第21話 日常の終わり11
第21話。
2015年8月13日改稿。
***
可愛らしいシャロンマジック。
そして、変態ザエルによって和んだ室内の中。
それでもあたし達は手を休める事はしなかった。
パンツはちゃんと奪い返した。
勿論だ。
当面の食料も必要と言う事で、ザエルが冷蔵庫の中の食材やお菓子や詰め込んでいる間。
あたしは、箪笥の後ろに隠されていた、もう一つ金庫を開けることにした。
今はいない、父さんの金庫。開けた事は無かった、それ。
鍵はあらかじめ、父さんが託したマスターから預かっている。南京錠の安っぽいながらも頑丈な鍵。鍵穴に差し込んで、一息吐いて。外れた南京錠を放り投げ、金庫を開いた。
「嘘だろ…」
途端、跪いていたあたしの膝や太ももに、重量のある痛みが走った。
溢れ出てきた金貨袋。少しかび臭い匂いがするものの、数え切れないほどの金貨袋の山があたしの足元に落ちる。重量のある痛みの原因は、この金貨袋で間違いないだろう。思わず、あたしは眼を見張った。
そして、一番上に乗っていた手紙にも、眼を瞬かせる。
どくり、と心臓が高鳴った。
中に何が書いてあるか、なんとなく分かる。父さんの事だから、きっとあたしが疑問に思っていた事や、この金貨袋が何の為に残されていたのか、知らせる為のものだろう。
だけど、今は時間が惜しい。
仕方なく、金庫をひっくり返して荷物の中に金貨袋を大量に詰め込んだ。
同じく鞄に大量の食料品を詰め込んで戻って来たザエルが、その金貨袋の山を見てくぐもった悲鳴を上げる。
「うげっ!!なにそれ、キウイ!!まだ貯金してたの!?」
「死んだ父さんの金庫から出てきたんだ。……一度も開けた事なくて…。このままにしておく訳にも行かないだろ?」
「ドラグさんの…」
父さんの事を思い出して、ザエルもあたしも目を伏せた。お互いがお互い、あの8年前の雨の日に傷を負った。隠していた筈の癒えていない傷跡が、まざまざと思い知らされた気がする。
しかし、呆けている暇は無かった。お互いが無言で眼を伏せながらも、途中からザエルも手伝って別の鞄を引っ張り出して金貨袋を詰めていく。
そうして、あたしの鞄もザエルの袋も潔くパンパンになった所で、
「窓から下に荷物投げて!オレが下に馬車回しておくから!!」
「分かった。先にシャロン連れてって!後は、あたしがやっておく」
「おっけ。おいで、シャロンくん!」
何がなにやら良く分からないまま、最後まできょとんとしていたシャロンには申し訳ないが、今は緊急事態と言う事で理解するまで説明してやる時間が無い。
後でゆっくりお話しようか。としゃがみこんでシャロンと目線を合わせてやんわりと頭を撫でた。汗でしっとりとしてしまっているが、未だにこの子の髪のさらさら具合は健在で不覚にも癒されてしまった。
「ザエルに付いて行って。寂しいかもしれないけど、ザエルなら絶対にお前を怖がらせないから」
「……(こくこく)」
「後で説明するから、今はザエルの言う事聞いてね?終わったらゆっくりしようか」
「(こくこく)」
よしよし。シャロンはいつもと変わらず良い子だ。
ゆっくり出来るかどうかも分からないというのに、楽観的に考えているあたしの思考に心底笑えた。
あたしの言葉をしっかりと聞いて、先に玄関先で荷物を抱えて待っていたザエルに駆け寄るシャロン。まだ少し名残惜しいのか、振り返ってあたしを見る愛息子に手を振ってやれば、泣き腫らした眼のままでも輝かんばかりの微笑みが帰って来た。
やっぱり、あたしはあの子がいれば良い。
ザエルとシャロンが先行してアパートを出る。『軍』の包囲網が果たしてどれだけ展開されているかは分からないものの、ザエルはパッと見で『ハンター』とは思われないだろうし、シャロンだってあたしが抱き抱えていたのだからそこまで情報は拡散していない筈。
大丈夫。あの子がいれば、あたしは大丈夫。
「だから、後悔なんてしない」
あの子さえ、笑っていてくれるなら。
なんだってやってやる。嘘なんかにしない。
背中に吊ったままの『ハイデンクラッシュ』を握り締めて、そっと眼を閉じる。
「父さん、あたしに力を貸して」
窓を見据えたままで、馬の蹄車輪の音が響くのを待って耳を澄ます。
今夜は長い夜だ。遂2時間ほど前までは、『アイアン』で飲んで騒いで大騒ぎだったというのに、こんな事件の所為ですっかり良い思い出が塗りつぶされてしまったような気がする。
折角の夜だったのに、勿体無い。あのプビック貴族のボンクラ息子、どうせ一発でお縄になるぐらいだったらもう一発ぐらい殴っておけば良かったな。いや、お縄になる気はしないけど。
***
どれぐらいの時間が経っただろう。
手の中に握り締めた手紙を、手持ち無沙汰に折っては戻し、折っては戻し。その繰り返しに少し疲れた脳が睡魔を呼び起こそうとしている。寝る訳にはいかないから頭を振って、睡魔を払い落とした。
父さんからの手紙。
あの金庫を開けたのは初めてだったせいで、驚いたというよりも困惑していた。
父さんが残してくれたのは、腕一本と母さんとの結婚指輪。形見である『ハイデンクラッシュ』そして、あたしが産まれた時に作ったというオニキスの指輪だけだったせいだ。その指輪は結局、未だあたしの指が嵌めるには大き過ぎる。父さんは小指に嵌めていたというのに、あたしの指はまだ細過ぎて親指ですらぶかぶかだ。
いつか、あたしが一人前の『ハンター』になれた時には嵌められると思っていたというのに、いつまで経っても嵌められないその指輪は、まるで父さんが叱咤しているかのようにも思えた。
金庫の中の金貨袋。
そして、手紙。
これからの旅にあたって、重すぎると感じるも。
一人になった途端、重苦しく乗っかってくる心臓の痛み。
あのプビック貴族ののボンクラ息子の事。
もしかしたら、他に方法があったかもしれない。ダグラスに報告すれば、もしかしたら穏便な方法で取り戻してくれたかもしれない。いや、とそこで首を振って。
それではあたしが助けた事にはならない。周りの人間に頼りっぱなしでは、この先あたしがあの子を育てるなんてとても言えない。
ああ、窓の外が騒がしくなってきた。脳内で考えていたたらればの思考を、もう一度乱暴に頭を振って振るい落とす。
どうやらザエルが到着したようだ、と窓の外を覗き込む。これからが逃走劇のクライマックスである。気を引き締めなければ。
と、あたしが険しい顔で窓の外に顔をのぞかせた瞬間、
「キーリ!!まだいんだろ!?」
「ま、マスター!?」
そこにいたのは、ザエルではなかった。
しかめつらしい顔に、巌のような体。歴戦の証明とでも言うような傷跡の数々。慣れ親しんでいてもまだ怖いと認識出来る父親代わりでもあったその人が、アパートメントの下からあたしを見上げている。
いや、マスターだけじゃない。
『アイアン』常連の『ハンター』達が、寄って集ってあたしのアパートメントの目の前に集まっているのが見て取れて、あたしは思わず身を乗り出した。
「皆、どうして…!?」
「どっかの旅商人が忘れ物だとよ!!荷物落せ!!受け取ってやる!!」
どっかの旅商人とはザエルの事だろうが。まさかこれだけの荷物に加えてあたしも荷物扱いなのだろうか。いや、それは良いとしても、馬車を回すと言っていた筈だが、一体何があったのだろう?
「アイツはどうしたんだ!?」
「先にシャロンを匿ってる!!『軍』の連中が予想以上に集まってたせいで、アイツが動き回れなくなってんだ!!つべこべ言わず、荷物捨てろ!!」
「…ッ!!わ、分かった!!」
まさか、ここまで『軍』の動きが早いとは侮っていた。あたし達一般市民の為には動けなくても、貴族の為には迅速に動くって事か、税金泥棒どもめ。
上には弱く、下には強い『軍』の腐り切ったやり方に辟易としつつ、片っ端から荷物を投げ落とす。ややあって悲鳴やらなにやら聞こえるものの、片手間で謝罪を返してまた同じように荷物を落す作業を繰り返した。
「これだけは何が何でも受け止めるんじゃないぞ!!死んでも知らないからな!!」
最後に残った金貨袋の詰まった鞄だけはさすがに一声掛けておく。
これで誰か押しつぶされて圧死しましたってなったら、寝覚めが悪いにも程がある。
「ぎゃーーーっ!!」
「だから受け止めるんじゃないって言っただろ!」
結局、誰かが下敷きになったらしい。え?なりかけただけ?なら良し。
そうして、最後の一つを落したところで、振り返った部屋の中。がらんとして、少し淋しげに見える部屋の中を、一通り見渡した後。
「ありがとう、さようなら」
父さんと6年暮らし、そして1人になってからも8年お世話になった感謝と、もう二度と戻る事の無い事への挨拶を告げて。
あたしは、思い切り助走を付けて、窓から飛び降りた。
「お、おいっ!!」
「どいてどいて!!」
マスターや『ハンター』たちのどよめきを聞きながらも、地面にしっかりと着地した。衝撃を押し殺す為に片手を付いて、そのまま膝のバネを使って上体を起こす。
「荷物落せとは言ったが、お前が落ちてくる事ねえだろう!」
「階段駆け降りるよりも早いだろう」
「危ねえって言ったんだよ!このじゃじゃ馬!」
「じゃじゃ馬はこれぐらいじゃないと務まらないさ」
マスターの叱責の声もなんのその。今のあたしには、叱咤激励に聞こえるのだ。あたしとマスターのそんな会話に、集まってくれた『ハンター』の皆が一緒になって笑う。
見渡した限りの面々を一人一人の顔を覚えてから、
「ありがとう。この借りはは必ず返す」
しっかりと背筋を正して、辞儀を一つ。
込みあげてくる何かを飲み下す事で、押さえ付けて。
「良いって、キーリちゃん」
「達者でな」
「気をつけろよ」
「『軍』の足止めは任せろ」
「シャロンくんによろしくな」
「ああ!ありがとう!!」
あたしの荷物を半分担いだマスターに背を押され、追ってあたしも荷物を抱え上げて走り出す。
あたし達の進行方向とは別の方向から、がしゃがしゃと鎧の音が響きだしたのを後ろ背に聞きながら。
「ゴメン、マスター…巻き込んじゃって」
「どうって事ねえよ。謝ってばっかいねえでキビキビ走れ」
「うん…」
結局、巻き込んでしまった。けど、マスターはどうやらそこまで怒っていないように見える。ザエルもそうだったが、一体どうしてあたしを怒ろうとしないのか。
そんなあたしの視線に気付いたのか、マスターが走りながらちらりとこちらを振り返る。思わずその場で居竦んでしまいそうになって、走っていた足が絡まりそうになった。
「馬鹿野郎が、ビクビクしてんじゃねえ」
「…っけど…!」
「テメェは母親としてシャロンを守った。褒められこそすれ、怒られる筋合いはねえ。悪いのはあの貴族だ」
「…ッ!」
「…胸え張れ。オメェの父親は、いつだって胸張ってたぞ!」
「……ああ、ありがとう」
夜も更け始めた街中をあたしとマスターの二人で全力疾走。
彼の叱責の声が、今は一番胸に誇らしさを齎してくれた。マスターはシャロンがお気に入りだから、余計にあの貴族が許せなかったのだろう。
「あのプビック貴族様は、今度ツラァ見たら俺が捌いて食卓に飾っといてやらあ…」
「いや、それ冗談!?笑えない!!」
その後のマスターのこの台詞に、結局あたしは生きた心地がしなかった。
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誤字脱字乱文等失礼いたします。




