、本題に入りましょうか」
奈美さんは、今までのにこやかな雰囲気から一変、真面目モードへと切替えて俺たちに向き直った。
「まずは、騙すような真似をしてごめんなさい。ここの支払いについては安心してちょうだい。私のお願いを聞いてくれたら、ちゃんと私が支払うから」
それを聞いてホッと安堵の吐息を零す圭吾とカノン。
俺と椿は正面を向いたまま無表情で前を向きつつ
「(お願いって日本語の使い方間違ってるわよ)」
「(お願いじゃなくて、命令だろ脅迫からの命令)」
などと心の中で叫びをあげていた。
「椿ちゃん。京介くん。何か言ったかしら」
おっと、ついつい口から漏れてしまっていたか。
「な、なにも言ってませんよ」
「些細なことは気にせず、どうぞどうぞ続けてください」
奈美さんはしばらくジト目でこっちを見ていたが、それ以上追及することなく、話を進めてくれた。
「そのお願いっていうのはね、端的に言うと、5月のGW中だけ、極楽蝶でバイトをしてほしいってことなの。もちろん、今日のこととは別にちゃんとバイト代も払うし、住み込みになるから衣食住は旅館の方ですべて受け持つわよ。どうかしら?」
圭吾は特に何も考えていないのだろう。二言返事で了承の意を伝え、カノンも俺たちがやるならということで了承の意を伝えた。
甘い。二人とも甘すぎる。これだけ用意周到に準備して俺たちを囲ったことと、椿や他のメンバーさんたちのあの反応を見る限り、二言返事で了承できるような軽いものじゃないはずだ。
「二人ともありがとうね。椿ちゃんは去年経験しているし、ここにいる時点でもうやることは決まってるわよね。あっ、京介くんは返事しなくてもいいわよ。あなたには拒否権なんてもの初めから存在していないから」
今に始まったことじゃないけど、俺だけ扱いヒドすぎだろ!
やることは回避できないにしろ、少しくらい反抗の意思を見せておかないと!
俺は飼いならされた犬じゃないのだ!!
「奈美さん、俺にだって予定ってものが」
「料理長さん、今日の特選御膳の金額いくらかしら?」
俺のささやかな反抗を聞き終える前に、いつの間にか奈美さんの斜め後ろに座っていた徐料理長と思われる人物に問いかけた。
「はい。今日は桐木様のために私自ら素材を厳選した特別仕様でございますので、一御膳につき2万円となります」
料理長との会話を済ませた奈美さんは俺に向き直るとにこやかに微笑んだ。
「京介くん。予定があるなら仕方ないわね。それじゃぁ、御膳代2万円とデザード二千円プラス消費税きっちりと支払ってちょうだい。他の子の分は私が払うから」
そういいながら、カードを料理長に渡し、御会計をすまそうとする奈美さん。
「い、いやだな~奈美さん。話は最後まで聞いてくださいよ。俺にだって予定ってもんがあるけど、奈美さんのためにすべてキャンセルしますって言おうとしただけですよ」
揉み手で奈美さんに愛想を振りまく俺に対し、椿たちは冷ややかな目線で俺を凝視している。
ちくしょう。ささやかな反抗さえも許されないというのか俺には。
「あらあら。てっきりわたしのお願い断られるのかと思っちゃったわ。京介くんがそんなことしないって分かっていたのに私ったら疑ってしまってごめんなさいね」
そして今日この日たった今、俺たちのGWの予定はすべて埋まってしまったのであった。




