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サウンドレスガーデン~あたしと子猫の世界旅行~  作者: 瑠璃色唐辛子
旅立ち編
13/231

第13話 日常の終わり3

第13話投稿させていただきます。


2015年8月13日改稿

****


 レトロなレンガ造りの橋は煌びやかさには欠けるが、無骨ながらもしっとりと落ち着いて、雑多に積み重なったような街と調和していた。


 坂道が続く街中では、『セントラルエリア』に近ければ近いほど、居住区のアパートメントの階層が高くなっている。

 密集している人口のため、大人数を収容できるように、場所ではなく高さで居住区画を拡張した為だ。

 その分安価でいて、『軍』の兵舎よりも多くの人間が住んでいるというのは、この『サウスエリア』出身の部下の話だ。

 彼女も、この地区に住んでいる。


 彼女の自宅の目印、と言われていた橋が見えて、ふと溜め息。


 そう、考えると、この地区での生活が少し羨ましく思えてしまったのは、己の上昇志向がいかに薄いか裏付けている。


 自分には、貴族の生活が向いていないのだ、と客観的に思う。

 貴族の生活は息が詰まる。

 いっそ、居住をこちらに移してしまえたらと考えながら、レンガ造りの橋へと差し掛かった時、


「あ、いらっしゃい」

「へぇ!?」


 突然、背後からやって来た声に、素っ頓狂な声を上げたダグラス。


 跳ね上がった心臓。

 そして、手に持っていた小包が、落ちそうになったのに慌てて抱えなおした。


「あ、驚かせちゃった?」

「い、いえっ!」


 振り返った先には、先程まで思い描いていた少女の姿。

 傍らには仲睦まじくも、手を握られた銀色の髪の少年もいた。


 本日は仕事帰りなのか、ラフな黒のハイネックのインナーとスタイルパンツの上から重厚な鎧を着込み、背中に、大刀を背負っていた。

 彼女の相棒でもある『ハイデンクラッシュ』は彼女の身の丈を越してもまだ余るもので、おおよそ3年前に見た時の装備と何も変わらない。


 しかし、一つだけ変わったのは、その少女の表情だった。

 たおやかな女性らしいながら、眉目の整った顔。

 そして、溢れ出るような母性。

 口元も以前会った時の無表情や仏頂面の少女とは同一人物とは考えられないように微笑んでいて、ふと思った事。


「(子供が出来ると女性は変わる、とはこの事だったのだな)」


 唐突に蘇った部下達の言葉。

 中には既婚者も多くいるために、部下達とのささやかながらも他愛ない会話をしていた時に聞いた、その一言。


 女性は結婚した瞬間『女』として美しくなる。

 子供を生んだ瞬間『母』として輝く。だったか。


 鵜呑みにはしていなかったし、近くにそういった祝い事が多かった訳ではなかった。

 ダグラス本人もそこまで信憑性を感じていなかったというのに、目の前に立った少女を見た瞬間、その言葉を良く理解した。

 理解、してしまった。


「ほ、本日はお招きいただいて…っ」

「ああ、堅苦しい挨拶はなし。ここは『サウス』だし、アンタも『軍』の大隊長として来た訳じゃないだろう?」

「は、はいっ」

「いらっしゃい、ダグラス。口調も砕けて良いだろ?」

「勿論ですっ…いやッ、もッ、勿論っ」


 始終、どもりっぱなしのダグラス。

 なけなしの自尊心で、平静を装おうとしてはいるのだが、いかんせん上がり症のせいで思うように口が動いてくれなかった。


 情けないとダグラスが半ば落ち込んだ。

 そんなダグラスの心情は知らず、彼女はそのまま銀色の少年へと屈んで、微笑みかけている。


「さぁ、シャロン。ダグラスに挨拶は?」

「(ぺこり)」


 と、声無き少年・シャロンが笑顔でお辞儀をすると、その少女・キーリの表情がとろけたような笑みを浮かべた。

 それを見て、ダグラスも一緒になって表情を崩した。

 堅苦しくなってしまっていた雰囲気がやっとこさほぐれたのを見て取ったのか、少年もダグラスを見上げて瞳を輝かせていた。


 正確には、彼の腕の中の小包を見て、キラキラとした期待の眼差しをしていたのである。


「ああ、土産をと思ってな。気に入ると良いんだが」


 ダグラスもその視線に気付いて、いち早くその小包をシャロンに手渡す。

 受け取ったシャロンは、もう一度「(ぺこり)」とお辞儀をしてふんわりと微笑んだ。


「ありがとう、だとさ。ごめんな、この子前にも言ったけど、喋れないからさ」


 キーリが補足のように苦笑を零して、屈んでいた体勢を戻す。

 目線が近くなったことで、またしても動揺した心臓を内心で叱咤激励しつつ、ダグラスは首を振った。


「い、いや、気にしないでくれ。ちゃんと、挨拶も出来るしお礼も出来る良い子じゃないか」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 良かったな、と笑って、シャロンの頭を撫でるキーリを見て、どっちも可愛いと感じたのはダグラスだけではないだろう。

 実質、現在では『アイアン』で、二人揃ってちょっとしたアイドル状態になっているのだから。


 なにせ、マスターであるベンがシャロンにべた惚れのせいで、店の雰囲気が最近暖かくなっていた。

 シャロンが来た事で、良くも悪くも何かしらの変化が起きたのはキーリやマスター、ザエルも一緒。


「さて、このままここで立ち話もなんだし、早速約束の自宅に招待するよ」

「あ、いや…お構いなく」

「ははは。こっちは構う。もう、この子のおやつの時間を過ぎてるんだ」


 苦笑と共に、彼女が指差した先には、街路樹に隠れるように立っていた時計があった。

 おやつの時間、つまり3時を過ぎて5分ほど経っているのを見て、時間の進みがまるで駆け足のように感じたダグラスは、冷や汗が噴出した。


 この時間を楽しみにしていたというのに、10分も無駄にしてしまったと理解したせいである。


「お、お邪魔する」

「それは玄関で願おうか」


 と、笑ったキーリの表情に、真っ赤になったダグラス。

 この先、何度こうして恋する乙女のように胸を高鳴らせてしまうのか、と降って沸いた疑問に無音の溜め息を吐きつつも、自宅に向かい始めた彼女達の背中を追いかけた。



***



 暖色で揃えられた家具や、生活感溢れる室内。


 窓から差し込む日差しだけがお世辞にも素晴らしいとは言えなかったものの、それ以外で言えば暖かい空間。

 ダグラスはその空間を見渡したと共に、達観した思いが湧き上がるのを感じた。


 なんて慎ましく優しい空間だろう。


 ふんわりと香ばしいお菓子の残り香や、洗濯をしたばかりの清潔感ある石鹸の香りが鼻を掠めて、ダグラスの肩から力が抜けた。

 キッチンや洗面所やバスルームはカーテンで区切られ、そのカーテンも薄茶色で落ち着いている。

 床に敷き詰められたラグマットは焦げ茶色だが、その他に置かれたクッションやソファがクリーム色で見事に調和していたのを見て、本当に女性の部屋なのだ、と半ば意識を強める事になってしまった。


 『サウスエリア』の街並のように、しっとりと落ち着いていて、それでいて女性らしい優しい空間に、脚を踏み入れられた事に感動すら覚える。


「ちょっと待っててくれよ?今紅茶を淹れる。そこのソファにどうぞ?」

「あ、いや…」

「シャロン、お茶とお菓子出すの手伝ってくれる」

「(こくこく)」


 ダグラスがお構いなくという言葉を言い淀んでいる間にも、テキパキと彼女が動いていた。

 既に重厚に着込んでいた鎧を脱ぎ捨て、滑らかな曲線が分かるようなインナーとスタイルパンツ姿となっていた彼女。


 思わず、目線が釘付けになってしまったのは、ダグラスも男だという証明だった。


 以外にも大きくたわわに実った彼女の胸の形に、心揺さぶられてしまったダグラスはそのまま口を酸欠の魚のようにぱくぱくと動かす事しか出来なかった。

 鎧を着込んでしまえば、全体的な身長ぐらいしか分からないせいだ。

 そして、その意外性を直視してしまったからにはダグラスも男として反応しないわけにはいかず、変な所で意識をしてしまって居心地悪くソファに収まった。


「紅茶にミルクと砂糖は?」

「い、いや、必要無い」

「遠慮なく言ってくれよ?シャロンが一杯使うから、気にしなくていい」


 そう言いながら笑った彼女が、お盆を抱えて戻ってくる。

 正直今のダグラスには、直視出来るものではなかった。


 乗ってるのだ、お盆に。


 彼女が運んできたのは紅茶のセットとカップだけだ。

 では他に、何が?と思うかもしれないが、たわわな女性の胸を見た事がある男性諸君ならば分かるだろう。


 乗っているのだ、お盆に胸が。


 黒のインナーをこれでもかと、押し上げた女性の柔らかな男性の夢と希望を詰めた二つの塊が。


「はい、どうぞ。ちょっと着替えてくるから、その間シャロンみていて貰えるか?」

「え、いや…あ、はいっ」

「硬くならなくても大丈夫だって。すぐ済むからさ」


 硬くなりかけているのは息子です、とは流石に言わないが、ダグラスはそのまま床に眼を伏せて縫い付ける事で耐えた。


 直視してしまえば最後。

 己の男性器を切り落としてしまいたくなるだろうから。


 ぱたぱた、とスリッパを鳴らして、遠ざかったキーリの気配を名残惜しく追いながら、彼女が着替えを持って脱衣所へと向かったのを横目で見送った。


 そして、やっと色々と立ち直って落ち着いたダグラスが溜め息を吐き出した。

 

 ふと目線を上げると今度は、シャロンがお盆を持ってこちらにやってきていた。

 小さな手と身体で一生懸命、お菓子用のお皿とスプーンを運んでいる姿は確かに癒しだ。


 子供独特の落ち着きの無さや、五月蝿いと感じる声とは無縁の少年。

 見ているこっちが逆に心配になってしまう物静かで落ち着いた姿に、ついつい手を貸してやりたくなる。


 キーリが懸命に育てている気持ちが、今なら分かる。


「大丈夫かい?」

「(こくり)」


 と、返答として頷いた少年は、やっと到着したテーブルへとお皿を一枚ずつ置いて、スプーンを置いてと準備をしている。

 その姿を見ると、手馴れているようにも思えるがつたない手元が微笑ましい。


「お、良く出来たね。偉いぞ?今日はとびきりのお土産だからな?」

「(こくこくこくこく)」


 そうこうしている内に脱衣所から戻ってきたキーリが、言いつけどおりの準備が出来た少年の頭を柔らかく撫でる。


 輝かんばかりの笑顔を浮かべたシャロンが上下に首を振って、応える。

 微笑ましいその二人の光景と、優しい雰囲気に、ダグラスも思わず頬が緩んだ。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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