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No.1キャバ嬢が農家に嫁ぎまして  作者: とらねこ
夜の街に生きる人々
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第4話 波乱の幕開け

ピピピピ、ピピピピ――。


枕元で鳴り響く目覚ましの音に、私はゆっくりと目を開けた。


「……ん……んー」


スマホの画面に表示されている時刻は、12:01。


「はぁ……もっと寝てたいなぁ……」


私の一日は、だいたいこの時間から始まる。


まずは起きてすぐにスマホを確認し、お客さんへの連絡を済ませる。そのあと、軽く食事を取る。


仕事柄、生活リズムも自然と夜型になる。


それでも、せめて昼頃には起きて活動を始めたい。


昼間は、お客さんに他店のキャバ嬢から営業の連絡が届くことも少ない。


だからこそ、お客さんとゆっくりやりとりができるし、自分のことを印象づけるチャンスでもある。


夕方になり、他店のキャバ嬢たちからも連絡が届き始める頃には、すでに来店の約束を取り付けていることも少なくないのだ。


店の中だけが、勝負の舞台じゃない。この街には、他店の見えないライバルたちがたくさんいるのだ。


日頃のコミュニケーションを積み重ねることも、売上につながる大切な仕事のひとつ。


そして、今日はジムの日だ。


週2回ジムに通い、さらに週1回エステにも通っている。体型や肌の管理も、仕事を続けていくうえでは欠かせない。


14時にジムに行く。


軽いウェイトトレーニングや有酸素運動で、スタイル維持のために身体を動かす。


帰宅後はシャワーを浴び、半身浴をし、スキンケアにも時間をかける。


17時になると、出勤の準備を始める。


お店の営業時間は20時〜深夜1時。


同伴がない日は基本21時出勤にしているが、急な誘いにも対応できるよう、いつも早めに身支度を整えておく。


家で食事を済ませ、20時過ぎにお店へ到着。ブラン専属のヘアメイクさんに髪をセットしてもらい、ドレスに着替える。


21時、出勤。


指名のお客さんとの時間を大切にしながら、フリーの席にも積極的に着く。会話を楽しみ、お酒を飲みながら場を盛り上げていると、時間はあっという間に過ぎていく。


深夜1時、営業終了。


もちろん、これで仕事が終わったわけじゃない。


営業後は、今日来てくれたお客さんの様子や営業中の改善点などを、店長やボーイたちと共有する。


帰り支度を整えて、送迎車で帰宅した。


家に着いたのは、2時半頃。


まだ仕事は残っている。


今日来てくれたお客さんにお礼の連絡だ。


内容もマンネリ化しないように心掛けている。


それから、夕食とシャワーを済ませ、スキンケアや軽いストレッチをして、ようやくベッドに入る。


この頃にはすでに朝の5時になっていた。


こうして、私の一日はようやく終わる。


そんな日々が続いていた、11月半ば。


今日は店休日明けの月曜日。


また一週間が始まる。


夕方、出勤の準備をしていた私は、ふとスマホを確認した。


いつもなら、この時間には小嶋から出勤確認の連絡が来ている。


私たちキャストには、それぞれ担当のボーイが付いている。


ボーイは経験を積むと徐々に担当キャストを持ち、シフト管理や、お客さんの来店予定の把握、売上に関するマネジメントなどを行う。


担当が把握した来店予定は、運営側に共有される。そうすることで、お店側も事前に準備を整えられるのだ。


また、ボーイとキャストが個人的に連絡先を交換することは、御法度となっている。


キャストの連絡先を知っているのは、原則として担当のボーイだけ。


もちろん、店によって細かなルールは違うけれど、ブランではそういう仕組みになっていた。


私の担当は店長の小嶋。


涼風も姫乃も、同じく小嶋が担当している。


売上上位のキャストは、役職者が担当することが多い。


だからこそ、普段の連絡も小嶋から来るのが当たり前だった。


……あれ、今日まだ連絡来てないな。


スマホを見つめて、少し考える。


とはいえ、今回が初めてというわけではない。


以前にも何度か、出勤確認の連絡が遅れたり、来なかったことがあった。


忙しくて忘れていたとか、そんな理由だった。


今回もそんなところだろう。


私は特に気にすることなく、いつもどおり出勤した。


店に着くと、ボーイたちが慌ただしく動き回り、従業員同士で何かを確認し合っている。


明らかに普段とは様子が違っていた。


リン

「……何かあったの?」


近くにいたボーイに声をかけると、少し言いづらそうな表情をされた。


ボーイ

「リンさん、聞いてないんですか?」


リン

「え? 何を?」


ボーイ

「小嶋店長、飛んだらしいです」


リン

「……は?」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


リン

「……なんで?」


ボーイ

「わからないんです。昨日から連絡がつかなくなってたみたいで、今日も来てないんです。オーナーが家も確認しに行ったそうなのですが、いなかったみたいで……」


私は思わず眉をひそめた。


店長が、飛んだ?


つまり、突然仕事を放り出して、いなくなったということだ。


この業界、飛ぶのは珍しいことじゃない。


キャストもボーイも飛ぶ人は一定数いる。


でも、店長の立場の人が飛ぶのは初めてだった。


ただ、店長がいなくなったという事実だけが、店内に広がっていた。


少しすると、オーナーの神崎が店にやってきた。


従業員たちに、今後について説明を始めた。


神崎

「急な話で申し訳ない。小嶋とは連絡が取れなくなっている。今のところ、詳しい事情は分かっていない。」


オーナーの表情も、いつもより険しかった。


神崎

「人事に関しては、系列の店長を週末までにはこちらに異動させるつもりでいる。それまでは三田主任を中心に、みんなで協力して店を回してほしい。本店が崩れるわけにはいかない。俺もできる限りフォローする」


突然の店長不在。


それだけでも大変なのに、後任が来るまで数日間は、今までと同じようにはいかないだろう。


私は周囲の様子を見ながら、小さく息を吐いた。


そのあと、主任の三田が私のところへやってきた。


三田主任 36歳。


ブラン本店で長く働いているベテランのボーイだ。


仕事はできるし、店のこともよく分かっている。だが腰が低く、キャストからはなめられやすい。


誰かを引っ張っていくタイプではない。


三田

「リンさん、すみません。新しい店長が来るまでの間、僕が来店予定の管理や出勤確認などをしますので、連絡先の交換をお願いできますか?」


リン

「あ、はい。分かりました」


私はスマホを取り出した。


リン

「三田さんも大変ですね…。まぁ、なんとか頑張りましょ」


三田

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」


これまでは小嶋を通していた連絡も、数日は三田が代理で担当することになる。


店長が一人いなくなっただけで、いろいろなことが変わってしまう。


改めて、店長という立場の大きさを感じた。


それから数日間、普段どおりにはいかないことも多い中、なんとかその日を凌ぐような営業が続いた。


そして、店内では新しい店長の話題が絶えなかった。


キャストA

「ねえ、次の店長ってどんな人なんだろうね?」


キャストB

「なんか、すごい怖い人らしいよ。キャストにもボーイにも容赦ないって話だよ」


キャストA

「えー、やだー、最悪ー」


キャストC

「アネモネから来るんでしょ?」


キャストD

「なんか、異例の早さで店長任されて、すごい業績を出してるんだって! しかもイケメンだとか!」


キャストC

「めっちゃ最高じゃーん!」


キャストたちは、それぞれ好き勝手に噂をしていた。


ブラン・アネモネは、ここ二年ほどで急成長した系列店だ。


二年前に新店長が就任してから売上を大きく伸ばし、今では系列2位にまで上り詰めている。


そんな店の責任者が来るのだから、期待も大きい。


でも、怖い人だという噂も気になる。


私は主任の三田に尋ねてみた。


リン

「三田さん、新しく来る店長ってどんな人なんですか?」


三田

「うーん……僕も、小嶋店長の代理で会議に出た時に、一度会ったことがある程度なんですよ」


リン

「そうなんですね」


三田

「キャバクラだけじゃなくて、系列の飲食店の責任者たちも集まっていたので、人数も多かったですし、直接話したりはできなかったですね」


リン

「どんな感じでした?」


三田

「そうですね……少しとっつきにくい雰囲気はあったかな……。でも、業績はすごいですよ」


リン

「へえ……」


結局、詳しいことは分からなかった。


仕事ができるのは間違いなさそうだけれど、どんな人なのかは、実際に会ってみないと分からない。


私は、少しだけ緊張していた。


そして、金曜日。


ついに新しい店長が来る日。


夕方、出勤の準備をしていると、


ピコンッ!(通知音)


三田からメッセージが入った。


『おはようございます。

急で申し訳ないのですが、

今日、20時のオープンから出勤をお願いできますか?』


私はスマホを見つめた。


店長が不在になってから、シフトの調整もうまくいってない様子だった。


普段より早い出勤だけど、仕方がない。


『おはようございます。

分かりました。

あと、今日の来店予定ですが、

確定してる分で

21時30分頃 〇〇さんが2名

22時前後 〇〇さん1名

22時30分 〇〇さんが3名 ※美麗さんと合番

23時に〇〇さん1名

あとは分かり次第伝えます。

よろしくお願いします。』


来店予定も合わせて伝えておく。


こうした情報を事前に共有しておくことは、大切だ。


お店もそれをもとに準備を進められる。


19時過ぎ。


私はいつもより早く店に到着した。


まだ営業前の静かな店内。


三田

「おはようございます、リンさん。すみません、急な変更で」


三田が申し訳なさそうに声をかけてきた。


リン

「おはようございます。全然気にしなくていいですよ。」


ロッカーに向かおうとすると、見知らぬ男が近寄ってくる。


「おはようございます!! 自分、相沢ッス! 今日からよろしくッス!!」


ハツラツとした挨拶だった。


見た目は少しチャラそうで、元ヤン感が多少残っているが、人懐っこそうな人だ。


リン

「あ…リンです。よろしくお願いします。」


相沢

「おーーー! あなたがリンさんッスね! グループNo.1の! 噂はきいてるッス!」


えっ? ちょっと待って。


ノリと勢いで圧倒されて忘れてたけど、この人が新しい店長?


多分私より年下っぽいし…言っちゃ悪いけど、ちょっと馬鹿そう…。


リン

「あー…えーっと…相沢さんが新しい店長ってことですか…?」


相沢

「いやいや! 自分はただの従業員ッスよ!」


リン

「え…? あ、そうなんだ…」


店長以外の人事異動は聞かされていなかった。


相沢

「え! もしかして、店長っぽく見えたスかー? 自分も結構風格出てきたッスかねー?」


なぜか誇らしげに語る相沢。


リン

「あ、いや……店長の異動しか聞いてなかったから… そうなのかなと思っただけで…」


そんなつもりが無くても、売れっ子になると周りから勝手に気を遣われる。No.1なんて尚更だ。


こんな屈託なく話しかけられるのは、久しぶりかも。


相沢

「自分、ずっと先輩……あ、店長の下で働いてて、店長が異動するなら自分もって、オーナーに無理言ってついてきたんスよ!」


あー、きっとこの子は先輩から可愛がられるタイプだ。


直感的にそう感じた。


そして、どことなく涼風と同じ匂いがする。


悪い人じゃないな……。少しホッとした。


相沢

「ちなみに店長なら裏で事務作業してるッスよ!」


リン

「あ、ありがとう。」


まずは挨拶に行くか…。


私は一度、深呼吸した。


これからお世話になる相手なのだから、第一印象は肝心だ。


私は笑顔を作り、店長のいる事務スペースに向かった。


タバコを咥え、デスクでパソコンに向かっている男性がいた。


横からだとわかりづらいが…。


年齢は三十代前半だろうか…。


小嶋店長と比べるとだいぶ若いな…。


身だしなみは整っていて、顔立ちもすっきりしている。清潔感があり、見た目だけなら好青年といった印象だ。


ただ、眠たげな目に、気だるそうな雰囲気がある。


落ち着いた佇まいの中に、どこか近寄りがたさを感じる。


まるで、彼の周りだけ空気が薄く張り詰めているかのよう。


三田の言っていた通りだった。


私は気持ちを切り替え、いつもより明るい声で挨拶した。


リン

「初めまして! リンです! よろしくお願いします!」


……。


「……黒須っす。お願いします」


彼は、パソコンの画面から目を離さずにボソッと答えた。


こちらを向くこともなければ、キーボードを打つ手を止めることもない。


声には抑揚がなく、まるで興味がないとでも言いたげだった。


……えっ?


……はっ?


感じ悪っ……。


いやいや、でも初対面だし。


私は気を取り直して、もう一度笑顔を作った。


リン

「で、でも、大変でしたね! 急な異動で!」


黒須

「……いえ、別に」


……。


さすがに自分の笑顔が引きつっているのがわかる。


何、この人……。


もうちょっと愛想よくできないの……?


常識ないの……?


それでも、ここで気まずくなるわけにはいかない。


リン

「そ、そうですよね! 一緒に頑張りましょうねー!」


私は無理やり明るい声を出して、その場を後にした。


思わずため息が漏れる。


え? 何あの人?


感じ悪すぎない?


これから、あの人が店長なんだよね?


大丈夫なの?


アネモネの売上を大きく伸ばした、すごい人。


そんな噂を聞いていたから、少しは期待していたのに。


正直、期待外れかも。


しばらくすると、姫乃が出勤してきた。


小嶋は、姫乃にいつも甘かった。


姫乃が何かを頼めば、すぐに聞き入れる。ほかのキャストとは明らかに違う態度を取っていた。


だから私は、勝手に想像していた。


新しい店長が来たら、姫乃は最初から媚びを売るんだろうな、と。


そして、黒須がどんな反応をするのか。


私は今……ものすごく気になっていた……。


姫乃は黒須の方へ向かっていった。


姫乃

「はじめましてぇー! 姫乃でぇす♡ よろしくお願いしまぁす♡」


予想通りの甘ったるい声。


姫乃

「店長、お名前なんて言うんですかぁー?」


……。


黒須

「……黒須っす。お願いします」


……。


私のときと、まったく同じだった。


黒須は、やっぱりパソコンから目を離さない。


でも、私は知っている。


姫乃はそんなんで折れる子じゃない。


だからこそ、この本店でも常に上位に居続けているのだ。


姫乃

「黒須店長ですかぁー! めっちゃイケメーン♡ 下のお名前も教えてくださぁい♡」


案の定、姫乃はまたしても甘い口撃をしかける。


……。


黒須

「……いえ、黒須で結構です」


黒須は、パソコンを見たまま短く答えた。


「……」


「……」


さすがに姫乃の表情が固まった。


それでも何か話そうとしたようだったけれど、結局、少しムッとした顔で黒須の元を去った。


私の中でゴングが鳴った。


黒須のK.O勝利だ。


その様子を見て、私はなぜか少しだけ胸がスッとした。


……あれ?


別に、姫乃に何かされたわけでもないのに。


もしかして……私って性格悪い……?


まあ、いいか。


その後、涼風も出勤してきた。


私はさっそく声をかけた。


リン

「ねぇ涼風、店長に挨拶した?」


涼風

「したよー!」


リン

「どうだった?」


涼風

「めっちゃいい人そうでよかったー!」


リン

「……は?」


思わず聞き返してしまった。


リン

「いい人そうだった?」


涼風

「うん!」


涼風は、にこにこと笑っている。


涼風

「黒須っす! お願いします! だってー!」


そう言いながら、少し口を尖らせて黒須の真似をした。


涼風

「いやー、めっちゃ怖い人を想像してたからさー! ホッとしたよー!」


……この子の「いい人」の基準、どうなってるの……?


私は思わず涼風の顔を見つめた。


確かに、涼風から人の悪口や文句を聞いたことは一度もない。


誰に対しても自然体で、いいところを見つけるのが上手い。


本当に、いい子だなと思う。


でも。


私は、さっきの黒須の態度を思い出した。


挨拶しても、こちらを見ない。


返事は短く、声に抑揚もない。


本当に結果を出した人なの?


小嶋がいなくなって、店は大きく変わろうとしている。


そして、これから私たちの上に立つのは、あの黒須だ。


……これから、大丈夫なのかな……。


私は不安な気持ちを押し殺し、大きく息を吐いた。

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