抗えない現実
旅館「極楽蝶」
奈美さんが女将、村越さんが料理長を務める温泉旅館だ。
紀伊山地の山の幸と太平洋の海の幸が豊富なW県に立地している。その一室、風呂に入る前に使っていた客室に連れてこられた俺は、椿とテーブルを挟んで向かい合いながら座っている。
「さてっと、 覚悟できてるんでしょうね?いくら村越さんのせいでもあんたも同罪だかんね!」
うわ~、メチャクチャ嫌な予感しかしない。
「あんたは、今はあたしに逆らえない。いいわね?」
「よくないで」
「あぁ!?」
「げ、元気だね~。何かいいことでもあったのかぃ?」
「………」
「すいません。逆らえないです」
「全く素直にそう言えばいいのにネタ挟まないと生きていけないの?」
くそっ、アロハ中年の真似してみたのにマジ、目で殺されかけたよ。
「まずは、あんたの“おまえ”!あたしは椿って名前何だから名前で呼びなさい。なんか上から目線っぽくて嫌なのよ。勿論、様付けしてくれてもいいわよ」
「椿さま」
「うわっ、キモッ!」
「おまえが、おっと椿が言えって言ったんだろ!?ひどくねぇ!」
「いや、ノリで言ってみたけど、思いの外気持ち悪かったから。ていうか、あたしに逆らわないの!」
何この我が儘姫様は。めんどくせぇ。
「京介は」
「京介??」
「なんか文句ある?」
「いえ!ありません」
何か距離感メチャクチャ縮まってないかこれ?
「もしかして、俺に惚れたとか?」
「………ふっ」
うわ!スゲームカつく!なんか否定されるよりダメージでかいし。
「寝言は寝て言ってくれたらいいから。京介とはこれから長い付き合いになるんだから、他人行儀なんてめんどくさいのよ」
「なんか話がよく分からないんですが?」
俺は頭の中で?マークが立ちまくっていると、椿が真剣な顔でテーブルに両肘を立て口の前で手を組んだ。某特務機関の髭司令のように。
「京介、どんな絶望の中にも希望は生まれ、希望はやがて夢へと変わるわ」
「はぁ」
何か格好いいこと言うてるけど、やっぱ意味がわからない。
「夢は光よ。悲しみさえも糧として道を照らし続けるわ」
うん。メチャクチャ格好いい!今の台詞いただきます。
「京介。夢を見付けるのは難しいわ。だからね、あたしがあんたの夢を選んであげる。奈美さんのチームであたしと“よさこい”をやりなさい!そして大賞を取るのよ!!」
「意味わからんわ!前振り長すぎだし、いらなかったでしょ冒頭の台詞は!ん?ちょっと待って。夢って他人が選ぶもんじゃないよね?自分で見つけるものだよね?」
「細かいこと気にする男はモテないわよ?」
「いやいやいや、全然細かくないし!それに奈美さんのチームってどゆこと?」
「奈美さんが代表を務めてるチームってことよ」
「分かってるよ!!」
「あ~も、めんどくせぇ!なんで俺がよさこいしなくちゃなんないの?この間テレビでちょっと見たけど、コスプレして杓文字持ちながら踊るやつだろ?ってとなにか?椿も奈美さんもコスプレイヤー!?」
ヤバい。ここ最近で一番衝撃的な事実だ。
「あんたの中のよさこい一体どんな愉快な事になってんのよ!?そっか。あのテレビ放送見たってことは、あ、あたしのインタビューも聞いたのね。初のテレビ出演を。もう恥ずかしいな~っ」
「途中で消したから見てない」
「番組は最後まで見なさいよ!造ってくれた人たちに失礼でしょ!!」
「なんで、キレんだよ!」
「チッ、まぁいいわ。とにかく、今度イベントでよさこいやるから見にきなさい」
「嫌だ」
椿の返答に即答してやった。ざまぁみろろ~。
「言ったわよね、同罪だって?奈美さんは同性だから問題無いし、村越さんは貢ぎ物くれたわよね?京介は、何をしてくれるのかしらねぇ。別に何もしなかったら何もしなかったでいいのよ?村越さんを道連れにあんたも警察コースに案内してあげるわ」
こいつ性格わるっ!
ちょっといい奴って思ったけど、やっぱ昔のまんまだな。
「分かったよ。見に行くよ。けど、見に行くだけだからな!」
投げやりに言い放った俺に、椿は笑顔で答えた。
「もちろん。やるかやらないかは京介が決めればいいわ。無理矢理やられても嬉しくないしね」
腕を組んでムスーとしいた俺は、椿の笑顔に毒気を抜かれてしまった。
しばらくして客室のドアがノックされた。
「山城 椿様、正木 京介様。お食事の準備が出来ましたので。宴会場まで御案内します」
長居さんへ返事を返し俺たちは宴会場へと向かった。
こうして俺はよさこいの世界に足を踏み入れてしまったのだ。
その後にどっぷりとハマってしまうとは夢にも思わずに。
此処まで読んでくださりありがとうございます。今回は椿のよさこいチームに京介を誘う回になりました。これで、ようやくよさこいのよの字がスタートした感じです。あとは後日談な話を少し入れてのよさこい章に入ります。
どうぞよろしくお願いします。




