第23話 日常の終わり13
第23話。
2015年8月13日改稿。
***
打算的な言葉を吐き出そうとしていたあたしの口は、
「とりあえず隠れよう。オレの権限でも、待機命令は時間稼ぎにしかならない」
ダグラスの台詞によって遮られた。
「…は?」
たっぷり三秒も掛かって、返答したあたしは悪くないと思う。
「今は難しいかもしれないから、『軍』をやり過ごす。オレもいるから、」
「隠れる?」
「そうだ。このままだと直に捕まる。シャロンくんは、どこかに匿っているのか?」
「うん、ここに」
ここに、と荷物を抱えて固まったままの指をなんとか動かして指差した『商業ギルド』。
ザエルがしっかりと到着しているのであれば、ここにシャロンと共にいる筈である。ダグラスが目の前だった事を驚いたのか眼を瞬いていた。しかし、次の瞬間には元の無表情に戻っていて、足元に転がっていた鎧と飴の袋をわざわざ拾ってくれた。ああ、飴の袋にあたしの歯型が…。
「到着しているなら、重畳だ。すぐに隠れてくれ。荷物を持とう。話はそれからだ」
「え?ええ?それで良いのか、大隊長?」
「それで良いから、ここにいるんだ。さぁ早く」
良いわけあるか。などと、叫びたくなる気持ちをぐっと堪える。旗色は良くないと思っていたけど、まさか突然協力してくれるなんて思いもよらずに、逆に戸惑ってしまっている。
しかし、結局何がなにやら分からないまま腕に抱えていた荷物を彼に奪われた。あれよあれよと『商業ギルド』の中に引っ張り込まれてしまっては、これ以上何を抵抗しても意味が無いような気がして溜め息と共に溜飲を下げた。
後ろ背にダグラスが乗ってきた馬の淋しそうな嘶きを聞いたような気がする。哀愁に満ちたそれは、置いてけぼりを嫌がった忠犬のように聞こえたが、なんでまた君のご主人は『軍』の大隊長の癖に、あたしなんかに肩入れしたんだろうね?
*
『商業ギルド』の中に入れば、外の暗がりと変わらない室内の中、ろうそくが一本だけ灯されていた。
その室内の、執務机が三つ並んだ先の一番奥で、
「ぐしゅ、ぐしゅ」
「…泣き止んでくれよ、頼むから」
鼻を鳴らしながら泣いているシャロンと、そのシャロンを困った顔で慰めているザエルの姿。
ぶっちゃけるとかなりシュールな絵である。
あたしもザエルも後から合流する手筈だったのでその通りにシャロンに言い聞かせてしまっていたのだろうが、予想以上に『軍』の包囲網が早すぎてそれが出来なかった。
あたしが合流出来なかった状況に対して不安でも感じてしまったんだろうか。シャロンは真っ赤だった眼を更に真っ赤にしながらザエルの慰めを聞いてもぽろぽろと涙を零すばかりだ。
そんなシャロンも可愛いが、可哀想で見ていられない。ダグラスと顔を見合わせて、意思疎通が出来たようでこくりと2人同時に頷いた。
わざと聞こえるように荷物を大きな音を立てて床に置いた。
その音に反応したのはシャロンが先か、ザエルが先か。シュールな絵を繰り広げていた二人が、勢いよくこちらを向いた。途端、見開かれた瞳に篭もった感情は二通り。
シャロンは喜び。ザエルは、きっと警戒だったと思う。
「お待たせ、シャロン。遠回りだったせいで、ちょっと遅れてしまったんだ」
「(きゅ~~っ)」
眼をぎゅうと瞑って命一杯泣いた顔で、シャロンが机を飛び降りてあたしの所に走ってくる。鎧にぶつからないように優しく受け止める。今日何度目かの怖い思いをさせてしまったお詫びに、そのまま一気に抱き上げる。
「よしよし、怖かったな。説明もしないで、悪かったよ」
「(ぴぃ~~っ)」
声も無く大泣きしているシャロン。
最初の頃は、よくこうして泣いていたものだが、最近では少なくなっていたのに。眼も鼻も真っ赤にした彼は、きっと明日はボンボンに腫らしてしまうだろう。後、明日はお昼寝決定。
と考えたと同時に深く溜め息。そもそも昼寝なんて出来る環境でもなくなってしまったじゃないか。何を忘れているんだか、と苦笑を零しておいて。
どちらにしろ、この子を落ち着かせるのがあたしの仕事。
そうして、ザエルに向き合えば、彼は安堵したような表情をあたしに向けたと同時に、今度は『商業ギルド』の入り口で荷物を降ろしていたダグラスに向き直った。
「なんで大隊長様がここにいる訳?」
「訳あって、協力した。それと、事実確認をしたいと思ったんだが」
「協力?『軍』の人間をほいほいと信じられる思ってんの?」
剣呑な視線を向けてザエルが睨むが、ダグラスはその視線を受けても平然と対応していた。うーん。いつもこうなら頼もしいんだけどな。なにせ『プレーリー』になった時には、こっちが心配になってしまうんだが。
とまぁ、そんなあたしの心情はさておいて。
ザエルの言い分も分かる。あたしだって『軍』の腐敗ぶりは知ってるし、ダグラスは貴族だから今回の事件が貴族が関わってる事で警戒しているのも分かっている。
だが、ここでダグラスを追い払ってしまっても、事態は好転しない気がする。それに、あたしだってまだ疑っている部分はありながらも、協力を申し出てくれた彼を無碍にするのもどうか。それはそれで申し訳ないし、何より匿ってくれる意味が分からない。
警戒心を露にダグラスを睨みつけているザエルに、なんとか良い募ってみる。
「今、ダグラスが『軍』に待機命令を出してくれているらしい」
「それが信用出来るとでも?こっちに戻って来た時、『軍』の警戒網見て言ってる?」
「いや、それは…」
残念、あたしが言い負かされた。
ダグラスが思案気味ながらも、困った顔をしてしまった。それでも、大人しく引き下がるつもりはないようだ。
「ザエル氏の言いたい事はもっともだが、とりあえず話を聞いてくれ。先程要点だけはキーリさんから聞いたが、裏づけが欲しい」
「裏づけしてどうすんの?貴族の勝手な理由で、キーリはお尋ね者になったんだぜ?アンタがその捕縛命令を撤回してくれる訳?キーリの罪を帳消しにしてくれる訳?一般市民が貴族に何をされてもまともに立ち会わないくせに、貴族様が一般市民から暴行されたら動くなんていう『軍』なんて信じられるか!!」
ほとんど一息で言い切ったザエル。
溢れ出た怒気に、あたしですら一歩後退した。ここまで怒っているザエルも珍しい気がして
ダグラスは、そんなザエルの言葉すら平然と受け止めてはいるが、やはり困った顔のまま悲しげに俯いた。
「その件は済まない。オレの権限では無理だ」
静かに声を絞り出したダグラス。
ザエルの言いたい事も分かるが、これではダグラスだって報われないではないか。
「ザエル…!」
「キウイもキウイだよ!なんだって、夜逃げの最中にそんな男を同伴させた訳?」
「見付かってしまったんだから、仕方ないだろう」
「また仕方ないで済まそうとして!…だいたい、危機感が足りないよ?今逃げてる最中なのは誰?」
「…あた「そうだね、キウイだね!それとシャロンくん!じゃあ、オレ達は何から逃げてるんだっけ?」
「う…『ぐ「そうだね!『軍』だよ!『王族』や貴族様に飼い慣らされて腐り切った税金泥棒!」
まさか、「あたし」や『軍』を皆まで言わせてもらえない程の矢継ぎ早な言葉が飛び火するとは思ってなかった。ザエルの叱責の声に、ついつい目線を逸らしてしまう。
「分かってるんだったら、なんでその『軍』の大隊長なんて肩書き持った男を隠れ家に一緒にご招待なんてしちゃったのか教えてよ。ここが第二の家だとか思ってる?そんなのんびりした事してる暇なんて無いんだけど?」
ぐうの音も出ないほどのザエルの声と剣幕に、あたしは勿論ダグラスも黙り込むだけだ。
しかし、匿ってもらったのは事実で、今更ダグラスを追い返すことも出来る訳が無い。苦し紛れとは分かっていても、あたしは口を開いた。
「…だ、だが、今更追い出しても意味無いだろう?」
「そうだよ!だから困ってるんじゃない!ここがバレた上に、応援呼ばれちゃ、オレだって商人として街を出る事が出来なくなるんだからね!オレがノーマークだったからこそ逃げられる作戦だったのに!」
「それは、ごめんなさい」
まさか、そこまで考えての行動だったなんて思ってもみなかったよ、ザエル。だとしたら、その作戦、この時点でご破算じゃないか。うわ、と内心呻き声を上げながら、今度はあたしが天を仰いだ。
だが、しんと静まり返った室内で、ここで声をあげたのは表題とされていたダグラスだった。
「なら、オレも同行しよう」
「何言ってんの!?」
「本気か、ダグラス!?」
「ああ、本気だ。応援も呼ばないし、このままここで待機させてもらう。朝方のザエル氏の出立の際には荷台に二人を隠して、オレは護衛役でもやれば事足りるか?」
意外や意外、彼はその逃避行に同行すると言い出した。
「あの、間違っても旅行じゃないんだぞ…?」
「分かっている。…オレの肩書きが邪魔なら、それを捨てれば良いだけだ」
「そんな簡単に貴族が肩書き捨てようとする!?」
「ああ、いらない」
彼は、今何を言っているの分かっているのだろうか。いや、分かっている筈だ。あたしが言った言葉にはしっかりと受け答えをしていたし、ザエルの問いかけに対してはきっぱりと言い捨てた。
「貴族であってもだ。その肩書きが、オレがオレであるために邪魔だと思ったら切り捨てる。それだけだ」
そうして言い切ったダグラスが、にいと、口元を緩ませたと同時。
その室内は完全に無音となった。
あたしもザエルが半ば呆然とする他無い。
そんな中、ダグラスはあたしに向き直る。
「同じ貴族としても男としても、ハンドレー伯爵の継嗣のやった事が許せないのはオレも同じだ。だから、オレ一人の謝罪では足りないだろうが、この通りだ」
そうして、背筋を正して頭を垂れたダグラス。
仮にも貴族であり、『大隊長』である筈の彼。そんな彼自らの謝罪だった。あたしはその場で固まるしかなかった。
「シャロンくんも怖い思いをさせてすまなかった」
「(ふるふる)」
キーリの腕の中のシャロンへ眼を合わせて、ダグラスはこの子にも謝罪の為に頭を垂れた。それを見て、しばし考えた後に首を左右に振ってシャロンは微笑んだ。許してあげる、というシャロンなりの意思表示なのだろう。
これには、ザエルですら、もう何も口出しを出来なくなってしまったらしい
かくして、大隊長ことダグラスが貴族の肩書きを一切捨てて、この旅の一味に加わったのは間違いなくあたし達にとっては僥倖であった事だろう。実力共に人望。これほど頼りになるのは、『アイアン』のマスター以外はいないだろうから。
「これから宜しく頼む」
「こちらこそ」
「仕方ないからよろしくしてあげるよ」
「(こくこく)」
と、一件落着とばかりに話が纏まった。
シャロンなりに、もしかしたらダグラスが味方になってくれたことが嬉しかったのかもしれない。よろしくという意味なのか、ダグラスに手を伸ばしている。シャロンがこうしてあたし以外に懐こうとするのは初めてだったので物は試しとダグラスに受け渡してみることにした。
案の定、
「ぶふっ…さっきまで頼もしかったのに…!」
「『進撃の狩人』もシャロンには形無しね…」
目下、『プレーリー』の再来。どうやら、慣れていないとこうなるらしい。
そんなダグラスとシャロンの姿を見て、やっとあたしもザエルも肩の力が抜けた気がして、顔を見合わせて大笑いした。こうして、逃避行の夜が更けていく。
困り顔半分泣きそうな顔でシャロンを抱えているダグラス。
そんなダグラスの首元に張り付いたまま、シャロンはごろにゃん。
喉を鳴らしそうなほど上機嫌だ。
いやはや、いけないとは思いつつも、和む光景だ。
こっちはこっちでシュールな図である。
***
誤字脱字乱文等失礼いたします。




