第12話 日常の終わり2
第12話。
2015年8月13日改稿。
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雪の季節が終わろうとしているのを感じた。
本日、受けていた簡単な狩猟クエストから帰ってきたあたしは、大草原を横切った際に段々と地面へと積もった雪が少なくなっている事に気が付いた。
これから季節は、むせ返るような新緑と花の匂いに包まれる事になるだろう。
ああ、ピクニックをするには丁度良い季節かもしれない。
見た事は無かったし、あたしも唯一の肉親である父が忙しかったせいで体験したことはなかったものの、聞いた事はあった。
草原や木の下でゆったりのんびり、お茶とお菓子を楽しめばそれで良いらしい。
シャロンならば、喜んでお手伝いをしてくれる事だろう。
あたし達が出会ってから、もう8ヶ月が過ぎた。
ユノーの月(この世界の6月相当)に拾ったシャロン。
そして、あたし不在の間のシャロンの面倒を『アイアン』のマスターにお願いしてから2ヶ月が経ち、季節は既に冬を迎え、そして終わろうとしている。
『ハンター』稼業はこれからピークを迎えるに従い、ちらほらと大物の依頼も多くなってきた。
最近はあたしが女だからと舐めて掛かるような依頼人も少なくなった上に、『アイアン』のマスターやザエルが、わざわざ大口の仕事を斡旋してくれていたおかげもあって、経験値稼ぎも資金稼ぎも順調とも言える。
基本的にはソロで活動していたが、どうしても大口の依頼の際には人手が必要になるため、大人数『ハンター』での狩りにも同行させてもらうことが出来た。
それは実は、初めての経験。
『ハンター』のテストの時にも、何名か同行はするけど、その人数の比ではなかった。
しかし、気さくな『ハンター』が多く、初めてである自分のアシストに回ってくれるなど、とても良くしてくれた。
ほとんどそのおかげで成功したようなものであったが、正直やってみて良かったと思う。
クエストの受領金額が段違いなのだ。ソロで受ける依頼と、団体で受ける依頼とでは。
そして、その依頼は確実に『討伐』か危険地帯での『採取』となる。
桁が一個違っても文句は言えないハズだ。
良い経験もさせてもらった上懐も余裕が出来た。
そして、生活面で塞ぎこんでいたような気がする部分が、『ハンター』稼業を始めた途端に吹っ飛んだのを感じて、更に精神的な余裕も出来た。
懐も暖かく、家に帰れば可愛いらしい『子猫』のおかげで胸が暖かくなる。
それもこれも、『ハンター』稼業の際にシャロンを預かってくれている『アイアン』のマスターのおかげだ。
と、一応ザエル。
仕事の斡旋をしてくれるのは嬉しいが、そろそろあたしを一人前だと認めて欲しいものだ。
なんで『採取』か『採掘』系の依頼しか持ってきてくれないのか、不思議でならない。
とまぁ、周りで支えてくれている彼等に心からの感謝(ザエルに対しては多少といわざるを得ないが)を感じながら、帰路を急ぐ。
きっと今頃、可愛らしい己の『子猫』が、首を長くしてあたしの帰りを待っているだろうから。
愛くるしい形の整った瞳をまん丸にしてから、ほんわりと笑うシャロンのあの天使の笑顔を思い起こして、口元が緩むのを抑えられないまま。
時には潤んで、そして時には困った表情で、抱き付いてくる少年を誰が跳ね除けられるだろう。
否、跳ね除けられる人間はいない。
「ああ、お土産も忘れないようにしないとな」
目に付いたお菓子屋さん。
その店先でかぐわしい香りを漂わせている。
クッキーやケーキなどを一通り見渡してみて、懐の中身と相談をする。
「これは、卵を使ったデザートなのか?」
「はい、新商品です。ピヨコリの卵とプレリーウーシーの乳で出来てるんですよ~。隠し味はバニラです」
ピヨコリというのは、家畜用の鳥のような魔物だ。毎朝美味しい卵を産んでくれる。
プレーリーウーシーもまた、同じように四速歩行の家畜だ。こちらから乳を搾る事が出来る。
「うん、おいしそう。ならこれを四つ」
「かしこまりました~ありがとうございます」
店先で愛想よく微笑んでいるそばかすの可愛らしい看板娘にお願いして、あたしとシャロン、そしてマスターのお礼の分と、一応、本日の予定に組み込まれているとある客人に、新商品であるデザートを購入する。
「もしかして、『ハンター』さんですか?」
「ああ、珍しくも無いだろうけど」
「いーえー、珍しいです。女性の『ハンター』さんは、私初めて見ました」
「そっちは確かに珍しいかもね」
「とっても綺麗なのに、その上強いなんて羨ましいです」
「そんなんでもないよ」
他愛ない店先での少女との会話。
そういえば、同年代の少女とこうして会話するのは、なんだか初めてなように思える。
くすぐったくなって、思わず微笑んだ。
それを見てか、ぼーっと顔を赤らめて固まってしまった少女を見て、はて?と首を傾げてみるものの。
「うん?包み終わったかい?」
「あっ、はいっ!…こちら260Ttrテトラです」
「?…ああ、ありがとう」
慌てた様子の少女に、自分は何か変な顔をしていただろうか、と小首を傾げた。
しかし、ぱたぱたと少女が更に慌てるだけだったので、その話題はそのまま胸に仕舞っておく事にしといた。
「また来るよ」
「あ、ありがとうございましたっ」
きんきん、とまでは行かないが良く通った可愛らしくも高い声。
周りの店舗でも何事か、と首を傾げられているのを横目になんでも無い事だというのに、可笑しくなって微笑んだ。
商品を受け取って歩き出すが、やはり口元は緩んだまま。
あの『子猫』はどんな表情をして、このデザートを食べてくれるだろう。
すっかり甘いものが大好物になってしまった少年は、最近ぷにぷにとした肌が更に健康的にぷにぷにとし始めているので、嬉しい限りである。
そして、食べた瞬間にほんわりと微笑むのを思い浮かべれば、あたしも一緒に微笑むほかない。
頭の中で想像した天使シャロンの姿に、ついつい街中であるというのに表情が緩んでしまう。
だから、あたしは知らない。
周りで何事か、と伺っていた店舗の人々ですら、顔を赤らめながらあたしを視線で追っていたなんて。
うん、知らないったら、知らない。
***
ダグラス・トールは急いでいた。
何を、と言われてしまえば、彼は口ごもっては真っ赤になったり青くなったりと、忙しくなる事がわかり切っている内容に、である。
おやつの時間に、と先方でもある少女からの手紙の待ち合わせの時間。
思ったよりも軍備拡張の会議が長引いてしまったせいで、その時間に今にも遅れてしまいそうだったのだ。
貴族としての矜持があった手前、街中ではしたなく走るという真似はしない。
しかし、装飾の施された小包を抱えて急ぎ足で歩く彼を見て、誰が止めようと思うだろう。
人波は、ダグラスの並々ならぬ雰囲気と威圧感に、自然と道を空けている。
背もずば抜けて高く恰幅の良い鍛え上げられた肩幅と、秀麗に整った顔のダグラスが一目で貴族しかり『軍』の関係者というのは、『軍』の内情に詳しくない一般人ですら分かる。
道行く人々が自然と避けていくというのを、急ぎ足のダグラスは終ぞ気付かなかったが。
ごった返した『セントラル』を抜けた先、『サウスエリア』の入り組んだ裏道を歩く彼は、本日キーリが予定に組み込んでいた客人であった。
二ヶ月前からの手紙のやり取りで、やっと漕ぎ付けた女性の家への招待券。
気さくで気兼ねも無い少女は、ダグラスにとっては唯一無二とも思える友人だった。
その友人という地位を獲得できただけでも、ダグラスには舞い上がってしまう程の褒章であったにも関わらず、半月の一回程度のペースで書いていた手紙でその少女の自宅への招待を受けた事で、彼の最近の仕事振りは目覚しいものとなっていた。
憂鬱だった仕事は、その日の内に終わらせる。
一つでも仕事を残しておくと、彼女と会っている最中ですら気持ちが悪くなってしまうと考えたからだ。
その姿を見て周りの家族や遠縁の上司達は、彼の躍進を更に期待してせっつくようになったのは五月蝿い限りではあるものの、彼の生活が文字通り、一人の少女の存在によって大きく変わったのは事実である。
この二ヶ月の間、己は積極的に仕事をこなし、人とのコミュニケーションを学ぶために貴族の集まりや、茶会、晩餐会やドレスパーティに出席する事を心がけてきた。
元々、上がり症ではあるが、女性の心得をこの段階で学んでおかなければ失敗する、というのは二ヶ月前の逢瀬を経験して、ダグラス自身も痛感した問題だったのである。
出来れば、自分の屋敷に招待したいが、己は貴族。
そして、彼女は『ハンター』とはいえ、一般市民。
ダグラス自身は見下している訳でも偏見がある訳でもないが、彼の家族は違う。
どうしても偏見を持って接するかもしれないような家族と接触させたくない。
そうして、彼女に不快な思いをさせたくないという理由から、自身の屋敷に招く事を断念していた。
それが、今回はどうだろうか。
そんな彼女から、自宅への招待を受ける事ができるなんて予想も付かなかった。
自然と口角も上がるようになり、それに付随して秀麗なダグラスの顔は、社交界でも眼を見張るほどに知れ渡り始めた。
最近では貴族の令嬢からの見合い話が後を絶たなくなって、家族がてんやわんやと言うのはダグラス本人も知ってはいたが、鏡を見る機会の少なかった青年はその理由を知る事は無い。
そして、会議のせいで遅れたものの、懐中時計を確認すると約束の時間5分前と言う事でほっと、一安心。
腕に抱いた心ばかりの土産の品の小包を、心許なさそうに抱き締めた。
服装の乱れを確認して多少荒くなった息を吐き出して、ぱたぱたと乱れた服装を整える彼は、今だけは『軍』大隊長の肩書きを持つ貴族ではなく、久しぶりの逢瀬を待ち侘びた恋する青少年であった。
ただし、いつもどこかしらぴょこぴょこと立ち上がっている、髪の癖毛を確認するのを忘れているのは、ご愛嬌というものだろう。
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誤字脱字乱文等失礼致します。




