第22話 日常の終わり12
第22話。
2015年8月13日改稿。
***
あたしとマスターの2人。
駆け抜ける『サウス』の住宅街。
『ハンター』の皆が『軍』の足止めをしてくれているのだろう。
全力疾走で『セントラル』へと向かっているあたし達には、いまだ追っ手が掛かる事なく順調に進んでいるようにも思えた。
しかし、『サウス』を抜ける辺りで、人通りが多くなったのは気のせいではないだろう。
『ハンター』の皆と別れた場所から、未だ数十分。
これでは時間が稼げない。
と、二の足を踏みかけた時。
「ああ、キーリちゃん!!大丈夫だったかい?」
「え!?パン屋の奥さん!?」
「オレもいるんだけどねぇ」
「親父さんまで、どうしたんだ!?」
そんな人々の中に集まっていたのは、『セントラル』であたしが常連と化しているパン屋の奥さんと旦那さんだった。
「こっちも忘れんでくれよ」
「オレ達でも足止めぐらいは出来るからなあ」
「うわ、肉屋の爺さんに兄さんまで!?」
その奥にはこれまた常連の肉屋の爺さんと看板息子と豪語する兄さん。そして、更には見知った『セントラル』の面々が見て取れて、圧巻なその光景に驚きに眼を瞬いた。
「キーリさん!!」
「あれ?君、確かお菓子屋さんの…!」
「はい!『サウス』で貴族さんに襲われたって聞きました!だから、皆で『軍』の足止めをしてやろうって集まってたんです!」
「そんな…皆まで…!」
呆然と、してよろめきながら、あたしはその店の人たち一人一人を見つめた。
またしても込み上げてきた何か。唇が戦慄くのを感じて思わず手で押さえようとしたが、両手が荷物で塞がっていて隠せそうも無い。
「片っ端から声かけておいた。『アイアン』だけじゃなく、他の店の『ハンター』も今頃、街の通行を止めてるはずだ」
粗方の事情を語りながら、抱えていた荷物をあたしの腕や背中に持たせてくれたマスター。そのマスターの手が今度はあたしの荷物で一杯の背中を力強く叩いてくれた。
「だ、だけど…そんな事したら、皆だって怪我じゃ済まないかもしれない…!」
「いんや、妨害だけだ。って事で、準備は良いか?」
妨害だけ、とは一体何をするつもりだったのやら。
マスターの合図で皆が掲げたのは、武器。ではなくお酒のジョッキだった。え?ジョッキ?
「キーリが貴族ぶっ飛ばした記念だあ!!乾杯っ!!」
マスターの掛け声に、思わずずっこけた。
乾杯!!!と皆が一斉に叫んだ瞬間、あちこちジョッキがぶつかる音が響く。途端、夜も襲い『セントラル』の大通りに笑い声が溢れかえった。
そ、そんな方法を考えていたなんて。このお祭り騒ぎの中、確かに『軍』も無理矢理通行しようとするなんて出来るわけが無い。そして、いくら一般市民とは言え、頭ごなしに怒鳴りつけたり武力で制圧したりしてしまえば、良くてご意見番がパンクするか最悪暴動が起こりかねない。
なんて手があったのか。あたしでは考え付かないそのアイデアは十中八九マスターだろうが。そんな奇抜なアイデア発案者のマスターは、浴びる様に樽を掴んでぐびぐびと『ハンター』定番飲料のビルスナーを飲み干して…樽で、ッ…!?しかも、飲み干した!?
思わず呆然と見ていれば、ういーっと男らしく口元の泡を腕で拭ったマスターに親指で背中を差された。その先には、『セントラル』の皆が花道のように道を開けてくれている。
「おら、行け。ザエルなら、『商業ギルド』本部で待機してる」
「マスターは…!?」
「オレもここで馬鹿騒ぎしてらあ。シャロンの事、しっかり守ってやれよ」
「…ありがとう」
遂に、込み上げていた感情が眼から零れ落ちる。
歯を食いしばって、唇を戦慄かせても押さえ切れなかったそれ。
あんまり泣く事の無かったあたしが、人の前で初めて流した涙。
「ちゃんと帰って来いよ、馬鹿娘」
「あ、あい!」
「オレのダチの忘れ形見だ。…オレにお前まで失わせるんじゃねえ」
「あい!!」
マスターの声に後押しされて、そして街のみんなの声に背中を押され、そして時には肩を叩かれて、声を掛けて貰って、労われて。
「ありがとう!!ありがとう!!」
泣きながら、叫びながら走る。
「気をつけて行っておいで!」
「お土産話、よろしくね!」
中には土産を持たせてくれる人までいた。
荷物で一杯な背中や腕、肩に、あたしの鎧の懐に突っ込んでいく。
「シャロンくんにも元気でねって、伝えておくれ!」
「良く息子を守ったぞ、キーリちゃん!!」
労いの声に含まれる、賞賛の声に胸が熱くなる。
あたしは、褒められた事をした訳ではない。
正当防衛とはいえ人に暴力を振るったというのに、なのに皆お祭り騒ぎ。その実、『軍』への妨害と『貴族』への腹いせを含んではいるだろうけど、危険な事をさせてしまっているのに。
そして、
「皆さんで食べてくださいね!特製のプディング味の飴です!」
「ありがとう!また行けなくなってゴメンな!いつか必ず行くからな!」
「はい、待ってます!気をつけて!!」
最後にお菓子屋さんの看板娘からいただいた飴の紙袋を口に咥えて、そのまま『セントラル』を突っ切った。
両手に抱えたたくさんの荷物。それ以上に抱えきれない程貰った、皆からの労いの言葉。お土産だって貰った。
「(大丈夫!あたしは、絶対!あの子を守るから!!)」
心の中で、叫ぶ。
夜の街に遠吠えのような歓声が響いているのは、きっとマスターがまた樽ビルスナーでも飲み干したのだろうが。
ごめんなさい、ありがとう、いってきます。
色んな気持ちがごちゃ混ぜになったまま、涙で滲んだ目の前を睨みつけながらも走った。
今は逃亡者でしかない。けど、あたしは逃げない。あたしは、あの子の責任を放棄してまで逃げる事はしない。
口に飴の袋を咥えていながらも歯を強く食い縛る。
誓いを新たに『セントラル』の中央『商業ギルド』の本部を目指した。
***
やっと目前に見えてきた『商業ギルド』の本部は、しんと静まり返っていた。
『セントラル』の飲めや騒げやの喧騒から十数分は離れている。まだこちらに『軍』がやって来る気配は無い。
大荷物を抱えて全力疾走したせいで酷い息切れがするが、それでもここでへたり込んでいる訳にはいかない。警戒は怠らず、その『商業ギルド』へ脚を踏み入れようとした瞬間。
「キーリさん!!」
耳に届いた叫び声。
そして、近付いて来る馬の蹄の音。
どくどく、と五月蝿くも収まりかけていた心臓が、また早鐘を打つ。
だって、この声は、最近になって聞き慣れるようになってしまった声だ。
がしゃがしゃと響く鎧の音。
闇色よりも深い黒髪を靡かせて。
「…ダグラス…」
口に咥えていた飴の紙袋が地面に落ちた。
嘶きを高らかに響かせながら、あたしの眼の前で馬を止めた彼。
『国家武装軍』大隊長、ダグラス・トール。
『軍』仕様の無骨な甲冑はそのまま。頭には兜まで被って、まさに臨戦態勢と言っても過言ではないだろう。酷く焦っていたせいなのか、乱暴に脱ぎ捨てた兜を放り投げれば、いつもは寝癖が少し跳ねるだけで整えられていた黒髪を振り乱している。
表情は険しく、怒っているのは確実だろう。顔も蒼白に近いのは存分に焦っている証左。
馬から飛び降りた彼は、その勢いを殺す事なくあたし目掛けて走りこんできた。
ああ、これはまずい。びくりと戦慄いた身体とは裏腹に、あたしの思考は真白になっている。
彼は『軍』の将校であり、貴族の一人だ。そして、今のあたしは彼にとって捕縛対象だ。
抵抗しようにも、今のあたしの散々な有様では不可能に近い。背負った荷物のせいで『ハイデンクラッシュ』は抜けない。両手は鞄や街の人の土産のせいで動かす事も出来ない。せいぜい、一歩二歩後退出来るか関の山だ。
真白になってしまった思考の所為で、どうする事も出来ずに棒立ちになっていたあたし。そんなあたしに無骨な甲冑が擦れる音がどんどんと近くなっていく。
万事休すとはこの事か、と『メガ』級に遭遇した時ですら思った事の無かった言葉が脳裏に過ぎった。
「あなたの捕縛命令が出ている!罪状はハンドレー伯爵家継嗣への暴行、及び不敬罪だ」
「…ああ、知っている」
「何があったのだ!『軍』の待機命令を出しては来たが、エリア各地の『屯所』の一部で出動要請が出ていたぞ。それに、その荷物…」
予想に反して、ダグラスはあたしに駆け寄ってきただけで、そのまま二・三歩置いて足を止めた。
しかも、理由を聞こうとしてくれているのは、真面目な彼らしい一面だと思えた。先程言っていた待機命令の件を聞く限りでは、血相変えて走ってきたというだけのようにも見える。ふと、あたしは思わず首を傾げてしまった。
捕縛をしに来たのではなかったのだろうか?
「そのハンドレー伯爵家のモービルとやらが、シャロンを連れて行こうとしちゃって…」
「シャロンくんを!?…彼は無事か?」
「ああ、無事だよ。貴族と用心棒をぶちのめして、ただで済むとは思ってなかったからね。今から、逃走するところ」
「なんて無茶を…」
天を仰いだダグラスを見て、ついついあたしも溜め息。
疲れもあるが、ここ数時間が怒涛の勢いで流れているせいか、息つく暇も無かったせいだ。荷物を大量に抱えているから腕も痺れているし、鎧を着込んだ重装備で走り続けていたので脚も痛い。むり吊りそう。
だが、今はそんな泣言を言っている暇は無い。
この青年をどうやってやり過ごそう。力押しでは無理。そんなこと分かり切っている。
今の現状でも勿論だが、未だあたしが大刀使いとして彼の足元には及ばないと言う事など、火を見るより明らかだ。
いまだ戦場は体験していないというが、魔物の討伐の際に付いた彼の異名は『進撃の狩人』。超一流の『ハンター』にはこうして二つ名が付く事は衆知ではあっても、『軍』属の人間が『ハンター』の称号を受けるというのは過去に例を見ない。
マスターも、この青年の腕前については賞賛していた。それほどの腕の人間に、万全の状態で挑んだところであたしにはたかが知れている、というのに。
それでも、あたしは一歩も退こうとしていない。退く気は無い。
だって、この先にはあたしを待っている息子が待っている。幸いにもダグラスはシャロンの心配までしてくれていたのだ。もしかしたら、あの子を引き合いに出したら逃がしてくれないかな?などと、打算的な考えで口を開こうとした。
あたしの言葉は、紡げなかった。
正確には、あたしは口を開けなかった。
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誤字脱字乱文等失礼いたします。




