第11話 日常の終わり
2015年8月13日改稿
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商人であり、『商業』ギルドの取締役の一人でもある青年、ザエル・ウル・ローの朝は早い。
雀の鳴き声を聞きながら目を覚ますと、まず彼が行うのは本日の日程の確認。
『商業ギルド』の常連は『王族』や貴族もさることながら、『ウエストエリア』の商業や工業地区からの物資の搬入依頼も多くあるため、彼はそのまま朝食を取らずに『商業ギルド』本部のある『セントラル』へと向かう。
朝方の空気は靄に包まれ、坂道の多い『セントラルエリア』の先は見渡すことは出来ない。
先月までは街中でも雪が降っていたリニアガウスの街並は、まだ路肩に跳ね除けたままの雪が残されている。
未だに冷え込みの続くミネルヴァの月(この世界の月の名称・2月相当)に辟易としながら、厚手のマフラーをしっかりと首に巻きつけたザエル。
彼は、鼻の頭を真っ赤にしながらも、この寒いながらも澄んだ空気の味わえる早朝が好きだった。
基本的にミネルヴァの月は雪が降る最後の月だ。
ここから先は暖かくなって、春先ともなれば草原からの新緑の香りが、このリニアガウスの街の中にまで流れ込んできて、むせ返るような花の匂いまで溢れ出す。
その新緑の季節が始まったと同時に、リニアガウスは新しい1年を迎える事となる。
夜から朝方にかけては、人が溢れかえった雑多な繁華街も成りを潜め、異臭も喧騒も無い独特の空気をもたらしている。
密集した露天や店を更に多く置く為に、東西南北からかけて擂り鉢上に地盤を下げられた坂道続きの『セントラル』は、度重なる増収工事や接収によって赴きも何も無い。
その雑多な雰囲気が気に入ってこの街で拠点を置いたとはいえど、あの異臭ばかりはどうにかならないものか。
わざわざ拠点でもある『セントラル』から離れて『サウス』の居住地区に家を借りているのはそのせいだ。
今ではすっかり慣れてしまった喧騒に起こされて異臭と共に生活するなんて、と嫌悪や抵抗をごちゃ混ぜにしていた最初(旅商人の家族に拾われた時)の頃が懐かしい。
ふぅ、と溜め息を零した時に、マフラーから漏れ出した吐息は未だ白い。
その白い吐息を追って目線を滑らせる。
坂道を降りながら見える先には『ノースエリア』にあらせられる『王宮・リニアガウス宮殿』。
今は冷え込んだ空気と空から落ちてきた靄にその頂を隠してしまっているが、まっすぐに見据える事の出来るその様はいっそ圧巻。
白と金色で出来たその城は、『王族』である威厳にしてこの街の『象徴』。
何度も見てきたこの風景。
何度もこの坂道を降りてきた。
休み無く働くことで培ってきた地位。
そして、ひたすら駆けずり回る事で養って来た土地勘も、既に習慣の中に組み込まれていた。
その習慣も、四日後に迫る本職でもある『旅商人』に戻る事で、もう少しで終わるかもしれない。
そんな言葉が胸を過ぎる度に痛む、左胸の臓器。
ここ最近、彼を悩ませ続けている鈍痛は、この街を離れる日が近付く度に痛みを強くし続けている。
脳裏に浮かぶ烏の濡れ羽色とも言える紫がかった黒髪の少女。
そして、その少女の下に転がり込んできた小さな銀色の髪の少年。
既にここ数ヶ月で、その2人がセットで浮かぶようになってしまったのは、もうどうしようもない。
彼女が仕事の時以外はいつも一緒にいるのが悪い。
なんて事を思いながら、彼女の隣に無償でいられる10歳の程度の少年のなんと羨ましい事か。
そんな、たかが10歳程度の子供に何を嫉妬しているのかと、頭を抱えたくなるのを堪えて。
この数ヶ月、自分でもそれなりに彼女へアプローチをかけてきたつもりであったものの、結果は凄惨たる有様。
何せ彼女にとって自分は、既に歳の離れた兄としての感覚で、異性の男として認識されていないのだから。
最初の段階で唾を付けとくべきだったか。
と、9年前の自分を恨む下種な考えも浮かびはしたものの、今のように当たり障りの無い友達のような関係になれたかどうかは定かではない。
却下だ。
アプローチをかけるだけで無く、10歳の子供を抱えて『旅』に連れ出す事だって考えたりはした。
だが、あの二人が穏やかに笑いあっている空気を見る度に、喉まで出掛かった言葉を飲み込むしかなくなった。
あんなに柔らかく微笑んでいた初めて見るような彼女と、その微笑を受けてより一層花が綻ぶかのように笑うあの少年の笑顔は、今は亡くした自分自身の家族を強く思い起こさせてしまう。
自分は亡くしてしまったからこそ、少女と少年のあの平穏な生活を壊す事は出来ない。
そう考えて、付いておいで、というたった6文字の言葉を見送ってきた。
この街を離れるまでは、もう一週間も無い。
「あーあ…オレさまの臆病者」
なんて呟いてみても後の祭り。残りの四日間をどう過ごすか。
仕事は山のようにある。
彼女も同じく、行きつけのバー『アイアン』のマスターの後押しも受けて仕事を再開してしまったので、思うように時間を割いて会いに行く事すらままならず。
「(いっそ、攫っちゃおうか…)」
などと思いながらも、実行には移せない、自分へと溜め息を吐いた。
***
本部には既に、朝方にも関わらず就業開始していた。
本部に一歩足を踏み入れれば、同じ取締役で同僚であるノワールとイヅチが『ギルド』の依頼を裁いている。
「おはよーさん」
「おはよう」
「おう、おはよう!早速だが、先方がお前さんをご指名だぞザエル!」
「ちょっと、ノワール。来て早々突然過ぎない?」
「どうせ、日程確認しに来たんだろうが。執務机にお前宛の『依頼書ラブレター』分けておいてやったから、さっさと確認しろよ」
「はいはい、人使いが荒いこって」
なんて、ありがたいながらも少し肩が凝りそうな仕事の前兆に、思わず取締役兼営業の机の上をみやって溜め息を吐く。
この仕事が毎日の事とは言え、嬉しい悲鳴とはこの事か?とこれまた毎日繰り返した自分への泣言を呟いた。
「そういや、あの嬢ちゃんどうしてるよ?」
「うん?キウイの事?」
「おう、最近また『ハンター』連中が騒いでやがったぞ?女らしくなったってな」
朝の紅茶を淹れていたのか、わざわざザエルの分まで注いでくれていたイヅチが、依頼書や発注所の束で覆われた執務机の端っこにカップを置きながら、そんな他愛ないだろう会話を降ってきた。
しかし、その会話を他愛ないと片付けられるのは、イヅチだけである。
またしても痛みを訴え始めた心臓をなんとはなしに撫で付けながら、なんとか平静を装ってへらり、とザエルは笑った。
「キウイはちょっと無愛想だったり無口だったりするけど、素材は良いからね。マジで怪力っぽいけど」
「ははは!最近オレも街で見かけたけど、例の女の子と一緒に散歩してるの見て、ずいぶん変わったなぁって思ったよ」
「元が良いから、もっと笑えば可愛い嬢ちゃんだしな」
可愛いという部分には同感だったのか、ノワールも一緒になって同意している。
「そうねー。ってか、女の子ってシャロンの事だと思うけど、あの子男の子よ?」
「ぶふっ」
まったりと紅茶タイムしていたイヅチが噴出した。
書類に掛かるような事はしないように、顔を背けたは良いが口元から滴る薄茶色の液体だけでも見ていて汚い。
あからさまに顔をしかめておきながら、机に常備しているティッシュ箱を投げつけておいた。
あーあ、こんなところでも噂になってるなんて、と内心一人ごちて。
勿論、元々可愛らしい顔立ちをしていたのは昔からだったが、大人になってからは無自覚な色気が出てきた少女の姿に、ザエルも正直戸惑っている節がある。
少女が少年だという過ちはまぁ訂正していかなくても後々、現在10歳程度の男であれば後2~3年もすれば声変わりも始まり、成長する過程で嫌にでも骨格が変わってくる。
もしかしたら、あの少年も将来は『ハンター』かもしれないな、と考えてからまたもや溜め息。
「人気者なのは、ママもお子ちゃまも変わんないのよねぇ」
「何達観してやがる?ってか、キモイ」
「ノワール~、前の『パンプキンハニー』って所からの領収書なんだけどさ~」
「ぎゃあああああ!!言うな、今言うな!!すいませんでした!!」
分かればよろしい。と彼等の弱みは二・三握っているのだから文句は言わせない、とザエルが笑う。
ちなみに、『パンプキンハニー』とは、彼ノワールが行き着けにしているパブだ。
独り身で淋しいのは分かるが、ツケ払い滞納で領収書を仕事先に持ってくるのはいかがなものか。
それを立て替えている身としては多少眼を瞑っているというのが現状だが。
口から滴っていたお紅茶を拭きつつ、その会話を静かに見守っていたイヅチが、ふと零した台詞。
「自分で将来の婿さん育ててるのかもな」
なんて、言い出した瞬間、ザエルが立ち上がった。
勢い良く立ち上がったせいで、今まで腰掛けていた椅子が床に倒れる音が、異様に執務室に届く。
「その脳みそ、どっかで消毒してきなさい」
きっかり三秒でイヅチの頭をアイアンクローでロックしてから、扉まで引き摺り、その扉の向こうの外へと投げ捨てたザエル。
そんなザエルの姿を、ノワールが書類の束に埋もれるように肩をすくめて呟いた声は、扉を閉めるけたたましい音のおかげで、彼に届く事は無かった。
「男の嫉妬は見苦しいぞ」
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誤字脱字乱文等失礼致します。




